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本編
*6* バカ弟子を破門する
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朝起きて、バイトして、学校に行って、夜中布団にもぐり込む。
ただ繰り返すだけのあたしの日常に、ちょっとした変化が訪れた。
「おいそこの不審者、通報するぞ」
「へっ? あっユキさん、待ってた!」
日付が変わり、校舎の明かりだけが頼りの校門。ひょろ長い影があるなと思えば、案の定、楓である。
ニマッと、いまとなっては見慣れた笑顔をきらめかせ、あたしに向かって右手を挙げた。
マイナスイオンまき散らすな。真冬だぞ。
「なんでいんの」
「ユキさん、いつも帰り遅いんだろ? 俺もどーせヒマだし、時間を有効活用しようと思ってさ」
「で、このくそ寒い中待ちぼうけ? ドMなの?」
「違うって! そんな待ってないしっ!」
たわけ。防寒したつもりだろうがな、トナカイ顔負けの赤い鼻見りゃ、どんだけいたかなんて一目瞭然だ。
「ふぅん。好きにしたら?」
却下されるとでも思ったんだろうか。ぱぁっと瞳を輝かせた楓は、先に歩き始めたあたしに駆け寄ってきた。
肩を並べられると……うん、意外と。セツにはないものがあるな。
「楓は、彼女作らないの」
「えっ、かっ、彼女? なんで!?」
「ひょろ長……背ぇ高いし、よくよく見ればイケメンに見えなくもないから」
「俺、女性恐怖症なんだってばぁ……」
「健全な思春期男子でもあるだろうがよ」
ひとり暮らしの男子大学生ってこう、不摂生の塊みたいな偏見があったからか。楓はイレギュラーだった。
スラリとした長身――自販機よりも高いだろう――を際立たせる、深緑のフィールドジャケットとジーンズ。差し色として、足元はオレンジのスニーカー。うん、あたしは嫌いじゃない。
顔よしファッションセンスよし、背も高くて明朗な性格。ただ。
「その髪は、生まれつき?」
「……あぁ。地毛、なんだよね」
ちょっとおバカなのを除けば文句なしの楓に唯一疑問があるとすれば、苦笑しつつふれた、焦げ茶色の短髪くらいか。
「変なこと訊いたね。悪かった」
「信じてくれんだ」
「染めてる人間に言う? そうかそうでない区別くらい、なんとなくつくわ」
「そっか……」
曖昧にうつむく楓は、もしかしなくともそのレベルに達しない連中に、なにやら言われてきたんだろう。
ふと現れた曇り顔が、整った横顔に影を落とす。
「俺さ、こんなナリしてる上に、昔結構ヤンチャしてたんだ」
「楓の分際で?」
「うぐっ」
「だってあんた、ヘタレじゃんね」
「ユキさんキッツ……事実だけど!」
「まぁおおよそ、ナメられないように猫かぶってたってところか」
「……うん、そう」
すらりと長い足が歩を止める。ヒュウと夜風がすり抜け、焦げ茶色の髪に吹きつけた。
「張れない意地は張るもんじゃないなぁ……ろくな高校生活送れなかったし、大切なひとにも、いっぱい迷惑かけた」
「女のひと? それがトラウマの理由とか?」
「いや、違くて。家族だよ。ひとりになるとね、その偉大さが痛いほどわかる」
からからと、楓は笑い飛ばした。
ひとり暮らしあるあるだな。親すらいないあたしじゃあ、共感してあげられないけど。
「今夜も寒いな」
「冬だからね」
「ひとっ子ひとり歩いてない」
「冬だからね」
「だったらさ、張れない意地張るのはよしたら?」
「……っ」
唇を真一文字に引き結ぶ楓。ジリジリと情けない街灯の下、振り向いた拍子に、瞳に張った水の膜がキラリと光る。
見てない。あたしは、なにも見てない。
