【完結】ユキイロノセカイ

はーこ

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本編

*29* 生命の天秤

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 今日は特別、心がおどった。それもそのはず。

「すごい……せつに、こんな特技があったなんて……!」
「えへへ~」

 黒目がちな瞳を珍しく輝かせたきみに、ピタリと肩をくっつけられたなら、喜ばないはずがないでしょう!

「グッジョブ、風よけ」

 たとえそれが、思わぬ産物だったとしても!

「はぅ……ぬくい……」

 寒いの、苦手だもんね。首を縮めて丸くなって。
 ぼくをウサギさんだと言うけれど、それならきみは、ネコちゃんだね。

 真っ白に染まった噴水広場。その中でも、ちいさなちいさな傘の下の世界は、夜空に浮かぶ一等星のように輝いていた。

「あたしとしたことが。なんで早く気づかなかったんだろ」
「ね、言ったでしょ? ぼく男の子だよ~って」

 きみよりおっきいし、力だってあるんだよ。そう笑えば、つと、肩の温もりが離れた。
 視線を伏せてもダメ、だよ? ほんのり色づいたその頬は、どう見てもかじかんだせいじゃない。そうでしょう?

「ユーキちゃんっ」

 ポスッ。

 今度はぼくの番。呆れ気味に、それでいて気が抜けたように、ゆきちゃんはくっついたぼくの頭をなで回す。

「よしよし、お手」
「ぼく、ワンちゃんじゃないです」
「おっとそうだ、ウサギだったな」
「うん、もうなんでもいいかな!」

 近くにいられるなら、それで。

(少しくらい……いいよね?)

 ぎゅっと腕を絡めたら「ホントに寂しがりやだな」って、また頭をわしわしされた。
 実を言うとね、この時間が、好き。
 気持ちいいなぁ……人の体温って、こんなにあったかいんだ。

「雪、適度に堪能したら離れてねー。あんたにあげっぱなしで平気なほど、基礎体温高くないのー」
「むむ……はぁい」
「こらそこ即答」

 いつまでだって、ふれていられるのに。だけどね、幸ちゃんを困らせるのもいやだから、渋々離れることにするよ。

「はー、寒いなぁ」

 形だけ寒がって、きみと同じ人間を演じる。
 きみは何か言いたげ。出しかけた手を引っ込め、朱に染まる頬をマフラーに埋める。それがあんまりにもかわいいから、なにも見てないフリをした。

「……学校、行く」
「うん。行ってらっしゃい」
「雪……寒い」
「……うん? そだね?」
「風邪菌、ナメんなよ」

 淡々と言い放って、駆けて行く幸ちゃん。脈絡のない言葉たちがひとつにつながった瞬間、クスッと笑いが漏れた。
〝風邪引かないように〟って、心配してくれたのかな。
 おめでたいぼくにはね、〝会えないと寂しい〟って、変換されちゃうんだよ。

「手遅れだなぁ……」

 今さらなことをつぶやいて、粉雪が舞う空を見上げた日。
 このときはまだ、幸せだったな。


  *  *  *


「好きだよ、雪……大好き」

 綺麗な瞳、まっすぐな心に、どれだけぼくが駆り立てられたと思う?

 手が震えて、血が全身を駆け巡って。気づいたときには、自分のことを忘れてと言う唇を、ふさいでいたっけ。
 皮肉だよね。きみのためを想ってついた嘘だったのに、きみを傷つけていたと、無理に笑わせて気づくなんて。

「……幸ちゃん……幸ちゃん……っ!」

 ……ごめんね、ごめんなさい。
 忘れてないよ。
 忘れられるはず、ないじゃないか。
 きみはぼくの……すべてなんだから。

 心を通わせるほど、きみに近づく感覚。
 きみの体温だけじゃなく、寒さも感じるようになったんだ。
 同時にきみへふれるたび走る頭痛が、警鐘を鳴らした。

(もう……時間がないっ……!)

 寒空に白雪が舞い上がる。腕の中のきみは、燃えるように熱い。
 長引くその不調は、風邪なんかじゃない。きみの生気を、ぼくが吸い取ってるせいなんだ。
 このままじゃ、ぼくはきみを……殺してしまう。

「行くんだ、幸ちゃん!!」

 ただ守りたくて張り上げた声は、きみを泣かせてしまった。

 ぼくのこと、好きになってくれてありがとう――

 たった一言伝えればよかったのに、罪悪感が邪魔をした。

「幸ちゃん……すき……きみが……大好きだ」

 いくら切望しようと、〝どちらも〟は選べない。
 0は1になり得ないんだ。
 ぼくが生きるか、きみが生きるか……未来は、ひとつしかない。

(だからぼくは……人知れず、消えよう)

 すべて納得の上で、深呼吸をした。
 なのに……雪の降らない街で、きみが駆けて行った道をあの人が見つめていて。

 ――ゾクリと、肌が粟立った。

(守らなきゃ)

 その想いだけが、ぼくの意識をつなぐ糸で。
 人でも幽霊でもなくなった身体は、不安定すぎた。鈍器で殴られたような頭を抱え、悲鳴を上げる足を引きずる。

「かえくん!」
「…………え? 雪、兄さん……?」

 たどり着いた先には、あの子がいてくれた。ぼくもだいぶ〝こちら側〟に近づいてきたんだろう。
 視線を交わせたことは、残り時間があとわずかであることの証明であったけれど、この場では、単純に安堵へと繋がって。

「お願いかえくん、力を貸して! 幸ちゃんを助けたいんだ!」

 困惑する弟に頭を下げながら、神様へ懇願する。

 どうか、幸ちゃんを連れて行かないでください。
 彼女の運命は、ぼくが引き受けます――と。
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