社則でモブ専ですが、束縛魔教主手懐けました〜悪役武侠女傑繚乱奇譚〜

はーこ

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第三章『焔魔仙教編』

第二百二十九話 空を見上げて【前】

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 シュンが、人間とラン族の混血。半獣人だった。

「待ってくれ、憂炎ユーエン……それはおかしいだろう?」

 早梅はやめの脳内は、混乱真っ只中だ。無理もない。

 狼族は、つがいに噛みつく習性を持つ。
 そして毒の王とも称される『灼毒しゃくどく』が狼族の唾液には多く含まれているため、ほかの種族は毒に耐えきれず、死に至ってしまうと聞いた。
 つまり、狼族同士でなければ、子を成せないはずなのだ。

「えぇ梅雪メイシェ、あなたが混乱するのもわかります。でも、わたしが言ったことを、よく思い出してください。つがいに噛みつくのは、なのだと」
「──!」

 早梅は、憂炎の言わんとすることがわかった。わかってしまった。

「愛情表現で甘噛みをし合うこともありますが、つがいに牙を突き立てて所有印を刻むのは、雄だけです。つまり母親が狼族で、父親が人間ならば、混血児が生まれる可能性も皆無ではないということ」
「ご名答。俺は、狼族の血を引いた半獣人さ。今代の族長サマは、鼻がよく利くな」

 憂炎の見解を、迅は肯定してみせる。驚くほどにあっさりと。

「皮肉なものですね……皇室をもっとも憎むべき狼族が、皇室の犬に成り下がっているとは。皇帝陛下も、さぞかし滑稽に思われたことでしょう」
「いいや、獣人だということは、俺からは明かしていない。まぁ陛下は気づいているかもしれないが、言及されないということは、どうでもいいんだろう。使えるモノは、とことん利用するお方なもんでね」

 獣人族の中でも、狼族は特に身体能力が高い。
 気性の荒い者が多く、実力主義の一族だ。
 ならば、迅が『強さ』にこだわっていたことも、納得がいくが。

「困りましたね……さて、どうしたものやら」
「はいはい、どうにもできやしないから、悪あがきはやめて、ぼっちゃんはおうちへ帰んな」
「帰る? わたしが? あぁ、誤解させてしまいましたか。言葉が足らず、すみません」

 ヒラヒラと手を振る迅に向けて、憂炎は、にっこりと笑みを浮かべてみせた。

「あなたをどうやって殺そうか、方法がいっぱいありすぎて、困ってたんですよ」

 柘榴のごとき双眸が爛爛らんらんと輝きを放った刹那、憂炎の周囲にぼう、と蒼い炎が灯る。
 剣罡けんこうによってまたたく間に偃月刀えんげつとうをかたちづくった憂炎は、長い柄を掴み取るや、たっと地面を蹴った。

「ま、そうなるよな」

 迅は即座に手首を返し、両手を目の前で交差させる。

「蹴散らせ、人形ども」

 迅の両手にまとわりついた血が、蠢き、指先から真紅の糸を紡ぐ。
 糸は複雑に絡み合い、鮮烈な網目を織り成しながら、物言わぬ傀儡くぐつたちを駆り立てた。

「邪魔ですよ」

 ところが、一斉に憂炎へ飛びかかった三体の傀儡たちは、どす、という鈍い衝突音とともに、宙を舞った。
 偃月刀をひとふりした憂炎が、柄で、薙ぎ払ったのだ。
 憂炎はすぐさま、足もとに向けた刃を、頭上に向かって振り上げる。

 ザン!

 三日月型の軌跡を描いた一閃が、傀儡を操る真紅の糸を両断する。
 繋がりを失った傀儡たちが、相次いで地面へ倒れ込んだ。

 しゃらん。

 憂炎の両耳をいろどる柘榴色石の耳飾りが、緊迫の一瞬に音色を奏でる。
 迅が次にまばたきをしたとき、憂炎の姿は、目前にあった。

「愚かなる者よ、塵芥ちりあくたとなるがいい」
「……チッ」

 舌打ちをもらした迅が、ぐっと腕を曲げ、糸を手繰り寄せる。
 袖をひらめかせた憂炎と迅のあいだに、人影が飛び込んだ直後。

 ──ゴウッ!

 月の浮かぶ夜空を、蒼い火柱が貫く。
 憂炎の右手から放たれた炎功えんこうは、見事命中。だが、憂炎の面持ちは険しい。

「そこに転がっている死体が、ひぃ、ふぅ、みぃ……はぁ、ひとり足りないと思っていたんですよね」

 ととのった顔をしかめ、苛立ちを隠しきれない憂炎。それもそのはず。たしかに攻撃は当たったが、火達磨になっているのは、迅とはまったくの別人。
 憂炎の記憶が正しければ、蓮池に浮いていた黒装束の仲間。それも、遺体の損傷がもっとも激しかった男だ。

「おそらく、桃英タオインさまの攻撃で、真っ先に絶命した者ですね。殿下のときも、そして今も、その亡骸を身代わりに利用した、というからくりですか。つくづく、反吐が出るやり方ですね。死体を蹴るのと、なんら変わらない」
「そりゃあどうも」
「褒めてなどいませんが?」
「わかってるよ。そんなことより、悠長におしゃべりしていていいのかって話だ」
「何を──」

 迅がほくそ笑むのと時を同じくして、ザシュ、と空気を切り裂く音。
 憂炎の左頬、右肩、左のふくらはぎと、三か所が相次いで切り裂かれる。
 頬から血を垂らし、きものにじわりと染みをにじませながら、今度は憂炎が舌打ちをもらした。
 言うまでもなく、憂炎を襲ったのは、迅がおのれの血をもとに作り出した糸である。

「わたしだからよかったものの、ほかのみなさんなら、一撃をかすめただけで死にますね。現状、われら狼族の『灼毒』に勝る毒は、存在しませんし」
「そういうわけだ。かといって、なりたてホヤホヤの族長サマも、そのザマじゃあ、俺にサシで勝てるとは限らないぞ?」

 憂炎の攻撃はかわされたが、迅の攻撃は憂炎に届いている。仮に実力は互角だとしても、圧倒的に迅のほうが多く場数を踏んでいるはずだ。経験で劣る、とでも言いたいのだろう。

(近づくことも、ままならないとは……)

 これほどのつわものたちを前にして、それでも迅が自身の優勢を豪語するだけはある。

「俺は、強い。いずれは、陛下よりも強く──だから、なぁ。難しいことは考えずに、俺の胸に飛び込んでこいよ、梅雪お嬢さま」

 どろりとした情欲のまなざしを向けられた早梅は、はたと、息を止める。

(……?)

 迅が何を思い、そう発言したのか。
 ふいの発言が、意味することは。

「……うっ……うぅう……」

 だが、深く思考することは叶わない。
 耳に届いたすすり泣きが、早梅の意識を引き戻したためだ。
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