5 / 44
本編
*5* 小動物を愛でる
しおりを挟む
「いらっしゃい、ユキちゃん」
「……ん」
ひさしぶりにのぞいた茜空。淡いあたたかみを帯びた白銀の噴水広場で、待ち合わせ。
目印にしているクリスマスカラーの傘は閉じられ、レンガ造りのへりに立てかけられてある。代わりに、隣で陽だまりの蕾がふわりとほころんだ。
手まねきされるまでもなく歩を進めたあたしは、今日も今日とて、セツの思惑通りに並び座るのだ。
「……ぷくく!」
「笑いごっちゃない!」
「だってユキちゃん、男前すぎでしょ。そりゃあ心のお師匠さまにもしたくなるよ」
「あんたらには、歳上のプライドがないんか」
なんか、弟子ができた。一連の出来事をありのままに話せば、このザマである。
クスクス肩を震わせていたセツが、あるときコテン、と小首をかしげた。
「その楓くんには、会ってるの?」
「傷口にハンカチ、押し付けられたし。返さないわけにはいかなくて」
「そうだよねぇ……名誉の負傷したところ、大丈夫? 化膿とかしてない?」
「あんたもしつこいね。かさぶたになってる。すぐ治るって」
「よかった!」
ホッとするのはわかる。だがセツ、なぜ腕を伸ばしてくる?
「よしよし、よく我慢したね」
まさかと思えば、案の定である。幼い子でも相手にしてるみたいに、あたしの頭なでなでしてさ。
「この程度のケガで泣くほど、あたし子供じゃない」
「知ってるよぉ。これはね、怖いのによく頑張ったで賞」
ド忘れするくらい自分のことには疎いくせに、セツは時々、エスパーかってくらい鋭い。
「この傷、目のほんとすぐ下にあるんだもん。見えなくなったらって思うと、ぼくでも怖いよ。ユキちゃんはなおさらでしょう?」
見えること、聞こえること。当たり前の感覚が、そうじゃなくなる怖さ。
危機にでも立たされない限り、人はその尊さに見向きもしない。あたしだってそう。
だから、自分のことみたいに案じてくれるセツは、純粋にすごいと思う……言わないけど。
「って、なにニヤけてんの」
「んー? 意地っ張りなユキちゃんにもお友達ができたのかぁって思うと、嬉しくて」
「……セツは、いいの? あたしがほかのひとといても」
バカ、なに口走ってんだあたし。子供じゃないって言い張った舌の根も乾かぬうちに、コレだよ。
巻き戻しなんてできるわけもなく。上げられない頭をふと離れた手のひらに、息を詰める。
「……当たり前でしょ? ユキちゃんは、ぼくだけのものじゃないもの」
零れた声音は、セツにしては硬い。
不自然な間もあったし、まさか、とは思ったけど。
「セツ……スネてる?」
「スネてません」
「じゃあこっち向いて」
「ごめん、いまちょっとムリです」
それは、スネてますと言っているようなもの。
うぬぼれじゃない。いつもヘラヘラしてるセツが、本気でそっぽ向いて座ってんだから。
「やば……かわいい」
「ユキちゃん、それはあんまりじゃないかな! ぼく怒ってるんだよ!」
「認めたし」
「…………あ」
チョコレート色の瞳をぱちくりさせたセツが、いそいそと居住まいを正しては、うつむき気味に前髪を掻いた。
なんだそれは、顔でも隠してるつもりか。
セツの不可解な行動は、ふわっふわなクセ毛がふわっふわであるがゆえに、無駄足に終わる。
「はいはい、悪あがきやめて」
「ふわぁ……!」
わしゃっとクセ毛に突撃したら、かわいらしい悲鳴が聞こえた。
普通「うわっ!」とか「ぬおっ!」とか力みそうなものを。どこまでも小動物だな。
「女子なの?」
「ちがうもん、男の子だもん……」
「女子だね。よしよし」
いくら引き伸ばそうが、この黒髪はぴょこんっと定位置に戻る。
なんか、面白い。クセ毛なのに全然絡まってない。夢中になって指を通してたら、ガクリとセツがうなだれた。
「いじわる……」
そうかそうか。途方に暮れてるセツは、無性にかわいいぞ。
なんかこう、なでまくりたいほほ笑ましさで胸がいっぱいになっていると、セツが真顔で正面に向き直ってきた。
「ユキちゃん、楓くんに会うなとは言いません。でもね、たまに、たまーにでいいので、ぼくのことも思い出してね……?」
「バカ、先に拾ったのはセツだよ。ちゃんと最後まで面倒見る」
「わぁ、ほんと!」
ぴょこぴょこ跳ねおって、ウサギか。ポツリと漏らせば、
「そう! だからユキちゃんがいないと、寂しくて死んじゃうの!」
と、切実な訴えを受けた。イジリすぎたか。ちょっと反省。
なにはともあれ、ささやかな主張は、見事ツボにハマった。
きょとんとしてるセツがおかしくって、あたしは余計、お腹を抱えて笑い転げなきゃいけなくなるのだった。
あー、久々に笑った笑った。
「……ん」
ひさしぶりにのぞいた茜空。淡いあたたかみを帯びた白銀の噴水広場で、待ち合わせ。
