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*14* 真夏の敗北
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ㅤ俺なりに張り切って臨んだ薪割りチャレンジは、結果から言うと惨敗だった。
思い返すだけで頭を抱えたくなるから、詳細は割愛する。
とりあえず、力めばいいってもんじゃない。腰は低く。水分補給はこまめに。
大丈夫だ。学べたことがあるんだから、明日に活かせばいい。
ㅤはとちゃんは、慣れない作業の末、自然の摂理に敗北した俺のために濡れタオルと扇風機を用意して、そのままパタパタと台所のほうへ行ってしまった。
昼食の支度をしているんだろう。冷やし中華だって聞いた。
ㅤこんなことにならなければ、野菜を刻むくらいはできただろうに。
いまさら悔いても仕方ないとはいえ、せめて皿洗いは立候補しよう……と首の後ろを揉む俺の膝元で、なにやら「プゥウウゥウウ!」と奇声をあげる毛玉が1匹いるんだが。
嘘だろ。首振り扇風機の使い方をこんなに心得たうり坊が、いてたまるか。
「プププゥウウゥウウ!」
「人間より夏を満喫してるな、おまえは」
ㅤ一周まわって感心する。
でもまぁ、ヘンテコな光景に毒気を抜かれたのも事実で。
こいつのことだ、台所から漂う出汁の香りを嗅ぎつけてきたに違いない。食いしん坊め。
ㅤぷーすけの遊びに付き合っていた俺は、夏バテのぼんやりした感覚も手伝って、玄関先から響いてきたエンジン音に、直前まで気がつかなかった。
ㅤ話し声が聞こえる。高い鈴の音色は、はとちゃんで、あとは……誰かが、来た?
ㅤ誰だろう? と至極当然の流れで首をかしげる俺の疑問は、早々に解決する。
「や、調子はどうだい、咲くん」
ㅤ俺が誰なのかを知っている人――玄関のほうから、ゆったりとした足取りでやって来た青年は。
「……どなたさまですか?」
「酷いなっ、忘れたとは言わせないぞ!」
「葵さんではないですよね」
「なんでそこ否定から入るんだ」
ㅤおかしいな。俺の知ってる彼は、「生粋の日本人だ」と言外の主張をしてやまない、作務衣姿の青年のはず。
けれど目の前にいるのは、シンプルな白Tシャツにアンクルパンツスタイルだけでもサマになっている、モデル顔負け美青年。
見覚えがあるとすれば、白い歯を見せて握手を交わした、涼しげな目元くらい、で……
「……え、葵さん?」
「こら、呼び方」
「…………葵?」
「じゃなかったら、誰に見えるのかな」
「どこの芸能人が忍んできたかと……」
「おや、それは褒め言葉かい?ㅤはは、いますぐ鏡を確認してごらん。その、国宝級の顔面凶器をね」
ㅤあぁ、このピリッと効いたスパイスみたいな毒舌は、間違いなく葵だ。
みやびさん相手の淡々としていたときと違って、笑みを浮かべているから、あいさつ代わりの軽口なのかもしれない。
「今日は休みなんだ。用事ついでに、帰ってきたってわけ。これ、必要だろう?」
「俺に……?」
ㅤ世間話もそこそこに、紙袋を手渡される。
思い当たる節はなかったものの、中身を確認して、頭の下がる思いしかない。
「君に似合いそうなものを、見繕ってきたよ。こっちは新品だから、安心して」
「すごく助かる。ありがとう……」
「どういたしまして」
ㅤ寝る場所も、着るものも、嫌な顔ひとつせず、自分が使っていた部屋だったり、古着だったりを貸してくれた。
今日は夏物の私服数着に加え、新品の下着まで持ってきてくれて。
つくづく、よくしてもらってるなぁ。俺にはもったいないくらい。
「ほかに困ったことはない?ㅤお疲れの様子だったけど」
「これは、薪割りもろくにできない俺の貧弱なせいなので、おかまいなく」
「あーね……ま、あんまり気負いすぎなくてもいいよ。この村の住人だって、基本ノリで生きてるし。慣れるまでに時間だってかかるさ」
「ありがとう。葵は、やさしいな」
ㅤ親身になって励ましてくれる気遣いに胸がキュッとなったから、素直な感謝を伝えたつもりだ。
ところが、ぱちりとまばたきをした葵が、ため息混じりに頭を抱えるものだから、焦りが顔を出す。
「俺、またなんか変なこと言ったか!?」
「いや、そうじゃない。いま、込み上げる尊さを噛みしめているところで……こら、はとこ!ㅤ無自覚天使はちゃんと見ておかないと、無自覚ゆえに甚大なる被害を主に俺たち兄妹に及ぼすとあれほど……!」
「えーなになに?ㅤお兄ちゃんなんか言ったー?」
「咲くんの尊みが増してるありがとういいぞもっとやれ!!」
「ごめーん、お鍋洗ってるから聞こえなーい。とりあえず、ご飯食べてくでしょー?」
「た・べ・る!」
「ほーい。そんじゃお皿運んでちょー」
ㅤ意思疏通が成立してないのに会話が成立してるのは、どうしてなんだろう。
これが木ノ本兄妹ミラクル、とか?ㅤ……じゃなくて!