「出迎えの褒美じゃ。今宵はひとつ、うぬの望みを叶えてやろうぞ」
「……だったら」
遥か夜空、オリオン座辺りを見上げたあたしの両肩をつかむ。
やがて楓は、白い吐息とともに、かすれた声を吐き出した。
「ちょっとだけ、貸してください……」
左の肩口を、楓の額がかすめる。近いようで、すぐに離れてしまいそう。
バカだね。
しびれを切らし、1歩。スペースの空きまくった両脇の下から、腕を回し込んでやる。
さぁ、ムダな距離は埋めてやったぞ。どうするかはあんた次第だ、楓。
そば立てた左耳に、震える吐息がふれた。ユキさん、という呼び声に答える間もなく、引き寄せられて。
今度はあたしを抱き込むように腕を回されて、まぶたを閉じる。
ヒマ潰しなんて口実で、ホントは吐き出し口を探して長い間さまよってた、タダの迷子。
幸い、あたしは気づけたから。せっかくひょろ長い身体折ってまですがりついて来てるんだから、背中さするくらいはするさ。
だって、こんなに温かいじゃないか。楓は、ちゃんとここにいるよ。
そんなことを思っていた時期が、あたしにもありましたね。
「……ユキさん」
「なんだ」
「やばいっす。ユキさんやわらかいっす。俺、なんか気分がぽわぽわしてきた……」
「即刻離せ、ケダモノォッ!」
もぞもぞ、と顔を埋める動きが、なんともよろしくない。ちょっと楓さん、そこはドコだと思ってるんですかねぇ……!
「ちょっ、そんなつれないこと言わないで! もーちょっとだけ胸貸してっ?」
「ひゃあああさわんな 変態ぃいいい!」
「いっでぇっ!?」
女性恐怖症とかウソだ、でっち上げだ。しおらしいから優しくすればいい気になりやがって、あたしの心配返せ!
「破門! 破門だからっ!」
「そんなお師匠さまぁあああ!」
問答無用で、絡みついてくる野郎を蹴り飛ばす。おかげでなかなか家路を急げやしない。
カァカァと、姿の見えないカラスに笑われた気がした。
ただ繰り返すだけのあたしの日常に、ちょっとした変化が訪れた。
「おいそこの不審者、通報するぞ」
「へっ? あっユキさん、待ってた!」
日付が変わり、校舎の明かりだけが頼りの校門。ひょろ長い影があるなと思えば、案の定、楓である。
ニマッと、いまとなっては見慣れた笑顔をきらめかせ、あたしに向かって右手を挙げた。
マイナスイオンまき散らすな。真冬だぞ。
「なんでいんの」
「ユキさん、いつも帰り遅いんだろ? 俺もどーせヒマだし、時間を有効活用しようと思ってさ」
「で、このくそ寒い中待ちぼうけ? ドMなの?」
「違うって! そんな待ってないしっ!」
たわけ。防寒したつもりだろうがな、トナカイ顔負けの赤い鼻見りゃ、どんだけいたかなんて一目瞭然だ。
「ふぅん。好きにしたら?」
却下されるとでも思ったんだろうか。ぱぁっと瞳を輝かせた楓は、先に歩き始めたあたしに駆け寄ってきた。
肩を並べられると……うん、意外と。セツにはないものがあるな。
「楓は、彼女作らないの」
「えっ、かっ、彼女? なんで!?」
「ひょろ長……背ぇ高いし、よくよく見ればイケメンに見えなくもないから」
「俺、女性恐怖症なんだってばぁ……」
「健全な思春期男子でもあるだろうがよ」
ひとり暮らしの男子大学生ってこう、不摂生の塊みたいな偏見があったからか。楓はイレギュラーだった。
スラリとした長身――自販機よりも高いだろう――を際立たせる、深緑のフィールドジャケットとジーンズ。差し色として、足元はオレンジのスニーカー。うん、あたしは嫌いじゃない。
顔よしファッションセンスよし、背も高くて明朗な性格。ただ。
「その髪は、生まれつき?」
「……あぁ。地毛、なんだよね」
