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本編
水垂れ咲く㈡
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「んん~! 米団子もっちもち! お豆腐ほろほろ~!」
「肌寒い日に、お鍋は嬉しいですね」
「ねー! 鶏のお出汁がしっかりしてるから、なにもつけなくてもいけちゃうし」
「穂花、こちらのぽん酢に柚子胡椒を合わせて頂いても、美味しいですよ。刻み生姜もいっしょにお召し上がりになると、身体も温まります」
「あれ、さくさんは天才かな……」
そんなの絶対美味しいに決まっている。
確信を持って、柚子胡椒入りぽん酢へひたひたに纏わせた白菜を口に運ぶ。
じゅわりと広がる鶏出汁の旨味。ピリッと効いた柚子胡椒に、鼻腔へ広がる生姜の香り。
もちろん、撃沈した。相も変わらず、紅の手料理は穂花の胃袋を掴んで離さない。
筍も、エリンギも、鶏肉も、出汁がしっかり沁みていて、頬が落ちるかと思った。
デザートに用意されたきなこの黒蜜がけ葛きりに至るまで、文句のつけどころがなかった。
「ご馳走さまでした。後片付けのほうは、私がしますね」
「あっ、気を遣わなくていいよいいよー!」
「穂花には支度をして頂きましたから。私が、したいんです」
「じゃあ……洗うのだけお願いしようかな。私が拭いて片付けるから」
それでしたら、とサクヤも承知したようだ。柔和な笑みでひょいと土鍋を取り上げた細腕にぎょっとしたのち、穂花も重ねた食器たちを抱えて、青年の背中を追う。
ワイシャツの袖を捲り、蛇口をひねった手は、まだあどけなさが残る少年のものとは違い、しなやかながらも筋張っていて。
手際よく食器が洗われてゆく様を、呆けたように眺めることしかできない。
「さくってさ……今日は、朔馬先生なんだね?」
「えぇ。だいぶ神気も馴染みましたので神体でもよろしいのですが、こちらのほうがなにかと作業がしやすいですから」
「そりゃそうだ」
サクヤの、コノハナサクヤヒメの姿を思い出し、すぐさま納得する。たしかに、あのお姫様然とした着物姿での家事はやりづらそうだ。
「この姿が、どうかなされましたか?」
「いや……なんか、男のひとなんだなぁって、思って」
「穂花……朔馬でなくとも、私は男ですよ」
虚を、衝かれた。
失言だったかもしれない。どんなにサクヤが可憐な少女に似た見目をしていても、己は男であると、夫であると、再三告げていただろうに。
「あのっ、変な意味じゃないんだよ!? なんか周りに綺麗なひとが多いから、女として立つ瀬がなくなってきたというか……紅とか、さくとか、蒼とか……」
雨宮くん、とか。
苦し紛れの言い訳の最中、何故だか今日初対面であったはずの少年が脳裏をよぎる。
たしかに、繊細な顔つきをしていたが、こんなときにいくらなんでも。
「……雨宮、とは、どなたでしょう」
なんと。まさかとは思うがそのまさか。飲み込んだはずの名前を、結局は口に出してしまっていたようだ。
いつの間にか手を止めたサクヤが、疑問の色を含んだ菫の瞳を向ける。
「肌寒い日に、お鍋は嬉しいですね」
「ねー! 鶏のお出汁がしっかりしてるから、なにもつけなくてもいけちゃうし」
「穂花、こちらのぽん酢に柚子胡椒を合わせて頂いても、美味しいですよ。刻み生姜もいっしょにお召し上がりになると、身体も温まります」
「あれ、さくさんは天才かな……」
そんなの絶対美味しいに決まっている。
確信を持って、柚子胡椒入りぽん酢へひたひたに纏わせた白菜を口に運ぶ。
じゅわりと広がる鶏出汁の旨味。ピリッと効いた柚子胡椒に、鼻腔へ広がる生姜の香り。
もちろん、撃沈した。相も変わらず、紅の手料理は穂花の胃袋を掴んで離さない。
筍も、エリンギも、鶏肉も、出汁がしっかり沁みていて、頬が落ちるかと思った。
デザートに用意されたきなこの黒蜜がけ葛きりに至るまで、文句のつけどころがなかった。
「ご馳走さまでした。後片付けのほうは、私がしますね」
「あっ、気を遣わなくていいよいいよー!」
「穂花には支度をして頂きましたから。私が、したいんです」
「じゃあ……洗うのだけお願いしようかな。私が拭いて片付けるから」
それでしたら、とサクヤも承知したようだ。柔和な笑みでひょいと土鍋を取り上げた細腕にぎょっとしたのち、穂花も重ねた食器たちを抱えて、青年の背中を追う。
ワイシャツの袖を捲り、蛇口をひねった手は、まだあどけなさが残る少年のものとは違い、しなやかながらも筋張っていて。
手際よく食器が洗われてゆく様を、呆けたように眺めることしかできない。
「さくってさ……今日は、朔馬先生なんだね?」
「えぇ。だいぶ神気も馴染みましたので神体でもよろしいのですが、こちらのほうがなにかと作業がしやすいですから」
「そりゃそうだ」
サクヤの、コノハナサクヤヒメの姿を思い出し、すぐさま納得する。たしかに、あのお姫様然とした着物姿での家事はやりづらそうだ。
「この姿が、どうかなされましたか?」
「いや……なんか、男のひとなんだなぁって、思って」
「穂花……朔馬でなくとも、私は男ですよ」
虚を、衝かれた。
失言だったかもしれない。どんなにサクヤが可憐な少女に似た見目をしていても、己は男であると、夫であると、再三告げていただろうに。
「あのっ、変な意味じゃないんだよ!? なんか周りに綺麗なひとが多いから、女として立つ瀬がなくなってきたというか……紅とか、さくとか、蒼とか……」
雨宮くん、とか。
苦し紛れの言い訳の最中、何故だか今日初対面であったはずの少年が脳裏をよぎる。
たしかに、繊細な顔つきをしていたが、こんなときにいくらなんでも。
「……雨宮、とは、どなたでしょう」
なんと。まさかとは思うがそのまさか。飲み込んだはずの名前を、結局は口に出してしまっていたようだ。
いつの間にか手を止めたサクヤが、疑問の色を含んだ菫の瞳を向ける。
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