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第三章『焔魔仙教編』

第百五十九話 光に手を伸ばす【中】

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 ところ変わって、にぎやかな燈角とうかくの街中にある、とある甘味処。

「これは、まずいなぁ……」
「マジか。ここのオススメってきいたんですけど、お口に合いませんでした?」
「あぁいや、このお菓子は美味しいよ、とっても!」
「そう? ならよかった」

 皇子殿下の仮面を脱ぎ捨てた暗珠アンジュことクラマが、見るからに上機嫌だ。

 心太ところてんに黒蜜をかけ、角氷でキンキンに冷やした氷菓は、この店の名物だという。
 つるっとしたのど越しで、夏にぴったりなスイーツだ。

「ハヤメさんって、案外積極的ですよね。ほめ言葉ですよ」
「ははは……」

 氷菓は美味しい。ただ、卓で向かい合う暗珠の悪気のない言葉が、早梅に追い討ちをかける。

(まずい、ついやってしまった……いやでも、あのままだとフォンおじいさまたちから袋だたきにされてしまったかもしれないから……)

 仕方なかった。彼の身の安全を思えば、やむを得なかったのだ。

 かくして腕を引っつかみ、「殿下とちょっとお出かけしてきますっ!」と屋敷を飛び出してきたというのが、現状だ。もうすでに、帰るのが怖い。
 ちなみに事の発端である暗珠はというと、「デートのお誘いに来たんです」と、悪びれもなく言い放つ始末。なんたる鋼のメンタル。

「それより、意外ですね。てっきり物凄い形相で追っかけてくると思ったんですけど、あのおっかない人たち」
「それはないかなぁ。『そういう約束』だからね」
「あれ、そうなんですか?」

 ──皇子殿下がたずねてきたとき、必要に応じてふたりきりになることを許してほしい。

 これは暗珠がはじめて屋敷を訪れた日、なんとか説得をしてお帰りいただいた後に、早梅はやめ晴風チンフォンらに『おねがい』したことだ。
 むろん一筋縄ではいかなかった。『もしも』のときは暗珠をぶん殴る、等々の条件をつけ、やっとの思いで了承を得た。

 表向きは『皇室に関する情報を手に入れるため』と理由づけているので、晴風たちも完全に納得はしていないが、邪魔もできないのだ。
 ほんとうに、過保護なことだ。相手は暗珠といえど、中身は別人なのだから、『もしも』のことなんてないのに。

「クラマくんこそ、ひとりで来たの? チェン太守は?」
「置いてきました」
「いや、そんなサラッと言わないで、もうすこし申し訳なさそうにしよう?」
「いちいち世話を焼かれるほどこどもじゃないですし、ぶっちゃけ護衛より俺のほうが強いです。無駄なことに人員を割くくらいなら、ほかの仕事をしてもらったほうが効率がいいと思いませんか」
「それはそうだけど、うーん……」

 血も涙もない鬼と恐れられた年下上司の片鱗を、こんなところでかいま見ることになるとは。 
 プライドが高い彼を論破するのは、至難の業だ。

「っていうか、せっかくふたりっきりなのに、そういう話題は野暮でしょ」

 そうこうしていれば、むす、と唇をとがらせた暗珠が左手を伸ばしてきて、卓の上でぎゅっと手をにぎってくる。
 指と指をからめるこれは、俗にいう『恋人つなぎ』か。これには苦笑い。

「君の積極性にはかなわないよ」
「だれかさんが離宮に来てくれないからでしょ。だから『いっしょにいたい』って言わせるために、俺だって躍起なんです」

 その手始めが、この『デート』なのだろうか。

「ねぇ、さっさと俺にしといたほうがいいですよ、ハヤメさん」
「思いのほかグイグイ来るねぇ」
「好きですから」
「……ごめんね」
「いいですよ、ゆるします。俺は『まて』ができる男なので」

 ああ言えばこう言う暗珠が、ふと声音をやわらげる。

「無理やり連れて行ったりはしません。その分、猛アタックしますから」

 口ではなんと言おうが、暗珠の行動の根幹には、早梅への尊重がある。
 たいせつに、されている。
 それがわかるからこそ、早梅は暗珠を突き放せないのだ。

「必ず、オトします。ハヤメさんもそのつもりで」
「たいへんなことになったぞ」
「自業自得なので諦めてください」

 急かさないと告げたその口で、逃がすつもりもないという。
 まっすぐに向けられた薔薇輝石の双眸を目のあたりにして、胸がぎゅ、と締めつけられるように痛んだのは、このからだのもち主が暗珠に恋をする梅雪メイシェだからなのか、それとも。

「ま、夕方までには帰してあげますよ。きょうのところは、ね」

 いたずらっぽい笑みを浮かべた暗珠が、するりと早梅の髪を一房手に取り、その翡翠色へ口づけを落とす。
 おうじさまみたいだなぁ、なんてぼんやり思って、おうじさまだった、と思い出す。
 やたらほほが熱をもつのは、きっと夏のせいだろう。
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