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第三章『焔魔仙教編』
第二百四十四話 星の導き【中】
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「桜雨さまが目を覚ましたの!」
「はやくはやくっ、おじいさまーっ!」
「だーかーら! 気安くおじいさまとか呼ぶなっつってんだろが、にゃんこども!」
一心に呼ばれ、早梅らが退室した後。
今度は、八藍と八歌に引きずられた晴風が、桜雨の病室をおとずれようとしていた。
「病人のいる部屋ではお静かにだろうが、ったく……」
晴風は声をひそめ、文句を垂れる。双子をひとにらみして、いざ病室に足を踏み入れたら、だ。
「さすが桜雨ね!」
「私ももう年頃ではないのだし、似合わないんじゃないかしら……」
「なにを言ってるのよ! 淡い色の衣も、上品に着こなせてるわ。似合ってるわよ~」
まず、上機嫌な二星が目に止まった。そのすぐとなりで薄桃色の衣に身をつつみ、ほほを朱に染めて恥じらう美女を目にして、晴風は一瞬呼吸を忘れる。
「燕燕……」
生き写しかと思うほど、最愛の妹に瓜ふたつだったのだ。
「あら……まぁ、これは」
晴風に気づいた桜雨が、寝台の上で居住まいをただした。
「お初にお目にかかります、青風真君。兄よりお話はうかがっております」
「しゃらくせぇ」
「……はい?」
しばしのあいだ、桜雨は首をかしげる。
なぜ桃英に──兄にそっくりなかの神仙は、ずんずんと大股で近寄ってくるのだろうかと。
「えっと……?」
そのうちに、なにか粗相でもしてしまったのかと桜雨が焦りを覚えるころ。
「おじいちゃんとかお兄ちゃんって呼んでもいいよぉおおおっ!!」
がっと晴風に肩を掴まれ、なぜかめちゃくちゃ抱擁をされてしまう。
「えぇっ!?」
激しく意味がわからない桜雨であった。
* * *
一心から茶に誘われた。
それはいい。問題はここからだ。
では、いつも茶の支度をしていたのはだれか。
その考えにいたったとき、早梅は頭をかかえた。
「みなさま、お待たせいたしました」
手慣れた様子で、卓についた面々へ茶杯を出すのは、もちろんこの男。安心と信頼の愛烏──黒皇である。
大人数で談話ができる広い船室へ通されたはずだが、黒皇を前にした早梅は、首を縮めてそわそわと落ち着きがない。
「黒皇……もう怒ってない?」
「怒ってません」
「ほんとの、ほんとに……?」
「私とて、いつまでもいじけているような子供ではありません。反省してくださったなら、もう私から申し上げることはございません」
たしかに、淡々と返答するのはいつもの調子で、やたら笑顔だった表情も、見慣れた無表情に戻っている。
「へ~い~ふぁ~ん!」
これには早梅も涙腺が崩壊。だばーっと洪水のごとく涙をあふれさせる。
黒皇は慌てずさわがず、ふところから取り出した手巾でほほをぬぐったり、背をぽんぽんとしてくるので、余計に早梅が号泣したことは、いうまでもない。
「今度から気をつけよ……」
あの紫月さえ、黒皇に叱られたことを思い出し、身震いをしていた。
「つくづく手強いですね、あの烏……」
「それほど、梅雪さまたちのことが心配だったのですよ。俺も兄上のお気持ち、わかります」
卓上で手を組み、黒皇をどう攻略したものか憂炎が考えをめぐらせていると、横からことりと茶杯が置かれた。
反射的に憂炎が見上げると、すぐそばに、濡れ羽色の髪の青年が立っていた。
「爽? 子守りはもういいんですか?」
「はい、七鈴さまが代わってくださいました」
「ならお茶汲みなんてわざわざせずに、寝てればよかったのに」
「大丈夫です。蓮虎おぼっちゃまがすごくおりこうさんで、昨晩は充分に休めましたから。お気遣いありがとうございます、憂炎さま」
「別に……いざというときに寝不足で動けませんなんて、笑えない話ですし」
にこにこと返してくる爽を前に、無性にこそばゆくなってしまって、憂炎は視線をそらした。
