【R18】御刀さまと花婿たち

はーこ

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本編

*6* 莇

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 雲行きがあやしい。
 瘴気しょうきは、北東からただよってくる。

うしとらの方角か」
「えぇ、鬼門きもんにあたります。あやかしたちの出入り口ですね」
「見事に人っ子ひとり歩いていないな。すばらしい危機管理能力だことだ」
「──『逢魔おうまの鐘』です」

 暗雲の立ちこめる町並みを、鈴蘭型のガス灯に止まり、一望したときだった。
 鼓御前つづみごぜん葵葉あおばが一斉にふり返る。すると、浅葱あさぎ差袴さしこをはき、白衣びゃくえをまとった若者が、同様にガス灯の上から沈黙の町を見渡していた。

三度みたび打ち鳴らされる鐘は、〝ヤスミ〟の出現を知らせる警鐘けいしょうなのです。この鐘の音が聞こえたなら、島民はただちに屋内へ避難し、戸締まりをおこなう取り決めとなっております」

 年のころは葵葉とおなじ、15、6歳ほどだろうか。生真面目そうな少年だ。
 す……と細められる常磐ときわ色の瞳。誰何すいかのまなざしを受け、正面へ向き直った少年は、深々と頭を垂れる。

「お初にお目にかかります、鼓御前さま、青葉時雨あおばしぐれさま。わたくしは『典薬寮てんやくりょう』より派遣されました、あざみと申します」
「ふぅん。それも、本名じゃないんだろ?」
「神職ゆえ、真名まなをさらす行為は禁じられております。平にご容赦を」
「まぁ、賢明な判断だな」

 神に真名を明かすことは、命をにぎられることと同義。
 霊力をあつかう者ならば、それは常識として骨の髄まで染み込んでいることだろう。

「失礼ですが、『典薬寮』というのは?」
「〝慰〟に対抗するため、霊力者によって組織された特殊機関──ここに属し、わたくしのように現場で任務をおこなう者は、かんなぎと呼ばれております」
「さしずめ、武装した神職者ってところか。あやかしとどっちが物騒なんだか」

 葵葉がそう揶揄やゆするにいたったのは、莇の腰に提げられた、ひと振りの短刀が起因している。

……付喪神はやどっていない刀のようですね」
「は。御刀おかたなさまと契りを交わすことのできる覡は、限られておりますゆえ」
「とはいえ、寄越されたからには、最低限穢れを払う霊力は持ってるってことだな」

 ともすれば不遜にも聞こえかねない葵葉の物言いながら、莇は気を悪くすることなく、流暢に受け答える。

「お目覚めになられて間もなく、お付きの覡もいらっしゃらない御刀さまに申し上げることではないと、重々承知しておりますが……」

 表情を曇らせたのも一瞬のことで、意を決した面持ちの莇が、草履でガス灯を蹴り、鼓御前たちの前へ出る。

「ご案内いたします。〝慰〟が確認されたのは、これより3キロメートル先、兎鞠とまり郵便局でございます」
 
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