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本編
*26* 白雪は夜空にとけて
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12月23日、あたしは死ぬはずだった。トラックに跳ねられる運命を、雪が変えたんだ。
運命はあくまで折り曲げられただけ。気休めに過ぎない。
どうせ死ぬんでしょ? だったら雪、なんであたしなんかに構うのよ。
未来をあげるとかバカ言ってないで、楓のそばにいてあげてよ。
家族なんていないあたしより、雪が生きるほうがずっとずっと……!
「人間らしく泣いたり怒ったりするきみに、ぼくは恋をした」
……ウソ。ホントは知ってた。記憶と一緒に伝わって来たんだもん。
「不条理な世界で、がむしゃらでも生きようと足掻くきみが、とても愛おしくなった」
あたしの生き様にふれた雪が、色んな感情と向き合うことを知ったって。
「大好きな幸ちゃんのために命を賭けられる自分が、今すごく誇らしいんだ」
嫌だ、そんな誇りは要らないと訴える時間さえ、残されてはいない。
ヒュオオオ――……
落ちながら、それでも雪は告げる。
「最後にきみと出会えて、ようやくぼくは、人間になれたんだよ」
ふいに落とされた口付け。ふれた先から、温もりが流れ込む。
涙があふれた。それが雪の〝未来〟だと、直感したから。
「怖がらないで。大丈夫」
いや……受け取れない。覆い隠そうとした手を優しく取り払われ、いっそう近づく唇。
チョコレート色の澄んだ瞳が、あたしを愛おしげに映す。
「ふふっ……あと5年早く会ってたら、将来お嫁さんにもらってた自信あるなぁ」
ふにゃっとゆるんだ笑みが、次第に薄れてゆく。近づくイルミネーションが、世界を鮮やかに塗り潰そうと。
「愛してる。たとえ離れていても、ふれられなくても、月森雪という人間がきみを愛していることを、忘れないでほしい」
「……やだ。どこにも、行かないで……雪がいなきゃ、あたし……っ」
「ぼくの出番は、もう終わり。……かえくんをよろしくね。大丈夫、きみは幸せになる」
今度受け止めたら、本当に最後だ……
激しい風に抗い、背けた頬を、そっと包み込まれる。
「きみらしく、この世界を生きるんだ」
わずかに強まった語尾。
グイッと引き寄せられる肩。
あたしたちの距離は――ゼロ。
温かい……
離さないでよ……
ずっとずっと、抱き締めていてよ……
そんな文句も、名前すら、きみは言わせてくれない。
「……っふ……ぅうっ……!」
ミルクティー色のダッフルコートにしがみつき、ボロボロと大粒の涙を流す。
頬に添えた手が濡れることも厭わず、ふわりと細まるチョコレート色。
ふれるだけだった唇が、あたしのすべてを覆う。
それこそ、息もできないくらい。
最後の時まで、ひとときも離さぬように。
サァッ――……
砂時計が落ちるように、足先から消えゆく雪。
零れた砂は風にさらわれ、白銀の結晶と宙を舞う。
彩り豊かなイルミネーションにライトアップされ、キラキラと、漆黒の夜空に吸い上げられていく。
待って……散らばらないで……
手を伸ばそうとも、彼に与えられた体温が甘く思考を奪い、全身を麻痺させる。
めまいのしそうな光に包まれ、白んだ視界。
〝ア イ シ テ ル〟
愛しい彼の、やわらかい囁き。
ひどく安心し、脱力する。
やっとの思いで微笑み返す。
彼はまた笑って、満足げに閉じたまつげから、ひとしずくの宝石が零れ落ちる。
呼吸を忘れるほど綺麗な笑みを遺し、白雪とともに、最愛の彼は聖夜の空へ溶けて行った。
運命はあくまで折り曲げられただけ。気休めに過ぎない。
どうせ死ぬんでしょ? だったら雪、なんであたしなんかに構うのよ。
未来をあげるとかバカ言ってないで、楓のそばにいてあげてよ。
家族なんていないあたしより、雪が生きるほうがずっとずっと……!
「人間らしく泣いたり怒ったりするきみに、ぼくは恋をした」
……ウソ。ホントは知ってた。記憶と一緒に伝わって来たんだもん。
「不条理な世界で、がむしゃらでも生きようと足掻くきみが、とても愛おしくなった」
あたしの生き様にふれた雪が、色んな感情と向き合うことを知ったって。
「大好きな幸ちゃんのために命を賭けられる自分が、今すごく誇らしいんだ」
嫌だ、そんな誇りは要らないと訴える時間さえ、残されてはいない。
ヒュオオオ――……
落ちながら、それでも雪は告げる。
「最後にきみと出会えて、ようやくぼくは、人間になれたんだよ」
ふいに落とされた口付け。ふれた先から、温もりが流れ込む。
涙があふれた。それが雪の〝未来〟だと、直感したから。
「怖がらないで。大丈夫」
いや……受け取れない。覆い隠そうとした手を優しく取り払われ、いっそう近づく唇。
チョコレート色の澄んだ瞳が、あたしを愛おしげに映す。
「ふふっ……あと5年早く会ってたら、将来お嫁さんにもらってた自信あるなぁ」
ふにゃっとゆるんだ笑みが、次第に薄れてゆく。近づくイルミネーションが、世界を鮮やかに塗り潰そうと。
「愛してる。たとえ離れていても、ふれられなくても、月森雪という人間がきみを愛していることを、忘れないでほしい」
「……やだ。どこにも、行かないで……雪がいなきゃ、あたし……っ」
「ぼくの出番は、もう終わり。……かえくんをよろしくね。大丈夫、きみは幸せになる」
今度受け止めたら、本当に最後だ……
激しい風に抗い、背けた頬を、そっと包み込まれる。
「きみらしく、この世界を生きるんだ」
わずかに強まった語尾。
グイッと引き寄せられる肩。
あたしたちの距離は――ゼロ。
温かい……
離さないでよ……
ずっとずっと、抱き締めていてよ……
そんな文句も、名前すら、きみは言わせてくれない。
「……っふ……ぅうっ……!」
ミルクティー色のダッフルコートにしがみつき、ボロボロと大粒の涙を流す。
頬に添えた手が濡れることも厭わず、ふわりと細まるチョコレート色。
ふれるだけだった唇が、あたしのすべてを覆う。
それこそ、息もできないくらい。
最後の時まで、ひとときも離さぬように。
サァッ――……
砂時計が落ちるように、足先から消えゆく雪。
零れた砂は風にさらわれ、白銀の結晶と宙を舞う。
彩り豊かなイルミネーションにライトアップされ、キラキラと、漆黒の夜空に吸い上げられていく。
待って……散らばらないで……
手を伸ばそうとも、彼に与えられた体温が甘く思考を奪い、全身を麻痺させる。
めまいのしそうな光に包まれ、白んだ視界。
〝ア イ シ テ ル〟
愛しい彼の、やわらかい囁き。
ひどく安心し、脱力する。
やっとの思いで微笑み返す。
彼はまた笑って、満足げに閉じたまつげから、ひとしずくの宝石が零れ落ちる。
呼吸を忘れるほど綺麗な笑みを遺し、白雪とともに、最愛の彼は聖夜の空へ溶けて行った。
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