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第三章『焔魔仙教編』
第百五十三話 交錯する想い【後】
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はらり、ひらり。
濡れ羽色の羽が舞い、ひろげられた勇健な翼。
ひとつまばたきをして、暗珠はふいにあらわれた影の正体を知る。
「おまえは、このあいだの──」
烏だ。烏が室に入り込んできたのだ。ふつうより少しばかり大きな体躯で、おどろくべきことに、三本の足を有している。
「黒皇、まかり越しましてございます」
渋さすら感じられる低い男の声は、おもむろにひらかれたくちばしから発されたものだ。
黄金の左眼と視線がぶつかった刹那、ひとすじの風が巻き起こり、精悍な眼帯の男がすがたをあらわす。
「はやかったね。おねがいしてたことはできたかい?」
「つつがなく」
片ひざをつき、深々と頭を垂れる黒皇という男。その脳天を、やさしげなまなざしでなでる早梅。
ひとりだけ隔絶された無音の世界で、どくりと、暗珠の鼓動は嫌な音を立てた。
つと、黄金の隻眼が向けられる。
「お初にお目にかかります、皇子殿下。黒皇と申します。梅雪お嬢さまが幼きころより、おそばでお仕えさせていただいております一介の従者でございますれば」
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だよ。彼は皇子殿下だけど、中身はちがうから」
「なんと……では」
「うん、私とおなじってこと。クラマくんっていうんだ」
拱手する黒皇に笑いかける早梅。ふたりのあいだで展開される会話の意味が、ろくに酸素の行き届かない脳内ではつっかえて、理解できない。
混乱する暗珠へ向き直り、早梅は決定的なひと言をはなった。
「クラマくん、黒皇はぜんぶ知ってるよ。私が『外の世界』から来た、早梅という人間だってことをね」
「なんだって……!?」
思わず声を上げてしまった暗珠を、静かな黄金の隻眼がとらえる。
──なにかを、見透かすような眼だ。
「……人のすがたになれる、三本足の烏。黒皇という名前も原作にはなかったはず。あなたは、何者だ?」
すぐに、答えはない。
が、絡まった黄金のまなざしが、わずかながら揺れ動いたように見えた。
「父は男仙を統べる木王父さま。母は金王母さまにお仕えする『桃花四仙』がひとり、朱天元君──霊鳥などといわれますが、親愛なる早梅さまにお仕えする、ただの烏でございますよ」
つまり、神にも近い存在。
そんなものが、なにゆえこんなところに。
よりにもよって早梅のそば仕えに、なぜ。
にわかに、暗珠の胸中へ暗雲が立ちこめる。
「そういうわけだから、ふたりとも、おたがい気兼ねせずに話しておくれね?」
何気なくそれぞれの肩をたたく早梅が、早梅こそが知らないのだろう。
相手の一挙手一投足を見逃すまいと全神経を注ぐ、暗珠のことを。
そして、黄金の隻眼を細めた黒皇も、同様であることを。
「そうそう、私たちの近況だけじゃなくて、君の話もきかせてよ」
ここまではあいさつ。
早梅にも、早梅なりの思惑があった。
「俺の話ですか? なにがききたいんです?」
そして暗珠も、知るよしはない。
「そうだなぁ、都とか、皇室のこととか? たとえば……皇帝陛下は、現在どうなされているのかしら?」
可愛らしく首をかしげてみせた早梅の、真意を。
濡れ羽色の羽が舞い、ひろげられた勇健な翼。
ひとつまばたきをして、暗珠はふいにあらわれた影の正体を知る。
「おまえは、このあいだの──」
烏だ。烏が室に入り込んできたのだ。ふつうより少しばかり大きな体躯で、おどろくべきことに、三本の足を有している。
「黒皇、まかり越しましてございます」
渋さすら感じられる低い男の声は、おもむろにひらかれたくちばしから発されたものだ。
黄金の左眼と視線がぶつかった刹那、ひとすじの風が巻き起こり、精悍な眼帯の男がすがたをあらわす。
「はやかったね。おねがいしてたことはできたかい?」
「つつがなく」
片ひざをつき、深々と頭を垂れる黒皇という男。その脳天を、やさしげなまなざしでなでる早梅。
ひとりだけ隔絶された無音の世界で、どくりと、暗珠の鼓動は嫌な音を立てた。
つと、黄金の隻眼が向けられる。
「お初にお目にかかります、皇子殿下。黒皇と申します。梅雪お嬢さまが幼きころより、おそばでお仕えさせていただいております一介の従者でございますれば」
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だよ。彼は皇子殿下だけど、中身はちがうから」
「なんと……では」
「うん、私とおなじってこと。クラマくんっていうんだ」
拱手する黒皇に笑いかける早梅。ふたりのあいだで展開される会話の意味が、ろくに酸素の行き届かない脳内ではつっかえて、理解できない。
混乱する暗珠へ向き直り、早梅は決定的なひと言をはなった。
「クラマくん、黒皇はぜんぶ知ってるよ。私が『外の世界』から来た、早梅という人間だってことをね」
「なんだって……!?」
思わず声を上げてしまった暗珠を、静かな黄金の隻眼がとらえる。
──なにかを、見透かすような眼だ。
「……人のすがたになれる、三本足の烏。黒皇という名前も原作にはなかったはず。あなたは、何者だ?」
すぐに、答えはない。
が、絡まった黄金のまなざしが、わずかながら揺れ動いたように見えた。
「父は男仙を統べる木王父さま。母は金王母さまにお仕えする『桃花四仙』がひとり、朱天元君──霊鳥などといわれますが、親愛なる早梅さまにお仕えする、ただの烏でございますよ」
つまり、神にも近い存在。
そんなものが、なにゆえこんなところに。
よりにもよって早梅のそば仕えに、なぜ。
にわかに、暗珠の胸中へ暗雲が立ちこめる。
「そういうわけだから、ふたりとも、おたがい気兼ねせずに話しておくれね?」
何気なくそれぞれの肩をたたく早梅が、早梅こそが知らないのだろう。
相手の一挙手一投足を見逃すまいと全神経を注ぐ、暗珠のことを。
そして、黄金の隻眼を細めた黒皇も、同様であることを。
「そうそう、私たちの近況だけじゃなくて、君の話もきかせてよ」
ここまではあいさつ。
早梅にも、早梅なりの思惑があった。
「俺の話ですか? なにがききたいんです?」
そして暗珠も、知るよしはない。
「そうだなぁ、都とか、皇室のこととか? たとえば……皇帝陛下は、現在どうなされているのかしら?」
可愛らしく首をかしげてみせた早梅の、真意を。
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