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本編
きみは花丸㈡
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「結局その国はね、勇ましい2番目の王子が相手に一騎討ちを挑んだけど、こてんぱんにやられたよ。当然国も奪われた。惨めだよね。国のために闘って、負けて、追われて」
「…………」
「そんな顔しないでよ。たかが昔話でしょ。よくある権力争いだよ、こんなの」
綺羅の言う通り、平和主義を掲げた日本国という温室で育った穂花には、現実味のない話なのかもしれない。
「こうして果敢な王子の国は、力ある隣国の王子に奪われたのでした。めでたしめでたし。理想論じゃ生きてけないって教訓をありがとう、なんてね」
言葉が紡がれるごとに、首が重くなる。
現実を、突きつけられた気がした。
「――だまって」
窓の閉ざされて教室で、ふわり、風がそよぐ。
次いで、背後に揺らめく影の気配。
「ねーさまを、イジメないで」
振り返る必要はなかった。椅子でうなだれる穂花の首へ腕を回し、綺羅を睨みつける常磐色の双眸と、天色の長髪を、ガラス越しに認めることができたから。
「蒼……」
ふいに、いつかのことが蘇った。しかし穂花を慕ってやまない妖は、燻っているであろう妖気をその身に留めたまま。
綺羅を射殺さんばかりのまなざしだけれども、蒼は、我慢していた。
胸にじんわりとぬくもりが灯る。自分を庇う細い腕に、そっと手を添えた。
見えるわけがない。聞こえるわけがない。
そんな綺羅の藍の双眸は、何故だかこのとき、穂花から少しばかり外されたような気がした。
「雨宮くん、訊いてもいいかな」
酸素を吸って、吐き出した声は、思ったより震えなかった。
はたと、藍の双眸に捉えられる。
煌々と浮かぶ月の虹彩は、すべてを見透かしたよう。
「どうぞ?」
「隣国の王子さまは、2番目の王子さまを、どうしたの?」
「言ったでしょ。反撃もできないくらい、こてんぱんにしたんだ」
「その後」
「後……?」
初めて、藍と月が揺らぐ。
そこに言及されるとは、夢にも思わなかったのだろうか。
「力の差を思い知らせて、満身創痍になるまで追い詰めて、人もろくに住んでいないような辺境に追いやった」
「命は、奪わなかったんだよね」
「誇り高い王子なら、国を守れなかった罪悪感に苛まれたことだろうよ。地獄に落とされたほうが、いっそ楽だったかもね。そういうのを見越して、あえて生かしたのかもしれない。ホントいい性格してるよね、隣国の王子さまは」
すらすらと紡ぐ綺羅が、反論の余地をなくそうとしているのはわかった。
だけれど、わからないのだ。
「その国は、どんな国になったの?」
傲慢な王子の悪政に翻弄されて、おしまい。そんなよくある悲劇なら、穂花も納得できた。
「別に……取り立ててよくも、悪くもないよ。それなりの平穏が続いたかと思えば、災害や疫病に見舞われる。時代が変われば、権力者も変わる。その度にいくさが起こった。疑心暗鬼になって、他国との交流を断絶したときもある」
幸か不幸かで言えば、圧倒的に不幸な出来事のほうが多かっただろう。
そういうものだ。時代の転機は。
言葉にしながら、綺羅も、その瞳に、諦観ではない色を灯し始める。
「いくさや、災害や、疫病に家族を失って……それでも、図太く生にすがって……独自の文化を花開かせた。そんなこともあったなって過去のことにしてしまえるくらい、のんきで、おめでたくて、平和な国になったかも……ね」
最後の言葉を聞き届けてなお、穂花にはわからなかった。
「…………」
「そんな顔しないでよ。たかが昔話でしょ。よくある権力争いだよ、こんなの」
綺羅の言う通り、平和主義を掲げた日本国という温室で育った穂花には、現実味のない話なのかもしれない。
「こうして果敢な王子の国は、力ある隣国の王子に奪われたのでした。めでたしめでたし。理想論じゃ生きてけないって教訓をありがとう、なんてね」
言葉が紡がれるごとに、首が重くなる。
現実を、突きつけられた気がした。
「――だまって」
窓の閉ざされて教室で、ふわり、風がそよぐ。
次いで、背後に揺らめく影の気配。
「ねーさまを、イジメないで」
振り返る必要はなかった。椅子でうなだれる穂花の首へ腕を回し、綺羅を睨みつける常磐色の双眸と、天色の長髪を、ガラス越しに認めることができたから。
「蒼……」
ふいに、いつかのことが蘇った。しかし穂花を慕ってやまない妖は、燻っているであろう妖気をその身に留めたまま。
綺羅を射殺さんばかりのまなざしだけれども、蒼は、我慢していた。
胸にじんわりとぬくもりが灯る。自分を庇う細い腕に、そっと手を添えた。
見えるわけがない。聞こえるわけがない。
そんな綺羅の藍の双眸は、何故だかこのとき、穂花から少しばかり外されたような気がした。
「雨宮くん、訊いてもいいかな」
酸素を吸って、吐き出した声は、思ったより震えなかった。
はたと、藍の双眸に捉えられる。
煌々と浮かぶ月の虹彩は、すべてを見透かしたよう。
「どうぞ?」
「隣国の王子さまは、2番目の王子さまを、どうしたの?」
「言ったでしょ。反撃もできないくらい、こてんぱんにしたんだ」
「その後」
「後……?」
初めて、藍と月が揺らぐ。
そこに言及されるとは、夢にも思わなかったのだろうか。
「力の差を思い知らせて、満身創痍になるまで追い詰めて、人もろくに住んでいないような辺境に追いやった」
「命は、奪わなかったんだよね」
「誇り高い王子なら、国を守れなかった罪悪感に苛まれたことだろうよ。地獄に落とされたほうが、いっそ楽だったかもね。そういうのを見越して、あえて生かしたのかもしれない。ホントいい性格してるよね、隣国の王子さまは」
すらすらと紡ぐ綺羅が、反論の余地をなくそうとしているのはわかった。
だけれど、わからないのだ。
「その国は、どんな国になったの?」
傲慢な王子の悪政に翻弄されて、おしまい。そんなよくある悲劇なら、穂花も納得できた。
「別に……取り立ててよくも、悪くもないよ。それなりの平穏が続いたかと思えば、災害や疫病に見舞われる。時代が変われば、権力者も変わる。その度にいくさが起こった。疑心暗鬼になって、他国との交流を断絶したときもある」
幸か不幸かで言えば、圧倒的に不幸な出来事のほうが多かっただろう。
そういうものだ。時代の転機は。
言葉にしながら、綺羅も、その瞳に、諦観ではない色を灯し始める。
「いくさや、災害や、疫病に家族を失って……それでも、図太く生にすがって……独自の文化を花開かせた。そんなこともあったなって過去のことにしてしまえるくらい、のんきで、おめでたくて、平和な国になったかも……ね」
最後の言葉を聞き届けてなお、穂花にはわからなかった。
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