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本編
鶯の鳴く夕㈡
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居間で神たちが話し合いを開いている間、穂花の付き添いを任ぜられていたのは、主から絶対的な信頼を得ている妖である。
「ねーさま……つらい?」
「なんかね、ずっと気だるいっていうか……まちくんの赤ちゃんが出来たとか、そういうのでは断じてなくてね」
言うなれば、風邪の症状にも似ている。
真知に高天原へ連れて行かれた数日間も、目に見えて食欲が湧かなかった。
飢えることはないと聞いていたが、それは飢えを感じないということではない。
神々が住まう天界は恵みの楽園。草花は美しく咲き誇り、一晩で成る作物が枯れることはない。
食べるものに困らないという点で、〝飢えることはない〟のだ。
つまり、連日のごとく頭を悩ませる身体の異変は、生まれながらにして飢えを感じない紅とはちがい、穂花にとって不調を如実に物語るものというわけだ。
「さくは、そんなに心配しなくても大丈夫って言ってたし……」
生命を司るサクヤのことだ。万が一死に関わるようなことがあれば、気づくはず。
そのサクヤが心配ないと話すのだから、せいぜい質の悪い風邪なんだろうと、結局は最初の答えにたどり着く。
「がっこう、あしたはお休みしたほうがいいかもって、ぬしさまが言ってたよ」
「えぇ~! もうすぐテストがあるのになぁ……!」
「受けていない授業分は俺が教えてやる、だから休め」と真知なら言うだろう。
真知の気遣いは嬉しい。だが神の恩恵を受けて良い成績を残しても、嬉しくはない。
いまはただ、現代日本に生きる女子高生に過ぎないのだから、ありのままで勝負したかったのだ。
「ねーさま、はやくげんきになりたいよね……」
「ホントそれです……」
「じゃあ、あおがげんきにしてあげるっ!」
布団のそばで寄り添ってくれていた蒼が、天真爛漫な笑顔で胸を叩く。
怪力ゆえ家事など細かい作業を苦手としているが、これまでも蒼なりの考えで穂花の力になろうと努力していた。
のどかな昼下がりに添い寝した日には、すこぶる癒やされたものだ。
思い出すだけで頬笑ましくなる蒼の行動は、今日に限って、どこかちがっていた。
「あのね、ねーさまがつらいのはね、かみさまのちからがわーっ! ってなってるからかもって、ぬしさまが言ってた」
「神様の、力……?」
「うんうん。ぬしさまと、おーさまのちからがわーっ! ってなって、ねーさまにこんがらがっちゃってるの!」
おーさまというのは、真知のこと。オモイカネだからだという安直な名づけだ。蒼に悪気はない。
ところで、無邪気にとんでもないことを言われたような気がする。
紅と真知の神気が体内に在るのは事実だ。つまり、あふれんばかりの愛情とともにそれを注がれた夜のことを、蒼も理解しているということで……
言動は幼くとも、紅とともに数千年を生きてきた妖なのだと、改めて思い知らされる。
「原因は、なんとなくわかったけど……それから、どうするの?」
不調の原因が紅と真知の神気ならば、たしかに過度な心配をする必要はない。
が、それをどうにかしてみせると胸を張る蒼を前に、どうしても疑問が生まれてしまう。
同じ神ならまだしも、蒼は妖なのだから。
「かんたんだよ! からまっちゃってるの、あおがぜんぶたべてあげる!」
「あ……そっか。蒼はそれが出来るもんね」
神気を原動力とする蒼は、普段は紅から力を得ている。
勿論すべて平らげてしまっては、紅がひとたまりもない。必要な神気を、必要なだけ取り出す。その術が蒼にはある。
「でも、大丈夫?」
穂花を渋らせるのは、勝手につまみ食いをするなと蒼を叱りつけていた、いつかの紅だ。
「ねーさまのことたのまれてるから、だいじょうぶ!」
返ってきたのはまばゆい笑顔。
主に良く従う蒼だ。これ以上気を揉むのも杞憂であろう。
「じゃあ……おねがいしてもいい?」
以前のように頬を舐められると思うと気恥ずかしいが、純粋無垢な蒼に下心はない。幼い子供とのたわむれと思えば、なんのことはないだろう。
