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本編

桜咲む夜に㈠ ※R18

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 鮮やかな色彩を放つわけでも、大輪の花を開かせるわけでもない。ましてや、その生涯はまばたき程の切なさ。
 だのに、どうして人は儚い栄華を想うのだろう。
 淡い薄桃、控えめな五花弁が、他の追随を赦さず優美に咲き誇る刹那があるとすれば。

「……穂花ほのか……」
「さ……くぅ、んんっ」

 応えようとして、せり上がってきた疼きに身体が跳ねる。
 熱を逃がそうと背がしなる反動で、腕に力がこもった。

「ふふっ……どこまでもお可愛らしいですね、貴女様は」

 くすりと奏でられるのは、草笛によく似た音色。
 気だるい身体を羽毛へ埋めた穂花の頬を撫ぜながら、彼の神は可憐な姫のごとく笑む。

「うぅ……こんなの、反則だー……」
「こんなの、とは?」
「私より可愛い顔して、こんな……」

 みなまで口にすることが憚られ、代わりにたっぷりの涙を溜め込んだ琥珀の瞳で見上げても、抗議の意味を成さない。
 むしろ蕾がほころぶように、サクヤは破顔するのみだ。

「閨では主導権を頂きますと、申し上げましたもの。ねぇ……穂花?」
「ちょっ、さく待っ……やぁっ……!」

 穂花を立て、べにを立て、自らは多くを望まないサクヤが、兄や使い魔のいない今宵に限って、湯浴みの誘いを口にした。

 強制されたわけではない。逃げ道はきちんと用意されていた。
 しかしながら、どこか色を帯びた菫のまなざしに射抜かれ、羞恥が穂花を俯かせたのだ。

 結局身体の隅々まで清められ、長い射干玉の髪を時間をかけて拭き、梳かれた。
 この間、本来の姿へ戻っていたのは、「男だったのか」という先の失言が原因か。
 華奢な細腕に抱き上げられ、自室の布団に横たえられてからは、あまり記憶がない。

「は、は、あっ……」
「……ほのか……んっ」
「あっ、あっ……はぅぅ……!」

 ぞくぞくと下半身から這い上がる悦びに、堪らずサクヤの首へしがみつく。
 普段は幾重もの衣に隠された素肌、いまは白から桜へ淡く色づいた胸とふれあい、ふにゅり、と乙女の柔らなふくらみがかたちを変えた。

 サクヤは、己の肉欲のために穂花を抱き潰すことをしなかった。
 閨事が始まってからというもの、焦れるほどほぐされるばかりで、漸く肌を合わせたところだ。

 だがそのわずかな間に、何度も高みを見たように思う。
 一定の間隔で、ゆるゆると腰を揺すられる刺激は弱いくらいであるのに、何故。

「お忘れ、ですか。私は、貴女様を、一夜で孕ませた男ですよ」
「っあ、さく……」
「相性が、よろしいのです。兄上よりも、オモイカネ様より、もっ……!」
「んんんっ……!」

 明らかに、動きの質が変わった。
 蜜口の浅瀬をこすっていた熱が、ずぷりと根もとまで埋め込まれる。
 歓喜の悲鳴が、塞がれた口内で行き場を失くし、どちらのものともわからぬ熱い吐息に溶け消える。
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