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本編
*9* 楓がお兄ちゃん
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平和な日常というやつは、突然崩れ去るもので。
「おーい、ビビってんじゃねーぞー」
「むむむムリムリムリ、ここはダメだ、悪の巣窟だ……痒っ、マジ痒ッ! うわあああ!」
「今日のメインおまえなんだからなー。根性見せろ月森ィ」
「帰りたい帰りたい帰りたい……!」
だーかーら、なんでここにあんたがいるんだってば。
「おかえり! ユキ待ってたんだからね、楓お兄ちゃんっ!」
「ふぇっ……えぇっ!? ゆゆゆ、ユキさんんんっ!?」
あれほどひた隠したバイト先に、招かれざる客、ご来店。
はぁ……終わったな、あたしの人生……
* * *
あたしのバイト先は、駅からほど近いごくごく普通の喫茶店だ。ちょっぴり内装がメルヘンチックで、フリフリレースのエプロンドレスが制服ってだけの。
ともかく、ホール担当のあたしは愛想わら……真心のこもった接客を心がけて、今日も1日を終えるはずだった。
だがしかし、ごひいきさんに混じっておや、一見さんが3人も、とのんきに対応を請け負ったのが運のツキだった。
大学生だとうかがい知れる彼らのうち、窓ガラス越しの白い街にかじりつき、ブツブツつぶやいていたイケメンは、どうもうちのバカ弟子と瓜ふたつで。
重い足でオーダーを取りに向かい、あたしに気づいたそいつがポカンと呆けた瞬間、イヤでも悟ったさ。
そっくりさんじゃねぇ。本人かよ。
そんなこんなで、あたし佐藤幸は、何故か頬を染めた客、楓を前に、自分を保つのに必死であった。
「えと、ユキさんは、どのような理由から、メイドさんでサンタさんで妹ちゃんなのでしょうか……」
「うふふっ、ユキここでお仕事してるのー。かわいいお店でしょお?」
「うぐっ……で、では、お、俺ごときをお兄ちゃん呼びしてくれる神シチュは、クリスマス限定スペシャルイベントの一環であると……」
「あ・た・り! ユキ、ダイスキなお兄ちゃんのために頑張ってお料理作ったんだぁ。食べてくれるよね、楓お兄ちゃん!」
あらゆる表情筋を結集させた営業スマイルで、ハート型のプレートをスタンバイ。
当店一番人気「メイドさんのらぶらぶハッピーオムライス」を目前に、楓はぐはっとテーブルに顔面を打ち付けた。
なんだ、あたしがケチャップで呪いを込めて書いた『土に還れ』が、そんなに嬉しかったのか。
「ここは天国ですか……そうかそうか、もう俺悔いはないや。おやすみなさい……」
マジか。引くわ、ドン引きだわドM。
「とかいう茶番はやめにして」
「あ、いつものユキさんだ」
「通常販売はこっちのほうなんで、そこんとこヨロシク」
でなきゃ、サンタ帽にツインテール、白いファー付きの真っ赤なミニワンピ、果ては絶対領域なんて、だれが好き好んで提供してやるってんのよ。仕事だ仕事。
「難攻不落のツンデレユキりん……」
「すみませーん、このバカにあられもないこと吹聴したの、もしかしなくてもやっちゃん先輩ですよねー」
「書いてる! メニュー表に書いてる! 俺がほかのひとと話せないってユキさん知ってるでしょ!?」
そうだ、楓はヘタレだったな。失念失念。
ついでに、やつの友人らが同席していたことも忘れていた。
「すっげー……あの月森が普通に話せとる」
「月森ィ、おまえ、俺たちの見てないところで、涙ぐましい努力を重ねてたんだな!」
「……なんの話?」
「女性恐怖症克服させるためだって、ムリやり連れて来られて。結局は、俺を口実に野郎どもがエンジョイしたいだけ」
「でしょうね」
さっきからキラッキラした視線感じるし。
「えーっと、ユキちゃんだっけ? 月森と付き合ってんの?」
ずずいっと身を乗り出してきたのは、たしか下田さんといったか。
いまどきの男子大学生にしちゃあ珍しく、未加工の黒髪短髪。パッと見は爽やかなスポーツマンって感じ。
まぁ向かいの楓をイジッていたように、『女嫌いが親しげにしている女』に興味津々みたいだけども。
「いやまったく」
すると下田さんの隣、あたしから見て手前に座った木村さんとやらが、レンズが入っていないアンダーリムメガネのブリッジを押し上げた。
「じゃあ、付き合いたいとかはないわけ? こいつ顔はいいっしょ?」
「カッコイイとは思うけど、そんな風に見たことないし。てか破門寸前のバカ弟子だし」
「バ・カ・弟・子! あっはは! こりゃー脈なしだわ! 月森ドンマーイ」
「安心しろ、恋愛相談ならいつでも乗ってやんよ!」
「ぶっ! おいっ!」
「は? 恋愛?」
「おまえらっ、ふざけんなよっ!」
「「グッドラック!」」
親指を突き立てるなり、ご友人方は料理皿と伝票を手に空席へと移動した。
あとにはお冷やのグラスを叩きつけた反動で立ち上がった楓と、あっけに取られたあたしが取り残される。
「えーと、あんたも苦労してんね。見事誤解されちゃって」
「…………」
「まぁあたしとのアレは日常茶飯事なわけだし、ハッキリ言っといていいからね? 俺らはそういうのじゃありませんって」
「……ユキさん、バイトいつ終わる」
「は……バ、バイト? あと30分くらいだけど……」
「じゃあ、終わったら駅前に来て。話がしたい」
それっきり楓は座り込み、無言でオムライスを口に運ぶ。
