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本編

きみは花丸㈠

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 日曜日の一件があって、真知まちの言葉は念頭に置くよう努めている。
 とはいえ、自慢じゃないがほのはあまりコミュニケーション能力が高くはない。
 上手いあしらい方なんて知らなければ、突然素っ気なくなるのもどうかという思いもあり、結局は現状維持におさまっている。
 もし、先日のことがきっかけで、変化したことがあるとするならば。

「ねぇ」
「……はっ、はい!」
「さっきからチラチラ見てるけど、暇なの?」
「あっいや、そんなつもりは……雨宮あめみやくんの邪魔になることは、したくないし……」
「邪魔ではないけど。お昼は?」
「ちょっと、人を待ってて」
「ふぅん」

 ……変化したことが、あるとするならば。

「それじゃあ、おしゃべりしようか。お迎えが来るまで」

 綺羅きらのほうから踏み込んでくることが多くなったこと、だろうか。皮肉なことに、こちらが距離を置きたい、いまになって。

 不躾に見つめていた自覚はないのだが、こうなってしまっては、言い訳でしかない。
 内心泣きたくてたまらない穂花へ、本を閉じた綺羅は、頬杖をついて視線を寄越す。

 ここだけの話だが、こう見えてパニックに陥っていた。
 綺羅の言うおしゃべりの準備は万端だ。そもそも、「さぁ、やるぞ!」と意気込んで始めるものなのか、という疑問はあるが。

 話題の提供は一体誰が。ふたりしかいない。綺羅がこちらを見ている。
 ……私? 私がお送りしなきゃいけないの?
 せめて協賛を……と、穂花の脳内は思考のスクランブル交差点で事故が多発している。収拾がつかない。

「えぇ~っと、その……」
「うん」
「雨宮くん、いつも読書してるけど、なに読んでるのかなぁ……って」

 交通整理の最中に返答をするのは、なかなかに骨が折れるものだ。
 なんとか、当たり障りのない話題を絞り出すことができた。

「なに、ねぇ。歴史ものとか」
「歴史もの……好きなの?」
「まぁ、読んでると、いつの時代もみんななにやってんだろって、うんざりできるよ」
「あはは……」

 駄目だ。無理だ。綺羅の相手は時期尚早、難易度が高すぎた。
 普通の斜め上もいいところの発言に、曖昧な笑みしか返せない。
 対する綺羅はなにを思ったか。一度手元の本へ視線を落とし、口を開く。

「突然現れた偉そうなやつが、ここは自分の国だから大人しく寄越せ、そう言ってきたら、きみはどうする?」
「え……?」

 もしかして、綺羅が読んでいる本に関連する話だろうか。
 歴史ものとはいえ、いつの時代、どこの国のことかは、わからないが。

「ちなみに、きみはその国を治める偉いひとの子供、そうだな、お姫さまだとしようか。自分の国が危ういとき、きみならどうする?」

 試されているのだろう。なんとなく窺い知れたけれども、ごく普通の一般庶民として育った穂花には、ありきたりな方法しか思いつかない。

「まずは、話し合う、かな」
「話し合う?」
「そのひとにも、事情があるんだろうし……和解の道があるなら、そっちを選びたいです」
「無理だね。その話し合いで長年膠着が続いたからこそ、相手は国境を越えて乗り込んできた。武力行使もほのめかしている。きみの兄である王子は、そいつとの〝話し合い〟に恐れをなして逃げ出した。国の命運が懸かっているとき、きみはどうするの」
「私は……それでも話し合いを、します。暴力は、よくないと思うから」

 畳みかけられながらも、やっと口にした。
 反撃できるだけの戦力も、度胸も、おそらくないだろうから、だけれど。

「そう。……残念だ」

 品定めするかのような藍の双眸。やがて聞こえた言葉は、単調だった。
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