目印にしているクリスマスカラーの傘は閉じられ、レンガ造りのへりに立てかけられてある。代わりに、隣で陽だまりの蕾がふわりとほころんだ。
手まねきされるまでもなく歩を進めたあたしは、今日も今日とて、セツの思惑通りに並び座るのだ。
「……ぷくく!」
「笑いごっちゃない!」
「だってユキちゃん、男前すぎでしょ。そりゃあ心のお師匠さまにもしたくなるよ」
「あんたらには、歳上のプライドがないんか」
なんか、弟子ができた。一連の出来事をありのままに話せば、このザマである。
クスクス肩を震わせていたセツが、あるときコテン、と小首をかしげた。
「その楓くんには、会ってるの?」
「傷口にハンカチ、押し付けられたし。返さないわけにはいかなくて」
「そうだよねぇ……名誉の負傷したところ、大丈夫? 化膿とかしてない?」
「あんたもしつこいね。かさぶたになってる。すぐ治るって」
「よかった!」
ホッとするのはわかる。だがセツ、なぜ腕を伸ばしてくる?
「よしよし、よく我慢したね」
まさかと思えば、案の定である。幼い子でも相手にしてるみたいに、あたしの頭なでなでしてさ。
「この程度のケガで泣くほど、あたし子供じゃない」
「知ってるよぉ。これはね、怖いのによく頑張ったで賞」
ド忘れするくらい自分のことには疎いくせに、セツは時々、エスパーかってくらい鋭い。
「この傷、目のほんとすぐ下にあるんだもん。見えなくなったらって思うと、ぼくでも怖いよ。ユキちゃんはなおさらでしょう?」
見えること、聞こえること。当たり前の感覚が、そうじゃなくなる怖さ。
危機にでも立たされない限り、人はその尊さに見向きもしない。あたしだってそう。
だから、自分のことみたいに案じてくれるセツは、純粋にすごいと思う……言わないけど。
「って、なにニヤけてんの」
「んー? 意地っ張りなユキちゃんにもお友達ができたのかぁって思うと、嬉しくて」
「……セツは、いいの? あたしがほかのひとといても」
バカ、なに口走ってんだあたし。子供じゃないって言い張った舌の根も乾かぬうちに、コレだよ。
巻き戻しなんてできるわけもなく。上げられない頭をふと離れた手のひらに、息を詰める。
「……当たり前でしょ? ユキちゃんは、ぼくだけのものじゃないもの」
零れた声音は、セツにしては硬い。
不自然な間もあったし、まさか、とは思ったけど。
「セツ……スネてる?」
「スネてません」
「じゃあこっち向いて」
「ごめん、いまちょっとムリです」
それは、スネてますと言っているようなもの。
うぬぼれじゃない。いつもヘラヘラしてるセツが、本気でそっぽ向いて座ってんだから。
「やば……かわいい」
「ユキちゃん、それはあんまりじゃないかな! ぼく怒ってるんだよ!」
「認めたし」
「…………あ」
チョコレート色の瞳をぱちくりさせたセツが、いそいそと居住まいを正しては、うつむき気味に前髪を掻いた。
なんだそれは、顔でも隠してるつもりか。
セツの不可解な行動は、ふわっふわなクセ毛がふわっふわであるがゆえに、無駄足に終わる。
「はいはい、悪あがきやめて」
「ふわぁ……!」
わしゃっとクセ毛に突撃したら、かわいらしい悲鳴が聞こえた。
普通「うわっ!」とか「ぬおっ!」とか力みそうなものを。どこまでも小動物だな。
「女子なの?」
「ちがうもん、男の子だもん……」
「女子だね。よしよし」
いくら引き伸ばそうが、この黒髪はぴょこんっと定位置に戻る。
なんか、面白い。クセ毛なのに全然絡まってない。夢中になって指を通してたら、ガクリとセツがうなだれた。
「いじわる……」
そうかそうか。途方に暮れてるセツは、無性にかわいいぞ。
なんかこう、なでまくりたいほほ笑ましさで胸がいっぱいになっていると、セツが真顔で正面に向き直ってきた。
「ユキちゃん、楓くんに会うなとは言いません。でもね、たまに、たまーにでいいので、ぼくのことも思い出してね……?」
「バカ、先に拾ったのはセツだよ。ちゃんと最後まで面倒見る」
「わぁ、ほんと!」
ぴょこぴょこ跳ねおって、ウサギか。ポツリと漏らせば、
「そう! だからユキちゃんがいないと、寂しくて死んじゃうの!」
と、切実な訴えを受けた。イジリすぎたか。ちょっと反省。
なにはともあれ、ささやかな主張は、見事ツボにハマった。
きょとんとしてるセツがおかしくって、あたしは余計、お腹を抱えて笑い転げなきゃいけなくなるのだった。
あー、久々に笑った笑った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
契りの桜~君が目覚めた約束の春
臣桜
ライト文芸
「泥に咲く花」を書き直した、「輪廻の果てに咲く桜」など一連のお話がとても思い入れのあるものなので、さらに書き直したものです(笑)。