「うんっ、わかった!」
にっこりと笑みを見せて、腰を浮かせる蒼。
おもむろに膝立ちで移動した先は――穂花の、上。
「ねーさま……つらい?」
「なんかね、ずっと気だるいっていうか……まちくんの赤ちゃんが出来たとか、そういうのでは断じてなくてね」
言うなれば、風邪の症状にも似ている。
真知に高天原へ連れて行かれた数日間も、目に見えて食欲が湧かなかった。
飢えることはないと聞いていたが、それは飢えを感じないということではない。
神々が住まう天界は恵みの楽園。草花は美しく咲き誇り、一晩で成る作物が枯れることはない。
食べるものに困らないという点で、〝飢えることはない〟のだ。
つまり、連日のごとく頭を悩ませる身体の異変は、生まれながらにして飢えを感じない紅とはちがい、穂花にとって不調を如実に物語るものというわけだ。
「さくは、そんなに心配しなくても大丈夫って言ってたし……」
生命を司るサクヤのことだ。万が一死に関わるようなことがあれば、気づくはず。
そのサクヤが心配ないと話すのだから、せいぜい質の悪い風邪なんだろうと、結局は最初の答えにたどり着く。
「がっこう、あしたはお休みしたほうがいいかもって、ぬしさまが言ってたよ」
「えぇ~! もうすぐテストがあるのになぁ……!」
「受けていない授業分は俺が教えてやる、だから休め」と真知なら言うだろう。
真知の気遣いは嬉しい。だが神の恩恵を受けて良い成績を残しても、嬉しくはない。
いまはただ、現代日本に生きる女子高生に過ぎないのだから、ありのままで勝負したかったのだ。
「ねーさま、はやくげんきになりたいよね……」
「ホントそれです……」
「じゃあ、あおがげんきにしてあげるっ!」
布団のそばで寄り添ってくれていた蒼が、天真爛漫な笑顔で胸を叩く。
怪力ゆえ家事など細かい作業を苦手としているが、これまでも蒼なりの考えで穂花の力になろうと努力していた。
のどかな昼下がりに添い寝した日には、すこぶる癒やされたものだ。
思い出すだけで頬笑ましくなる蒼の行動は、今日に限って、どこかちがっていた。
「あのね、ねーさまがつらいのはね、かみさまのちからがわーっ! ってなってるからかもって、ぬしさまが言ってた」
「神様の、力……?」
「うんうん。ぬしさまと、おーさまのちからがわーっ! ってなって、ねーさまにこんがらがっちゃってるの!」
おーさまというのは、真知のこと。オモイカネだからだという安直な名づけだ。蒼に悪気はない。
ところで、無邪気にとんでもないことを言われたような気がする。
紅と真知の神気が体内に在るのは事実だ。つまり、あふれんばかりの愛情とともにそれを注がれた夜のことを、蒼も理解しているということで……
言動は幼くとも、紅とともに数千年を生きてきた妖なのだと、改めて思い知らされる。
「原因は、なんとなくわかったけど……それから、どうするの?」
不調の原因が紅と真知の神気ならば、たしかに過度な心配をする必要はない。
が、それをどうにかしてみせると胸を張る蒼を前に、どうしても疑問が生まれてしまう。
同じ神ならまだしも、蒼は妖なのだから。
「かんたんだよ! からまっちゃってるの、あおがぜんぶたべてあげる!」
「あ……そっか。蒼はそれが出来るもんね」
神気を原動力とする蒼は、普段は紅から力を得ている。
勿論すべて平らげてしまっては、紅がひとたまりもない。必要な神気を、必要なだけ取り出す。その術が蒼にはある。
「でも、大丈夫?」
穂花を渋らせるのは、勝手につまみ食いをするなと蒼を叱りつけていた、いつかの紅だ。
「ねーさまのことたのまれてるから、だいじょうぶ!」
返ってきたのはまばゆい笑顔。
主に良く従う蒼だ。これ以上気を揉むのも杞憂であろう。
「じゃあ……おねがいしてもいい?」
以前のように頬を舐められると思うと気恥ずかしいが、純粋無垢な蒼に下心はない。幼い子供とのたわむれと思えば、なんのことはないだろう。
「うんっ、わかった!」
にっこりと笑みを見せて、腰を浮かせる蒼。
おもむろに膝立ちで移動した先は――穂花の、上。
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