「はとちゃん、葵!ㅤ俺も手伝うから!」
ㅤ膝から下、広縁の段差から放り出していた足をもつれさせるように、夏草履を脱ぎ捨てる。
ㅤヒノキの廊下を、大股で台所のほうへと向かう足取りは、パタリ、と息が止まったように鳴りをひそめることとなった。
「おや、そんなに急いで、体調はもういいのかね?」
ㅤ途中にある居間の、風通しをよくするため開放した障子の奥に、ふいの人影を拾ったものだから。
「やぁしばらくぶりだね。お邪魔しているよ、ボーイ」
ㅤちりん、ちりん。
ㅤ座卓テーブルの前に腰を落ち着け、手にはキンキンに結露した麦茶のグラス。
軒先でご機嫌な音色を奏でている風鈴に協奏したのは、まったりくつろいでいる壮年男性の、特徴的なバリトンだった。
「村長の……頼光、さん?」
ㅤ
思い返すだけで頭を抱えたくなるから、詳細は割愛する。
とりあえず、力めばいいってもんじゃない。腰は低く。水分補給はこまめに。
大丈夫だ。学べたことがあるんだから、明日に活かせばいい。
ㅤはとちゃんは、慣れない作業の末、自然の摂理に敗北した俺のために濡れタオルと扇風機を用意して、そのままパタパタと台所のほうへ行ってしまった。
昼食の支度をしているんだろう。冷やし中華だって聞いた。
ㅤこんなことにならなければ、野菜を刻むくらいはできただろうに。
いまさら悔いても仕方ないとはいえ、せめて皿洗いは立候補しよう……と首の後ろを揉む俺の膝元で、なにやら「プゥウウゥウウ!」と奇声をあげる毛玉が1匹いるんだが。
嘘だろ。首振り扇風機の使い方をこんなに心得たうり坊が、いてたまるか。
「プププゥウウゥウウ!」
「人間より夏を満喫してるな、おまえは」
ㅤ一周まわって感心する。
でもまぁ、ヘンテコな光景に毒気を抜かれたのも事実で。
こいつのことだ、台所から漂う出汁の香りを嗅ぎつけてきたに違いない。食いしん坊め。
ㅤぷーすけの遊びに付き合っていた俺は、夏バテのぼんやりした感覚も手伝って、玄関先から響いてきたエンジン音に、直前まで気がつかなかった。
ㅤ話し声が聞こえる。高い鈴の音色は、はとちゃんで、あとは……誰かが、来た?