時折カチャ、とプレートに当たるスプーンの音が、やけに耳ざわりだった。
「おーい、ビビってんじゃねーぞー」
「むむむムリムリムリ、ここはダメだ、悪の巣窟だ……痒っ、マジ痒ッ! うわあああ!」
「今日のメインおまえなんだからなー。根性見せろ月森ィ」
「帰りたい帰りたい帰りたい……!」
だーかーら、なんでここにあんたがいるんだってば。
「おかえり! ユキ待ってたんだからね、楓お兄ちゃんっ!」
「ふぇっ……えぇっ!? ゆゆゆ、ユキさんんんっ!?」
あれほどひた隠したバイト先に、招かれざる客、ご来店。
はぁ……終わったな、あたしの人生……
* * *
あたしのバイト先は、駅からほど近いごくごく普通の喫茶店だ。ちょっぴり内装がメルヘンチックで、フリフリレースのエプロンドレスが制服ってだけの。
ともかく、ホール担当のあたしは愛想わら……真心のこもった接客を心がけて、今日も1日を終えるはずだった。
だがしかし、ごひいきさんに混じっておや、一見さんが3人も、とのんきに対応を請け負ったのが運のツキだった。
大学生だとうかがい知れる彼らのうち、窓ガラス越しの白い街にかじりつき、ブツブツつぶやいていたイケメンは、どうもうちのバカ弟子と瓜ふたつで。
重い足でオーダーを取りに向かい、あたしに気づいたそいつがポカンと呆けた瞬間、イヤでも悟ったさ。
そっくりさんじゃねぇ。本人かよ。
そんなこんなで、あたし佐藤幸は、何故か頬を染めた客、楓を前に、自分を保つのに必死であった。
「えと、ユキさんは、どのような理由から、メイドさんでサンタさんで妹ちゃんなのでしょうか……」
「うふふっ、ユキここでお仕事してるのー。かわいいお店でしょお?」
「うぐっ……で、では、お、俺ごときをお兄ちゃん呼びしてくれる神シチュは、クリスマス限定スペシャルイベントの一環であると……」
「あ・た・り! ユキ、ダイスキなお兄ちゃんのために頑張ってお料理作ったんだぁ。食べてくれるよね、楓お兄ちゃん!」
あらゆる表情筋を結集させた営業スマイルで、ハート型のプレートをスタンバイ。
当店一番人気「メイドさんのらぶらぶハッピーオムライス」を目前に、楓はぐはっとテーブルに顔面を打ち付けた。
なんだ、あたしがケチャップで呪いを込めて書いた『土に還れ』が、そんなに嬉しかったのか。
「ここは天国ですか……そうかそうか、もう俺悔いはないや。おやすみなさい……」
マジか。引くわ、ドン引きだわドM。
「とかいう茶番はやめにして」
「あ、いつものユキさんだ」
「通常販売はこっちのほうなんで、そこんとこヨロシク」
でなきゃ、サンタ帽にツインテール、白いファー付きの真っ赤なミニワンピ、果ては絶対領域なんて、だれが好き好んで提供してやるってんのよ。仕事だ仕事。
「難攻不落のツンデレユキりん……」
「すみませーん、このバカにあられもないこと吹聴したの、もしかしなくてもやっちゃん先輩ですよねー」
「書いてる! メニュー表に書いてる! 俺がほかのひとと話せないってユキさん知ってるでしょ!?」
そうだ、楓はヘタレだったな。失念失念。
ついでに、やつの友人らが同席していたことも忘れていた。
「すっげー……あの月森が普通に話せとる」
「月森ィ、おまえ、俺たちの見てないところで、涙ぐましい努力を重ねてたんだな!」
「……なんの話?」
「女性恐怖症克服させるためだって、ムリやり連れて来られて。結局は、俺を口実に野郎どもがエンジョイしたいだけ」
「でしょうね」
さっきからキラッキラした視線感じるし。
「えーっと、ユキちゃんだっけ? 月森と付き合ってんの?」
ずずいっと身を乗り出してきたのは、たしか下田さんといったか。
いまどきの男子大学生にしちゃあ珍しく、未加工の黒髪短髪。パッと見は爽やかなスポーツマンって感じ。
まぁ向かいの楓をイジッていたように、『女嫌いが親しげにしている女』に興味津々みたいだけども。
「いやまったく」
すると下田さんの隣、あたしから見て手前に座った木村さんとやらが、レンズが入っていないアンダーリムメガネのブリッジを押し上げた。
「じゃあ、付き合いたいとかはないわけ? こいつ顔はいいっしょ?」
「カッコイイとは思うけど、そんな風に見たことないし。てか破門寸前のバカ弟子だし」
「バ・カ・弟・子! あっはは! こりゃー脈なしだわ! 月森ドンマーイ」
「安心しろ、恋愛相談ならいつでも乗ってやんよ!」
「ぶっ! おいっ!」
「は? 恋愛?」
「おまえらっ、ふざけんなよっ!」
「「グッドラック!」」
親指を突き立てるなり、ご友人方は料理皿と伝票を手に空席へと移動した。
あとにはお冷やのグラスを叩きつけた反動で立ち上がった楓と、あっけに取られたあたしが取り残される。
「えーと、あんたも苦労してんね。見事誤解されちゃって」
「…………」
「まぁあたしとのアレは日常茶飯事なわけだし、ハッキリ言っといていいからね? 俺らはそういうのじゃありませんって」
「……ユキさん、バイトいつ終わる」
「は……バ、バイト? あと30分くらいだけど……」
「じゃあ、終わったら駅前に来て。話がしたい」
それっきり楓は座り込み、無言でオムライスを口に運ぶ。
時折カチャ、とプレートに当たるスプーンの音が、やけに耳ざわりだった。
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