【R18】御刀さまと花婿たち

はーこ

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本編

*9* 手入れ師

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 髭を垂らし、カッと金眼を剥いた竜頭の面。
 顔の上部を覆い隠したそれのせいで、素顔がうかがえない。
 わかるのは、唯一あらわになった口もとが、やさしげなほほ笑みを浮かべていることだけ。

「──鼓御前つづみごぜん

 かたちのいい唇がそっと寄せられ、鼓御前の桃色のそれを、やわく食んだ。

「ふぁっ……」

 口づけをされた拍子にうすくひらいたすきまから、ふっ……と呼気を吹き込まれる。
 とたん、全身を満たすものを感じた鼓御前は、四肢を弛緩しかんさせた。
 脱力した少女の華奢なからだを、竜頭面の若者はしかと抱き直す。

「〝ヤスミ〟を払ったとき、御刀おかたなさまは神気を消費するだけでなく、穢れを受けます」

 おもむろにつむがれた言葉によって、呆けていた葵葉あおばの意識が引きもどされる。
 常磐ときわ色の瞳をキッと細め、自身のはるか頭上、郵便局の屋根で漆黒の狩衣をなびかせている若者をにらみつけた。

「……あねさまを、はなせ」
「応急処置をほどこしましたが、きちんとした『御手入おていれ』が必要です」
「はなせと言っている!」
「神社にお戻りを。『典薬寮てんやくりょう』より、専門の者を遣わせます。こちらにも、じきに事後処理班が到着いたしますので」

 いくら声を荒らげようとも、竜頭面の若者は落ち着きをくずさない。
 葵葉は唇を噛む。普段ならさらに食い下がり、吠えているところだろうに、それができない。なぜなら。

「聡明なきみなら、私の言うことを聞けますね? 

 反論は、できなかった。
 彼とは面識がない。
 だが、
 この魂が、

「なんで……なんであんたがここにいるんだよ、あるじ!」

 答えはない。独り取り残された静けさに、悲痛な声がひびくばかりで。
 爪が食い込むほどこぶしをにぎりしめた葵葉は、ややあって、乱雑に浴衣の裾をひるがえした。


  *  *  *


ヤスミ〟の消滅を確認。
 任務に当たったかんなぎ1名が重傷。
 医療班および手入れ師は、ただちに急行せよ。

 その一報は、『典薬寮』の覡たちを震撼させた。

「手入れ師だって? 御刀さまになにがあったのか! ご容態は!?」
「確認中でございます! 医療班のみなさまは兎鞠とまり郵便局へ。手入れ師はこれより緊急招集を……」
「──必要ない」

 若者が慌ただしく行き交う広間にて。響きわたったひと言が、居合わせた覡たちに、呼吸の方法を失念させた。

「僕が行く」

 ほとんどの若者が、白衣びゃくえ浅葱あさぎ差袴さしこすがた。
 そのなかで鞄を片手に颯爽と闊歩する少年は、異様であった。
 少年の差袴は今紫いまむらさき。藤の白紋がほどこされている。

「余計な人員を寄越してみろ──殺すぞ」

 爛爛らんらんとぎらつく紫水晶の瞳。神職者とはとうてい思えぬ、鬼の形相。
 だれもが息を飲み、阿修羅のごとき少年の背が消えゆくのを見守った。

「……『沈黙の九条くじょう』が、みずから声を上げるとは」

 にわかには信じがたいけれども、事実として認めるほかない。
 彼──九条を超える手入れ師が、そうそういるはずがないことも。
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