早梅や紫月が黒皇に弱いのと同じように、憂炎も爽に弱いのだった。
「お待たせしてすまない」
「まぁ、お父さま──」
聞き慣れた桃英の声が聞こえ、早梅は入り口をふり返る。そして、ぎょっとした。
なぜだか桜雨が、桃英に横抱きにされていたのだ。晴風と二星のすがたもある。
「いいのかい? ほんとにおじいちゃんじゃなくていいのかい桜桜、喜んで抱いてやんよ!?」
「お気遣いだけ、ありがたくちょうだいいたします……」
しきりに晴風が桜雨にかまっており、早梅はあぁ、とそれとなく事情を察する。
「お祖父様のお手をわずらわせるわけにはまいりませぬ。妹のことは、私が」
「桃桃は真面目なんだからよー」
桃英にやんわりと制されて、晴風はすねたように肩をすくめる。
二年間も寝たきりだった桜雨だ。足腰の筋肉等が、衰えた状態。つまり、まだ上手く歩けない桜雨の世話を晴風が熱望して、見事に玉砕した構図らしかった。
「継母上が茹でダコみたいに羞恥で死にそうになってるぞ。じっさま、大物だな」
「仙人さまだからねぇ」
晴風に抱えられて出歩いた経験のある早梅は、そう遠くない過去を思い出して遠い目をする。
くすくすと笑みをもらす二星が椅子を引き、そこへ腰を落ち着けたことで、ようやく桜雨も安堵の息をもらした。
「みなさま、お集まりでしょうか?」
そこへ満を持して、一心の登場である。
「お時間をいただきまして、ありがとうございます。みなさまに、ご紹介いたしますね」
ゆったりとした足取りでやってきた一心は、周囲を見渡し、にこりとほほ笑む。
そのうしろに、見慣れない人影を引きつれて。
「こちらの船の責任者、船長をつとめていらっしゃる、陽茶木さまです」
そういって、一心が会釈をすると──
「陽茶木。南方の異民族の出だ」
褐色の肌に、丸坊主。
一心よりもひと回りはがたいのいい人物が、言葉を継いだ。
陽茶木と名乗ったその人物は、早梅たちへ向け、簡潔に告げる。
「われら熊族が、貴君らの安全を保証する」
その言葉の意味を早梅たちが理解するのと時を同じくして、一心が笑みを深めた。
「それでは、お茶会をはじめましょうか」
「はやくはやくっ、おじいさまーっ!」
「だーかーら! 気安くおじいさまとか呼ぶなっつってんだろが、にゃんこども!」
一心に呼ばれ、早梅らが退室した後。
今度は、八藍と八歌に引きずられた晴風が、桜雨の病室をおとずれようとしていた。
「病人のいる部屋ではお静かにだろうが、ったく……」
晴風は声をひそめ、文句を垂れる。双子をひとにらみして、いざ病室に足を踏み入れたら、だ。
「さすが桜雨ね!」
「私ももう年頃ではないのだし、似合わないんじゃないかしら……」
「なにを言ってるのよ! 淡い色の衣も、上品に着こなせてるわ。似合ってるわよ~」
まず、上機嫌な二星が目に止まった。そのすぐとなりで薄桃色の衣に身をつつみ、ほほを朱に染めて恥じらう美女を目にして、晴風は一瞬呼吸を忘れる。
「燕燕……」
生き写しかと思うほど、最愛の妹に瓜ふたつだったのだ。
「あら……まぁ、これは」
晴風に気づいた桜雨が、寝台の上で居住まいをただした。
「お初にお目にかかります、青風真君。兄よりお話はうかがっております」
「しゃらくせぇ」
「……はい?」
しばしのあいだ、桜雨は首をかしげる。
なぜ桃英に──兄にそっくりなかの神仙は、ずんずんと大股で近寄ってくるのだろうかと。
「えっと……?」
そのうちに、なにか粗相でもしてしまったのかと桜雨が焦りを覚えるころ。
「おじいちゃんとかお兄ちゃんって呼んでもいいよぉおおおっ!!」
がっと晴風に肩を掴まれ、なぜかめちゃくちゃ抱擁をされてしまう。
「えぇっ!?」
激しく意味がわからない桜雨であった。
* * *
一心から茶に誘われた。
それはいい。問題はここからだ。
では、いつも茶の支度をしていたのはだれか。
その考えにいたったとき、早梅は頭をかかえた。
「みなさま、お待たせいたしました」
手慣れた様子で、卓についた面々へ茶杯を出すのは、もちろんこの男。安心と信頼の愛烏──黒皇である。
