上 下
190 / 263
第三章『焔魔仙教編』

第百八十六話 夢か現か【後】

しおりを挟む
「あまり愛い表情をすると……虐めたくなる」

 飛龍フェイロンの様子が一変した。それまでのやつれた面持ちがうそのように、生命力がみなぎっている。

「ほら、どうした梅雪メイシェ。あらがわねば、抱いてしまうぞ? 私たちはたいそう相性がいいから、また孕んでしまうやもしれぬな」
「このっ……!」
「私が欲しているのは、あくまでそなたの『くちびる』……だがな梅雪、そなたが私の『からだ』を欲してくれさえすれば、すべてが『かみ合う』のだ」
「おのれ、はじめからそれが狙いか……!」

 暴れる早梅はやめの四肢をいともたやすく押さえつけた飛龍が、情欲に濡れた緋色のまなざしで見下ろしてくる。

「──思いだせ。そのはらに精を注いだのはだれなのかを。そのからだを隅々まで愛しつくしたのはだれなのかを。さぁ梅雪、その細腕を伸ばせ。私が悦ばせてやろう。その鈴の声音で喘がせ、淫らによがらせてやろう。私に堕ちろ……梅雪。わが梅花の姫よ」

 脚のあいだにひざを割り入れられた状態で胸を押し返したとて、なんの抵抗にもならないだろう。
 とうてい逃げおおせぬことは、わかっていた。おのれには打つ手がない現状を、早梅は理解していた。
 ゆえに手を伸ばす。

「梅雪……」

 恍惚とした笑みで顔を寄せる飛龍のほほにふれることはなく、はるか頭上。血色の太陽を飲み込むかのごとく澄みわたった、瑠璃色の空へ。

 ──リィン。

 宝玉がこすれあうような玲瓏な音色がひびいた刹那、早梅の右の手首に、ぴんと結ばれた山吹色の紐が出現する。

「その手をいますぐ引っ込めな、この屑野郎」

 ──ビュオウッ!

 突如、氷風が吹きすさぶ。
 たちまちに白い風に巻かれた早梅が次にまぶたをあげたときには、翡翠の髪をたなびかせ、瑠璃の双眸で飛龍をにらみつける青年に抱き上げられていた。晴風チンフォンだ。

「やい、そこの。てめぇがかの有名な陰湿糞下衆屑野郎こと皇帝陛下とやらだな。はじめましてだが俺ぁもうてめぇが嫌いだ! うちの梅梅メイメイにベタベタさわりやがって!」

 こめかみに青筋を浮かべ、出会い頭にぶしつけな物言いをまくし立てる晴風を前に、飛龍が怪訝に眉をひそめる。それもそうだろう。

「……ザオ家当主は、たしかにこの手で殺したはずだが」
「ちげぇよ、はじめましてっつったろ。父ちゃんじゃねぇ、俺は梅梅の先祖おじいちゃんだ、残念だったな!」
「妙な気配だな……神か仙人か」
「話がはやくて助かるぜ。ついでにいいことを教えてやる。てめぇは金王母ばあちゃんに目をつけられてる。そのうち天罰が下るだろうよ。調子乗ってられんのもいまのうちだぜ、ハッ!」
「すごい悪人面です、フォンおじいさま」

 鼻を鳴らしてせせら笑う晴風を見上げながら、早梅は安堵をおぼえていた。
 の登場は、飛龍に多少なりとも衝撃をあたえたはずだ。
 事実、風ひとつ吹かないこの世界に、粉雪は舞っている。
『飛龍の支配』に、ほころびが生じている証拠。

「てめぇに一発くれてやりてぇのは山々だが、最初にそれをすんのは俺じゃねぇ」

 ひとりでは力不足かもしれない。けれど晴風がそばにいる。
 かつての悪夢をふり払うためにも、早梅は凛として飛龍を見据える。

「あなたはひとを殺しすぎた。その罪を私が、私たちが裁こう。こんどは私が会いにゆく。待っていろ、ルオ飛龍フェイロン

 絡まりあう瑠璃と緋色のまなざし。

「……くっ……ふははは! なんとも熱烈な愛の告白だな!」

 敵意を向けられてなお、可笑しげにわらいだすその精神状態は、もはや常人の枠にはとどめられないものなのだろう。

「その言葉、たがえるでないぞ、梅雪」

 瞳孔のひらききった緋色の眼光に射抜かれるも、早梅はうろたえない。決して逃げないと、こころに決めた。
 一歩たりとも退かぬ早梅に、飛龍も満足げにわらう。

「今宵の遊興の礼に、私からもひとつ、よいことを教えてやろうか。はじまりの物語……わが祖先、ルオ緋龍フェイロンが太陽を射落とした伝説には、続きがある」
「……なんだと?」
「おい、下手な作り話で梅梅の気を引こうってんなら、ただじゃおかねぇぞ」

 飛龍がいうのは、おそらく『射陽伝説』に間違いないだろう。早梅のみならず、晴風も顔をしかめる話題だ。

「ふ……その様子、早家当主は、そなたに『すべて』を明かしてはいないようだな」
「……あなたはなにが言いたいのだ」
「わが羅皇室と早一族が、はるか昔から、とうてい切り離せぬ関係にあるということだ」

 なにを言っているのだ、飛龍は。
 古くから外界とのつながりを遮断してきた早一族が、皇室と関わりがあるなどと。

「早一族のみにつたわる秘薬『千年翠玉せんねんすいぎょく』──それがなぜうまれたのか、なにを原料としているのか、考えたことはあるか?」
「──!」
「その答えは、そなたの身近にあるぞ、梅雪」

 飛龍の言葉は、『すべて』を知っている者の口ぶりだ。

「迷え、足掻け。そして、必ずや私のもとへ来い、勇ましきわが姫よ」
「梅梅ッ!」
「風おじいさまっ……!」

 がくん、と視界がゆらぐ。
 ばらばらと足もとからくずれゆく世界で、晴風は叫ぶ。
 早梅が腕からこぼれおちてしまわぬよう、きつくきつく、抱きすくめた。
 早梅も腕をまわし、晴風の背にしがみつく。

「ゆめゆめ忘れるな、梅雪。私がそなたを愛していることを。次こそは──逃さぬ」

 土煙に飲まれる視界の端にとらえた飛龍は、わらっていた。
 それが、最後におぼえている光景だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

処理中です...