ちょっとおバカなのを除けば文句なしの楓に唯一疑問があるとすれば、苦笑しつつふれた、焦げ茶色の短髪くらいか。
「変なこと訊いたね。悪かった」
「信じてくれんだ」
「染めてる人間に言う? そうかそうでない区別くらい、なんとなくつくわ」
「そっか……」
曖昧にうつむく楓は、もしかしなくともそのレベルに達しない連中に、なにやら言われてきたんだろう。
ふと現れた曇り顔が、整った横顔に影を落とす。
「俺さ、こんなナリしてる上に、昔結構ヤンチャしてたんだ」
「楓の分際で?」
「うぐっ」
「だってあんた、ヘタレじゃんね」
「ユキさんキッツ……事実だけど!」
「まぁおおよそ、ナメられないように猫かぶってたってところか」
「……うん、そう」
すらりと長い足が歩を止める。ヒュウと夜風がすり抜け、焦げ茶色の髪に吹きつけた。
「張れない意地は張るもんじゃないなぁ……ろくな高校生活送れなかったし、大切なひとにも、いっぱい迷惑かけた」
「女のひと? それがトラウマの理由とか?」
「いや、違くて。家族だよ。ひとりになるとね、その偉大さが痛いほどわかる」
からからと、楓は笑い飛ばした。
ひとり暮らしあるあるだな。親すらいないあたしじゃあ、共感してあげられないけど。
「今夜も寒いな」
「冬だからね」
「ひとっ子ひとり歩いてない」
「冬だからね」
「だったらさ、張れない意地張るのはよしたら?」
「……っ」
唇を真一文字に引き結ぶ楓。ジリジリと情けない街灯の下、振り向いた拍子に、瞳に張った水の膜がキラリと光る。
見てない。あたしは、なにも見てない。
「出迎えの褒美じゃ。今宵はひとつ、うぬの望みを叶えてやろうぞ」
「……だったら」
遥か夜空、オリオン座辺りを見上げたあたしの両肩をつかむ。
やがて楓は、白い吐息とともに、かすれた声を吐き出した。
「ちょっとだけ、貸してください……」
左の肩口を、楓の額がかすめる。近いようで、すぐに離れてしまいそう。
バカだね。
しびれを切らし、1歩。スペースの空きまくった両脇の下から、腕を回し込んでやる。
さぁ、ムダな距離は埋めてやったぞ。どうするかはあんた次第だ、楓。
そば立てた左耳に、震える吐息がふれた。ユキさん、という呼び声に答える間もなく、引き寄せられて。
今度はあたしを抱き込むように腕を回されて、まぶたを閉じる。
ヒマ潰しなんて口実で、ホントは吐き出し口を探して長い間さまよってた、タダの迷子。
幸い、あたしは気づけたから。せっかくひょろ長い身体折ってまですがりついて来てるんだから、背中さするくらいはするさ。
だって、こんなに温かいじゃないか。楓は、ちゃんとここにいるよ。
そんなことを思っていた時期が、あたしにもありましたね。
「……ユキさん」
「なんだ」
「やばいっす。ユキさんやわらかいっす。俺、なんか気分がぽわぽわしてきた……」
「即刻離せ、ケダモノォッ!」
もぞもぞ、と顔を埋める動きが、なんともよろしくない。ちょっと楓さん、そこはドコだと思ってるんですかねぇ……!
「ちょっ、そんなつれないこと言わないで! もーちょっとだけ胸貸してっ?」
「ひゃあああさわんな 変態ぃいいい!」
「いっでぇっ!?」
女性恐怖症とかウソだ、でっち上げだ。しおらしいから優しくすればいい気になりやがって、あたしの心配返せ!
「破門! 破門だからっ!」
「そんなお師匠さまぁあああ!」
問答無用で、絡みついてくる野郎を蹴り飛ばす。おかげでなかなか家路を急げやしない。
カァカァと、姿の見えないカラスに笑われた気がした。
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