ㅤ誰だろう? と至極当然の流れで首をかしげる俺の疑問は、早々に解決する。
「や、調子はどうだい、咲くん」
ㅤ俺が誰なのかを知っている人――玄関のほうから、ゆったりとした足取りでやって来た青年は。
「……どなたさまですか?」
「酷いなっ、忘れたとは言わせないぞ!」
「葵さんではないですよね」
「なんでそこ否定から入るんだ」
ㅤおかしいな。俺の知ってる彼は、「生粋の日本人だ」と言外の主張をしてやまない、作務衣姿の青年のはず。
けれど目の前にいるのは、シンプルな白Tシャツにアンクルパンツスタイルだけでもサマになっている、モデル顔負け美青年。
見覚えがあるとすれば、白い歯を見せて握手を交わした、涼しげな目元くらい、で……
「……え、葵さん?」
「こら、呼び方」
「…………葵?」
「じゃなかったら、誰に見えるのかな」
「どこの芸能人が忍んできたかと……」
「おや、それは褒め言葉かい?ㅤはは、いますぐ鏡を確認してごらん。その、国宝級の顔面凶器をね」
ㅤあぁ、このピリッと効いたスパイスみたいな毒舌は、間違いなく葵だ。
みやびさん相手の淡々としていたときと違って、笑みを浮かべているから、あいさつ代わりの軽口なのかもしれない。
「今日は休みなんだ。用事ついでに、帰ってきたってわけ。これ、必要だろう?」
「俺に……?」
ㅤ世間話もそこそこに、紙袋を手渡される。
思い当たる節はなかったものの、中身を確認して、頭の下がる思いしかない。
「君に似合いそうなものを、見繕ってきたよ。こっちは新品だから、安心して」
「すごく助かる。ありがとう……」
「どういたしまして」
ㅤ寝る場所も、着るものも、嫌な顔ひとつせず、自分が使っていた部屋だったり、古着だったりを貸してくれた。
今日は夏物の私服数着に加え、新品の下着まで持ってきてくれて。
つくづく、よくしてもらってるなぁ。俺にはもったいないくらい。
「ほかに困ったことはない?ㅤお疲れの様子だったけど」
「これは、薪割りもろくにできない俺の貧弱なせいなので、おかまいなく」
「あーね……ま、あんまり気負いすぎなくてもいいよ。この村の住人だって、基本ノリで生きてるし。慣れるまでに時間だってかかるさ」
「ありがとう。葵は、やさしいな」
ㅤ親身になって励ましてくれる気遣いに胸がキュッとなったから、素直な感謝を伝えたつもりだ。
ところが、ぱちりとまばたきをした葵が、ため息混じりに頭を抱えるものだから、焦りが顔を出す。
「俺、またなんか変なこと言ったか!?」
「いや、そうじゃない。いま、込み上げる尊さを噛みしめているところで……こら、はとこ!ㅤ無自覚天使はちゃんと見ておかないと、無自覚ゆえに甚大なる被害を主に俺たち兄妹に及ぼすとあれほど……!」
「えーなになに?ㅤお兄ちゃんなんか言ったー?」
「咲くんの尊みが増してるありがとういいぞもっとやれ!!」
「ごめーん、お鍋洗ってるから聞こえなーい。とりあえず、ご飯食べてくでしょー?」
「た・べ・る!」
「ほーい。そんじゃお皿運んでちょー」
ㅤ意思疏通が成立してないのに会話が成立してるのは、どうしてなんだろう。
これが木ノ本兄妹ミラクル、とか?ㅤ……じゃなくて!
「はとちゃん、葵!ㅤ俺も手伝うから!」
ㅤ膝から下、広縁の段差から放り出していた足をもつれさせるように、夏草履を脱ぎ捨てる。
ㅤヒノキの廊下を、大股で台所のほうへと向かう足取りは、パタリ、と息が止まったように鳴りをひそめることとなった。
「おや、そんなに急いで、体調はもういいのかね?」
ㅤ途中にある居間の、風通しをよくするため開放した障子の奥に、ふいの人影を拾ったものだから。
「やぁしばらくぶりだね。お邪魔しているよ、ボーイ」
ㅤちりん、ちりん。
ㅤ座卓テーブルの前に腰を落ち着け、手にはキンキンに結露した麦茶のグラス。
軒先でご機嫌な音色を奏でている風鈴に協奏したのは、まったりくつろいでいる壮年男性の、特徴的なバリトンだった。
「村長の……頼光、さん?」
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