153 / 263
第三章『焔魔仙教編』
第百四十九話 再会【中】
しおりを挟む
(さて、どう出る? 賢いぼっちゃんよ)
瑠璃の双眸で、動向を注意深く観察する。
少年は下手に弁明することなく、ただ懐に右手を差し入れると、なにかを取りだした。
……ことり。
おもむろに卓へ置かれたなにかを目の当たりにし、その場のだれもが血相をかえる。
晴風、一心だけでなく、少年を見守っていた陳仙海すらも。
「公子!」
「いい。ここで聞き耳を立てているとすれば、みな関係者だろうからな」
なんでもないように言い放つ少年をよそに、一心は息をのみ、卓へ置かれたものを凝視する。
「炎を吐く龍の金印……炎龍の玉璽」
むかし天陽にいたころ、耳にしたことがある。
それは代々皇室につたわり、この世にふたつしか存在しないもの。
そのうちひとつは皇帝が持つものであり、もうひとつは、皇位継承権を有した皇子に託される──つまり。
「私は姓を羅、名を暗珠と申す。まだ成人の儀も終えていない若輩者だ」
羅暗珠。それはまぎれもなく今上帝の嫡子、皇子殿下の尊名である。
「此度は休養のため、ここ燈角にある離宮をおとずれた。このことは内密にねがいたい」
貴泉郡太守の別邸は、じつは皇室の離宮ではないか。
うわさ話が、真実と証明された瞬間だ。
「にゃん小僧、この坊主がうそをついている可能性は?」
「あり得ませんね。玉璽の偽装は、皇室に対する不敬罪に問われます。偽造貨幣の製造も死罪ですが……これは罪人のみならず、一族郎党残らず極刑となる重罪です」
「はぁ。そんな面倒なもん作ったのかい、皇室ってのは」
「ご理解いただけたなら重畳。崇高なる皇子殿下の御為に、貴公らもすべきことは心得ているな?」
「皇子サマ相手に嘘偽りを吐くことも、不敬罪ってか……やり口が汚ぇんだよ」
「陳太守。──そのような意図はなかった。話したくなければ、それでもかまわぬ」
悪態をつくじぶんではなく、陳仙海をいさめる暗珠の言動は、晴風をはっとさせる。
「時間を取らせてしまったな。失礼させてもらおう」
「では六夜、五音、殿下と太守をお見送りしてさしあげて」
「はいはい」
「かしこまりました」
室の外で控えていたふたりに声をかけるも、一心はそれが失態であることに、すぐには気づけない。
本来なら、やけにすんなり暗珠が引き下がったことへ、違和感をおぼえるべきであったのだ。
椅子を引いて立ち上がった暗珠は、六夜が開けた扉から回廊へと出づる。
と、緋色の双眸でぐるりとあたりを見わたし、すっと細めたまなざしで、ある一点を切り取った。
「……あちらか」
「ちょ、お出口は反対方向なんですけど!」
六夜の制止もむなしく、暗珠は颯爽と妨害する腕をすり抜ける。
「お待ちください、殿下」
「退け」
「っ……!?」
さらに五音が阻むも、やはり引きとめることは叶わない。
「おまえたちとの話は終わった。対等な話し合いはな。あとは俺の好きにさせてもらう。邪魔だてするな」
そうとだけ言い放つや、暗珠はつかまれた腕をふりはらう。とたん、バチィ、と電撃を感じ、五音は反射的に距離をとる。
「いるのだろう早梅雪! すがたをあらわせ! この羅暗珠の前に!」
これは、まずい。
さしもの晴風も、焦燥に駆られる。
やはり暗珠のねらいは早梅だったのだ。
皇室の関係者に見つかってしまえば、ただではすまない。
「いい加減にしろ、坊主!」
無遠慮に屋敷内を突き進む暗珠の背へ怒号を飛ばしながら、晴風は懇願した。
たのむ、来ないでくれ、梅梅。
「……お呼びでしょうか」
そして、嗚呼。
ふいに奏でられた鈴の声音に、この世の不条理を呪った。
瑠璃の双眸で、動向を注意深く観察する。
少年は下手に弁明することなく、ただ懐に右手を差し入れると、なにかを取りだした。
……ことり。
おもむろに卓へ置かれたなにかを目の当たりにし、その場のだれもが血相をかえる。
晴風、一心だけでなく、少年を見守っていた陳仙海すらも。
「公子!」
「いい。ここで聞き耳を立てているとすれば、みな関係者だろうからな」
なんでもないように言い放つ少年をよそに、一心は息をのみ、卓へ置かれたものを凝視する。
「炎を吐く龍の金印……炎龍の玉璽」
むかし天陽にいたころ、耳にしたことがある。
それは代々皇室につたわり、この世にふたつしか存在しないもの。
そのうちひとつは皇帝が持つものであり、もうひとつは、皇位継承権を有した皇子に託される──つまり。
「私は姓を羅、名を暗珠と申す。まだ成人の儀も終えていない若輩者だ」
