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本編

届かぬ喚び声㈢

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「ぬしさま、たいへーん!」

 そんな声が聞こえてきたのは、真知まちに連れ立ち、玄関へ向かおうとしたまさにそのときだ。
 パタパタと廊下を駆け、天色の使い魔が姿を現す。

「何事じゃ、あお
「あのね、ねーさまのようすがね……って、わぁ! ぬしさま、おーさま!?」

 穂花ほのかの世話を任されていた蒼。その蒼が大変の次に穂花と続けたとなれば、真知とべにはそろって血相を変える。
 居間を駆け出すのは、両者同時だった。
 行儀など気にせず、鶯張りの廊下を一心不乱に駆け抜ける。

「穂花!」

 病人が床に臥せっていることは百も承知で、ふすまを開け放った。
 すぐさま部屋を満たす神気の異常な流れに気づき、口許を袖で覆う。
 なんだこれは。酔ってしまいそうなほど、濃い――

「兄上、オモイカネ様……」

 控えめな声音が響いた。サクヤだ。布団のそばに座り、困惑の菫をこちらに向けている。理由は、すぐにわかった。

「あらお兄様、ヒメ。いらっしゃい」
「な……っ」
「そんな……」

 白と赤の上衣に、橙の袴で繕われた巫女装束を身にまとい、ぴんと背を伸ばして布団に座る面影は、普段見慣れた少女のものと同じで、ちがう。

「ニニギ、様……?」

 呆然とこぼれたつぶやきに、ふわりと咲く笑顔の花。
 まさか、信じられない。
 何千年と繋いできた魂は、たしかに彼女のもの。だが、彼女が彼女たるには不充分な、欠けた宝玉に等しかった。
 どの少女も彼女の記憶を思い出すことは叶わなかった。ゆえに、紅は身が焼き切れるほどのもどかしさを味わってきたのだ。
 真知にとっても衝撃的な出来事であったようで、入口で立ちすくんだままそろって絶句するニ柱に、彼の神は告げる。

「なんちゃって」
「…………は?」
「驚かせてごめんね。いやー、起きておったまげたのよ私も。寝苦しいと思ったら、パジャマがこんな着物になってて」
「おまえ……ニニギじゃないな。…………穂花、か?」
「そうそう! こんな姿だけど、ほのちゃんでーす。ってあれあれ、紅さん、まちくん? 人の顔見てなにため息ついてるんですか」
「穂花じゃ……」
「まごうことなき、穂花だな……」
「だからほのちゃんだってばー!」

 頬をふくらませるニニギ――否、穂花は、紅と真知の嘆息が呆れではなく安堵によるものだとは、思いもしないのだろう。
 ひとまず、命に関わるような一大事ではないと悟った紅と真知は、サクヤにならい布団のそばまでやってくると、それぞれ膝を折り、胡座をかいた。

「どこかお加減の悪いところは、ございませんか?」
「不調どころか絶好調よ。熱っぽかったのがウソみたいに、身体が軽いの!」
「たしかに、すさまじい神気だな」

 先程の発言から察するに、どうして異変が起こったのか、穂花自身も見当がつかない様子だ。
 この短期間に自分と真知の神気をあふれんばかりに注がれ、穂花の体内で言わば喧嘩したような状況だ。
 不安定ゆえに、なにが起こっても不思議ではない、と紅は結論づける。
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