【完結】ユキイロノセカイ

はーこ

文字の大きさ
上 下
33 / 44
本編

*33* 人間らしく

しおりを挟む
 冷たい雪が、顔に吹きつける。

かえでくんっ!」

 やっとの思いで見つけたその子は、通学路でもある道路沿いの河川敷にいた。白い芝生で膝を抱え、雪だるまみたいに微動だにしなくて。

「よかったぁ、心配したよ~!」

 そばにしゃがみ込んだぼくから、ふい、と顔を背ける楓くん。

「帰れよ」
「そだね、お家帰ろっか!」
「……なにがおかしいの」
「えー? いつも通りでしょ~?」
「っざけんな!」

 甲高い叫びを、木枯らしが舞い上げる。
 静まり返った夜の闇。弧を描いて、白雪とともに落ちてきたのは、ぼくの傘だ。
 さし出したままの右の手の甲が、じわりとむなしい熱を持つ。

「なんで怒んないの? なんで全部許すの?」
「やだなぁ! だってきみは、ぼくの……」
「かわいい弟? 家族って、好き勝手しても、なんでも許してくれるもんなの?」

 それは違うよ、とは、言えない。言えるはずがないんだ……〝怒り方〟を、とうの昔に忘れてしまいました……なんて。

「あんたのそういうとこ、大ッキライ」

 氷点下の夜風に吐き捨てられた言葉は、暗に「叱ってほしかった」と、言っているようで……

「か……えでくん、は、なにを……してたの?」

 すると、一瞬、ほんの一瞬だけ、焦げ茶色の大きな瞳が見開かれた。すぐにフンと鼻を鳴らして、そっぽを向くけれど。

「……別に。いつものヤツらと、遊んでやっただけ」

 ぼくは、なんてバカなんだろう。
 遊んでやっただけ。この子がやけに顔を背ける日は、決まって起こることが、あるじゃないか。
 思い出したとたん、驚くほど頭の熱がスーッと引いていった。

「……楓くん、ちょっとこっちにおいで」
「はぁ? イヤだし」
「来なさい!」

 いまにも離れていきそうな肩を引き戻す。案の定、グッとのぞき込んだ顔には、すり傷、切り傷、青ジミが、そこかしこにあって。
 寄せては返す波のように、引いた熱が芯からこみ上げる。

「なんで言わなかったの!」
「……なこと、言っても……おれに、逃げ出せって言うのかよ……」
「そう! だってきみは、なにも悪いことしてないんでしょ!?」

 生まれつき、普通の人より、髪と瞳の色が明るい。
 ほかとは違うことが、集団にとって格好の餌食になるんだって、ぼくは知ってるはずなのに……

「あんたには……カンケーない」
「あるよ!」

 もどかしくなり、両手を使って正面を向かせる。

「喧嘩はダメです! 死んじゃったりしたらどうするの! こんなに傷だらけで……!」

 ぼくの鈍さが、この子に意地を張らせてしまった。悲しい言葉を言わせてしまった。
 謝るのはぼくのはずなのに、楓くんを咎める言葉が、あふれて止まらなくて。

「…………ウソ」
「え……?」
「やり返すとか………ガキのすることじゃん」

 ストン。

 力が抜けたときに、腕からこぼれ落ちたきみは、見つけたときみたいに、芝生へ座り込む。

「……さっき、やっと…………終わったんだ」

 両膝を抱えた手は、綺麗だった。喧嘩を買ったにしては、あまりにも。
 あぁ……そっか。
 この子は……ほんとは、優しいんだ。

「……いきなりごめんね。よく我慢したね、えらいね」

 頭をなでると、ハッとしたように楓くんがぼくを見上げた。
 ほんとにごめんね……向き合えてなかったのは、ぼくのほうだったね。

「手当てしなきゃ。さぁ、お家に帰ろう?」

 自分のマフラーをほどいて、楓くんに巻いてあげる。

 イヤだって言うかな?
 いらないって言うかな?

 楓くんは口をひん曲げたまま、無言で立ち尽くすだけ。沈黙が、つらかった。

「えっと……あっ、そうだ! お腹空いてない? ぼくお菓子持ってるよ、はい!」

 キャンディ型に包まれたそれを差し出すと、焦げ茶色の瞳をぱちくりする楓くん。
 それから、ぼくの目をじぃっと見つめるものだから、なんだか焦ってきちゃった。

「えと、キライ、だった?」
「……いや。チョコは、すき」

 肯定的な言葉を初めて聞いたこのとき、楓くんが、ぼくの手からお菓子を受け取ってくれたんだ。驚き半分、くすぐったさ半分。

 ……チョコが、すきなんだ。

 なんでもない会話が、こんなにほっこりするものだなんて。

「また、笑ってる」
「あ、ごめんっ……」
「別に、悪くないけど。……さっきと、別人みたいだ」

 さっきのことなんて、すっかり忘れてた。
 心の奥底に押し込めた怒りや悲しみが、いつの間にか顔を出していた、なのに、昔感じたような不快感は、まったくなかったから。

「人形じゃなくて……人間、らしかったよ。……ありがと……せつ、兄さん」

 くしゃっとなった笑顔。どうしようもない熱が込み上げる。
 かける言葉が見つからないから、ぎゅって抱き締めた。そしたら、ね。ぎゅって、抱き締め返してくれたんだよ。

 楓くんが、兄さんって呼んでくれるようになった。
 ぼくも、かえくんって呼ばせてもらえるようになった。
 頭で考えるより先に、笑顔が零れて止まらなかった。

 凍える雪の夜。ぼくはきみが教えてくれたぬくもりを、絶対に忘れない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...