羅暗珠。それはまぎれもなく今上帝の嫡子、皇子殿下の尊名である。
「此度は休養のため、ここ燈角にある離宮をおとずれた。このことは内密にねがいたい」
貴泉郡太守の別邸は、じつは皇室の離宮ではないか。
うわさ話が、真実と証明された瞬間だ。
「にゃん小僧、この坊主がうそをついている可能性は?」
「あり得ませんね。玉璽の偽装は、皇室に対する不敬罪に問われます。偽造貨幣の製造も死罪ですが……これは罪人のみならず、一族郎党残らず極刑となる重罪です」
「はぁ。そんな面倒なもん作ったのかい、皇室ってのは」
「ご理解いただけたなら重畳。崇高なる皇子殿下の御為に、貴公らもすべきことは心得ているな?」
「皇子サマ相手に嘘偽りを吐くことも、不敬罪ってか……やり口が汚ぇんだよ」
「陳太守。──そのような意図はなかった。話したくなければ、それでもかまわぬ」
悪態をつくじぶんではなく、陳仙海をいさめる暗珠の言動は、晴風をはっとさせる。
「時間を取らせてしまったな。失礼させてもらおう」
「では六夜、五音、殿下と太守をお見送りしてさしあげて」
「はいはい」
「かしこまりました」
室の外で控えていたふたりに声をかけるも、一心はそれが失態であることに、すぐには気づけない。
本来なら、やけにすんなり暗珠が引き下がったことへ、違和感をおぼえるべきであったのだ。
椅子を引いて立ち上がった暗珠は、六夜が開けた扉から回廊へと出づる。
と、緋色の双眸でぐるりとあたりを見わたし、すっと細めたまなざしで、ある一点を切り取った。
「……あちらか」
「ちょ、お出口は反対方向なんですけど!」
六夜の制止もむなしく、暗珠は颯爽と妨害する腕をすり抜ける。
「お待ちください、殿下」
「退け」
「っ……!?」
さらに五音が阻むも、やはり引きとめることは叶わない。
「おまえたちとの話は終わった。対等な話し合いはな。あとは俺の好きにさせてもらう。邪魔だてするな」
そうとだけ言い放つや、暗珠はつかまれた腕をふりはらう。とたん、バチィ、と電撃を感じ、五音は反射的に距離をとる。
「いるのだろう早梅雪! すがたをあらわせ! この羅暗珠の前に!」
これは、まずい。
さしもの晴風も、焦燥に駆られる。
やはり暗珠のねらいは早梅だったのだ。
皇室の関係者に見つかってしまえば、ただではすまない。
「いい加減にしろ、坊主!」
無遠慮に屋敷内を突き進む暗珠の背へ怒号を飛ばしながら、晴風は懇願した。
たのむ、来ないでくれ、梅梅。
「……お呼びでしょうか」
そして、嗚呼。
ふいに奏でられた鈴の声音に、この世の不条理を呪った。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません
冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件
異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。
ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。
「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」
でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。
それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか!
―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】
そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。
●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。
●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。
●11/12番外編もすべて完結しました!
●ノーチェブックス様より書籍化します!
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?
三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。
そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる