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第三章『焔魔仙教編』
第百六十八話 飛べない烏【後】
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「やっと帰ってきたか! いまにさがしに行こうと思ってたとこだぞ!」
ぴくり、と身をこわばらせた爽のことは素知らぬふりで、早梅は駆け寄ってきた相手へ笑い返す。
「ご心配をおかけしました、風お兄さま」
「まったくだぜ! 梅梅がいなくなってからぎゃあぎゃあさわぎだしたにゃんこ共の世話してた俺の身にもなれよ!? 青くさい小僧に変なことされてないだろな……っておい、なんか増えてねぇか」
歯に衣着せるつもりのない晴風が、あからさまに暗珠へ牽制のまなざしをやるが、そこで気づいたようだ。
なにやら、早梅を取り巻く人影が増えているらしいことに。
「これはこれは、お兄さまですか? はじめまして。わたしは憂炎と申します」
「憂炎? どっかで聞いたような名前だな……あぁ! 憂炎って梅梅が面倒見てたっていう、あの!」
「そうです、その憂炎です~。ふふっ、わたしも有名人ですねぇ。なんちゃって」
「こりゃたまげたな……梅梅の話じゃ、押したらコロコロ転がりそうなちびっこだったっていってたけどな」
「やだなぁ。わたしも成人しましたので、いつまでも転がっていたらたいへんですよ」
晴風は悪気がないし、憂炎も面白がっている。
これは、どこからツッコむべきだろうか。
「それにしても、おまえさんがねぇ……ほぉ」
腕を組み、興味深げにまじまじと憂炎をながめていた晴風だが、次の瞬間にははっと息をのむ。
瑠璃の瞳は、早梅らの後方へ向けられている。
「……おい待て。待ってくれよ……俺ぁ、幻覚でも目の当たりにしてんのか?」
晴風に、いつもの快活な表情はない。
極限まで瞳を見ひらき、わなわなと唇をふるわせる。
「そこにいるのは……まさか」
「……青風真君」
爽も無意識だったのだろう。思わずつぶやいたその後、はじかれたように手のひらで口をおおっていたが、もう遅い。
「ちがっ、わた……俺は……っ!」
「黒皇! いますぐこっち来い、可及的速やかにだ!」
屋敷中に、晴風の声がひびきわたる。
うろたえ、後ずさる爽の腕を、大股で詰め寄った晴風がつかんで引きとめる。
「おゆるしください、はなしてください……!」
爽の懇願も、ついぞ意味をなさない。
「お帰りなさいませ、梅雪お嬢さま。そんなにさわいでいかがなされたのです、青風真君──」
土を踏みしめる音に、落ち着いた低い声音。
まもなく屋敷の奥からやってきた黒皇は、早梅へ恭しく頭を垂れ、ついで晴風を見やるも。
「…………な」
黄金の隻眼を見ひらき、絶句した。
たまらないとでもいうように、爽が顔を逸らす。
けれども黒皇のまなざしはこのとき、爽を、爽だけを映していた。
「……黒、俊?」
うわごとのようなつぶやきが、こぼれ。
「……ちがいます、ちがうんです……」
か細い否定が、肯定となった。
一歩、二歩。呆然と歩む黒皇の表情が、悲痛にゆがむ。
「私の弟、生きて──あぁ黒俊、黒俊ッ!」
抱擁などという生易しい言葉では言い表せない。
息もできぬほど掻きいだかれた爽は、夜色の双眸をまぶたの裏にかくし、天をあおぐ。
「皇兄上……あなたには、こんなわたしを知られたくなかった……翼をもがれた、わたしを」
嗚咽をもらす爽のほほに、ひとすじの涙がつたう。
頭上に射すまばゆい陽光も、ふれあうぬくもりも、爽にとってこの上なく愛おしく、残酷なものだった。
「これは……おどろきですね?」
さしもの憂炎も、続く言葉を、すぐには見つけられなかった。
ぴくり、と身をこわばらせた爽のことは素知らぬふりで、早梅は駆け寄ってきた相手へ笑い返す。
「ご心配をおかけしました、風お兄さま」
「まったくだぜ! 梅梅がいなくなってからぎゃあぎゃあさわぎだしたにゃんこ共の世話してた俺の身にもなれよ!? 青くさい小僧に変なことされてないだろな……っておい、なんか増えてねぇか」
歯に衣着せるつもりのない晴風が、あからさまに暗珠へ牽制のまなざしをやるが、そこで気づいたようだ。
なにやら、早梅を取り巻く人影が増えているらしいことに。
「これはこれは、お兄さまですか? はじめまして。わたしは憂炎と申します」
「憂炎? どっかで聞いたような名前だな……あぁ! 憂炎って梅梅が面倒見てたっていう、あの!」
「そうです、その憂炎です~。ふふっ、わたしも有名人ですねぇ。なんちゃって」
「こりゃたまげたな……梅梅の話じゃ、押したらコロコロ転がりそうなちびっこだったっていってたけどな」
「やだなぁ。わたしも成人しましたので、いつまでも転がっていたらたいへんですよ」
晴風は悪気がないし、憂炎も面白がっている。
これは、どこからツッコむべきだろうか。
「それにしても、おまえさんがねぇ……ほぉ」
腕を組み、興味深げにまじまじと憂炎をながめていた晴風だが、次の瞬間にははっと息をのむ。
瑠璃の瞳は、早梅らの後方へ向けられている。
「……おい待て。待ってくれよ……俺ぁ、幻覚でも目の当たりにしてんのか?」
晴風に、いつもの快活な表情はない。
極限まで瞳を見ひらき、わなわなと唇をふるわせる。
「そこにいるのは……まさか」
「……青風真君」
爽も無意識だったのだろう。思わずつぶやいたその後、はじかれたように手のひらで口をおおっていたが、もう遅い。
「ちがっ、わた……俺は……っ!」
「黒皇! いますぐこっち来い、可及的速やかにだ!」
屋敷中に、晴風の声がひびきわたる。
うろたえ、後ずさる爽の腕を、大股で詰め寄った晴風がつかんで引きとめる。
「おゆるしください、はなしてください……!」
爽の懇願も、ついぞ意味をなさない。
「お帰りなさいませ、梅雪お嬢さま。そんなにさわいでいかがなされたのです、青風真君──」
土を踏みしめる音に、落ち着いた低い声音。
まもなく屋敷の奥からやってきた黒皇は、早梅へ恭しく頭を垂れ、ついで晴風を見やるも。
「…………な」
黄金の隻眼を見ひらき、絶句した。
たまらないとでもいうように、爽が顔を逸らす。
けれども黒皇のまなざしはこのとき、爽を、爽だけを映していた。
「……黒、俊?」
うわごとのようなつぶやきが、こぼれ。
「……ちがいます、ちがうんです……」
か細い否定が、肯定となった。
一歩、二歩。呆然と歩む黒皇の表情が、悲痛にゆがむ。
「私の弟、生きて──あぁ黒俊、黒俊ッ!」
抱擁などという生易しい言葉では言い表せない。
息もできぬほど掻きいだかれた爽は、夜色の双眸をまぶたの裏にかくし、天をあおぐ。
「皇兄上……あなたには、こんなわたしを知られたくなかった……翼をもがれた、わたしを」
嗚咽をもらす爽のほほに、ひとすじの涙がつたう。
頭上に射すまばゆい陽光も、ふれあうぬくもりも、爽にとってこの上なく愛おしく、残酷なものだった。
「これは……おどろきですね?」
さしもの憂炎も、続く言葉を、すぐには見つけられなかった。
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