大人数で談話ができる広い船室へ通されたはずだが、黒皇を前にした早梅は、首を縮めてそわそわと落ち着きがない。
「黒皇……もう怒ってない?」
「怒ってません」
「ほんとの、ほんとに……?」
「私とて、いつまでもいじけているような子供ではありません。反省してくださったなら、もう私から申し上げることはございません」
たしかに、淡々と返答するのはいつもの調子で、やたら笑顔だった表情も、見慣れた無表情に戻っている。
「へ~い~ふぁ~ん!」
これには早梅も涙腺が崩壊。だばーっと洪水のごとく涙をあふれさせる。
黒皇は慌てずさわがず、ふところから取り出した手巾でほほをぬぐったり、背をぽんぽんとしてくるので、余計に早梅が号泣したことは、いうまでもない。
「今度から気をつけよ……」
あの紫月さえ、黒皇に叱られたことを思い出し、身震いをしていた。
「つくづく手強いですね、あの烏……」
「それほど、梅雪さまたちのことが心配だったのですよ。俺も兄上のお気持ち、わかります」
卓上で手を組み、黒皇をどう攻略したものか憂炎が考えをめぐらせていると、横からことりと茶杯が置かれた。
反射的に憂炎が見上げると、すぐそばに、濡れ羽色の髪の青年が立っていた。
「爽? 子守りはもういいんですか?」
「はい、七鈴さまが代わってくださいました」
「ならお茶汲みなんてわざわざせずに、寝てればよかったのに」
「大丈夫です。蓮虎おぼっちゃまがすごくおりこうさんで、昨晩は充分に休めましたから。お気遣いありがとうございます、憂炎さま」
「別に……いざというときに寝不足で動けませんなんて、笑えない話ですし」
にこにこと返してくる爽を前に、無性にこそばゆくなってしまって、憂炎は視線をそらした。
早梅や紫月が黒皇に弱いのと同じように、憂炎も爽に弱いのだった。
「お待たせしてすまない」
「まぁ、お父さま──」
聞き慣れた桃英の声が聞こえ、早梅は入り口をふり返る。そして、ぎょっとした。
なぜだか桜雨が、桃英に横抱きにされていたのだ。晴風と二星のすがたもある。
「いいのかい? ほんとにおじいちゃんじゃなくていいのかい桜桜、喜んで抱いてやんよ!?」
「お気遣いだけ、ありがたくちょうだいいたします……」
しきりに晴風が桜雨にかまっており、早梅はあぁ、とそれとなく事情を察する。
「お祖父様のお手をわずらわせるわけにはまいりませぬ。妹のことは、私が」
「桃桃は真面目なんだからよー」
桃英にやんわりと制されて、晴風はすねたように肩をすくめる。
二年間も寝たきりだった桜雨だ。足腰の筋肉等が、衰えた状態。つまり、まだ上手く歩けない桜雨の世話を晴風が熱望して、見事に玉砕した構図らしかった。
「継母上が茹でダコみたいに羞恥で死にそうになってるぞ。じっさま、大物だな」
「仙人さまだからねぇ」
晴風に抱えられて出歩いた経験のある早梅は、そう遠くない過去を思い出して遠い目をする。
くすくすと笑みをもらす二星が椅子を引き、そこへ腰を落ち着けたことで、ようやく桜雨も安堵の息をもらした。
「みなさま、お集まりでしょうか?」
そこへ満を持して、一心の登場である。
「お時間をいただきまして、ありがとうございます。みなさまに、ご紹介いたしますね」
ゆったりとした足取りでやってきた一心は、周囲を見渡し、にこりとほほ笑む。
そのうしろに、見慣れない人影を引きつれて。
「こちらの船の責任者、船長をつとめていらっしゃる、陽茶木さまです」
そういって、一心が会釈をすると──
「陽茶木。南方の異民族の出だ」
褐色の肌に、丸坊主。
一心よりもひと回りはがたいのいい人物が、言葉を継いだ。
陽茶木と名乗ったその人物は、早梅たちへ向け、簡潔に告げる。
「われら熊族が、貴君らの安全を保証する」
その言葉の意味を早梅たちが理解するのと時を同じくして、一心が笑みを深めた。
「それでは、お茶会をはじめましょうか」
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