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第三章『焔魔仙教編』

第百五十一話 交錯する想い【前】

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 どこまでも高く、どこまでも澄みわたる蒼天に、厚い入道雲がうかんでいる。
 昼下がりは路上の野良猫もあくびをもらす時分だが、街はずれの屋敷内では、緊張の糸がぴんと張りつめていた。

「彼女を離宮へつれてゆく」
「お断りします。お引き取りください」

 風ひとつ吹かない回廊で対峙するは、漆黒の艶髪をもつ華奢な少年と、柔和な笑みの奥に有無を言わせぬ気迫をやどした、三毛の青年である。

「貴様! 皇子殿下の御前にありながら、なんという厚顔な!」
「控えよ、チェン太守。これは私と彼らの問題であり、そなたが口をだすことではない」

 憤慨するチェン仙海シェンハイをいさめる口調こそ落ち着いているが、おのれの申し出へ即座に拒否を示した相手を見据える薔薇輝石の双眸は、みじんも闘争心を衰えさせない。

「時の皇子殿下は、生まれつきおからだが弱くて、ろくに都から出たことがないって聞いてるけど?」
「なぜ梅雪メイシェさまと面識がおありなのか、甚だ疑問ですね」

 一心イーシンに次いで駆けつけた上背のあるふたりの男たちも、同様に反感をあらわにしてこちらを見据えている。
 うろたえたその瞬間に、飲み込んでしまうぞとばかりに。
 梅雪自身も、百杜はくとの地から十六年間一歩も出たことはない。そう、滅びの足音にすべてを踏み荒らされる、あの悪夢の日まで。

「彼女がザオ家の姫であるがゆえ。それ以外に理由が必要か」

 しかれども、間髪をいれずに返す暗珠アンジュの言葉は、堂々たるものだった。

「そうだ、私は生まれながら虚弱体質に悩まされてきた。宮廷医官たちもさじを投げるほどのな」

 刺すほどの視線を一身に受けてもなお、暗珠は早梅はやめを抱いた腕の力をゆるめはしない。むしろ、より強く自身の胸もとへ引きよせるほどだ。

「だが遠い翠海すいかいの果て、百杜にすまう一族は、独自の医術に長けていると聞きおよんだ。ぜひともお力添えねがうべく、皇室のもてる情報機関を動かしたことは、ここ数日の話などではない」
「では、殿下が一方的に梅雪さんをご存知だったと?」
「相違ない」

 真実に織りこまれた巧妙な嘘。
 それは暗珠が一方的に梅雪を想っていたという宣言であり、一心らの追及を一手に引き受けるものであった。

「そらぁお熱いこって。若気の至りにも限度ってもんがあるぜ。──梅梅メイメイが泣いてるのが見えねぇのか、はなしな」

 平生の快活な表情をひそめ、険しく瑠璃るりの瞳を細めた晴風チンフォンが、一心の前に立ち、暗珠へ低い声音をよこす。

「お断り申し上げる。私とて、積年の情をやすやすと手放すつもりはない」
「しつこい男は嫌われるぜ?」
「ならば問題はないな。わが姫は、私を拒絶してはいないのだから」

 正論だった。早梅は暗珠を突きはなすことができなかった。彼の肉体にやどった『クラマ』という存在が、強引にいだかれても、嫌悪感をおぼえさせてはくれない。
 それどころか、安堵にこのままくずれ落ちてしまいそうなほど。

「……殿下と、お話をさせてください」
「ですが、梅雪さん」
「おねがいします」

 このまま沈黙していても、両者がゆずらないことは明白だ。

「私は、大丈夫ですから」

 きつく搔きいだかれているせいで上手く頭を下げられないから、こちらを案じる一心たちに向けて、せめてもの笑みをうかべてみせる早梅だった。
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