現代を生きる吸血鬼・時人と、彼と恋に落ち普通の人ならざる運命に落ちていった人間の女性・葵の恋愛物語です。今回は葵が死なないパターンのお話です。けれど二人の間には山あり谷あり……。一筋縄ではいかない運命ですが、必ずハッピーエンドになるのでご興味がありましたら最後までお付き合い頂けたらと思います。
※小説家になろう様でも連載しております
苗木萌々香は6割聴こえない世界で生きてる
一月ににか
ライト文芸
黒猫のぬいぐるみ・アオを大切にしている高校2年生の苗木萌々香は、片耳が聞こえない。
聞こえるけれど聴こえない。そんな状態を理解してくれる人は身近におらず、アオは萌々香にとって唯一本音を話せる友人兼家族だった。
ある日、文化祭委員を押し付けられてしまった萌々香はクラスメイトの纐纈君の思わぬやさしさに触れ、消極的な自分を変えたいと願うようになる。
解決方法のない苦しみの中でもがく萌々香の成長の物語。
表紙イラスト/ノーコピライトガールさま
画材屋探偵開業中!あなたの謎を解きます
sanpo
ライト文芸
美大出の若き店主と美術部&ミステリ愛好部所属のJKがあなたの謎を解きます。
セーブル色の扉を押して、ぜひ覗いてみてください。
全9話からなるライトミステリ連作短編です。
氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む
矢口愛留
恋愛
ミアの婚約者ウィリアムは、これまで常に冷たい態度を取っていた。
しかし、ある日突然、ウィリアムはミアに対する態度をがらりと変え、熱烈に愛情を伝えてくるようになった。
彼は、ミアが呪いで目を覚まさなくなってしまう三年後の未来からタイムリープしてきたのである。
ウィリアムは、ミアへの想いが伝わらずすれ違ってしまったことを後悔して、今回の人生ではミアを全力で愛し、守ることを誓った。
最初は不気味がっていたミアも、徐々にウィリアムに好意を抱き始める。
また、ミアには大きな秘密があった。
逆行前には発現しなかったが、ミアには聖女としての能力が秘められていたのだ。
ウィリアムと仲を深めるにつれて、ミアの能力は開花していく。
そして二人は、次第に逆行前の未来で起きた事件の真相、そして隠されていた過去の秘密に近付いていき――。
*カクヨム、小説家になろう、Nolaノベルにも掲載しています。
頭取さん、さいごの物語~新米編集者・羽織屋、回顧録の担当を任されました
鏡野ゆう
ライト文芸
一人前の編集者にすらなれていないのに、なぜか編集長命令で、取引銀行頭取さんの回顧録担当を押しつけられてしまいました!
※カクヨムでも公開中です※
パドックで会いましょう
櫻井音衣
ライト文芸
競馬場で出会った
僕と、ねえさんと、おじさん。
どこに住み、何の仕事をしているのか、
歳も、名前さえも知らない。
日曜日
僕はねえさんに会うために
競馬場に足を運ぶ。
今日もあなたが
笑ってそこにいてくれますように。
夜紅の憲兵姫
黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。
その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。
妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。
…表向きはそういう学生だ。
「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」
「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」
ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。
暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。
普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。
これは、ある少女を取り巻く世界の物語。
行くゼ! 音弧野高校声優部
涼紀龍太朗
ライト文芸
流介と太一の通う私立音弧野高校は勝利と男気を志向するという、時代を三周程遅れたマッチョな男子校。
そんな音弧野高で声優部を作ろうとする流介だったが、基本的にはスポーツ以外の部活は認められていない。しかし流介は、校長に声優部発足を直談判した!
同じ一年生にしてフィギュアスケートの国民的スター・氷堂を巻き込みつつ、果たして太一と流介は声優部を作ることができるのか否か?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる