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第三章『焔魔仙教編』

第百四十九話 再会【中】

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(さて、どう出る? 賢いぼっちゃんよ)

 瑠璃の双眸で、動向を注意深く観察する。
 少年は下手に弁明することなく、ただ懐に右手を差し入れると、を取りだした。

 ……ことり。

 おもむろに卓へ置かれたを目の当たりにし、その場のだれもが血相をかえる。
 晴風チンフォン一心イーシンだけでなく、少年を見守っていたチェン仙海シェンハイすらも。

「公子!」
「いい。ここで聞き耳を立てているとすれば、みな関係者だろうからな」

 なんでもないように言い放つ少年をよそに、一心は息をのみ、卓へ置かれたものを凝視する。

「炎を吐く龍の金印……炎龍えんりゅう玉璽ぎょくじ

 むかし天陽てんようにいたころ、耳にしたことがある。
 それは代々皇室につたわり、この世にふたつしか存在しないもの。
 そのうちひとつは皇帝が持つものであり、もうひとつは、皇位継承権を有した皇子に託される──つまり。

「私は姓をルオ、名を暗珠アンジュと申す。まだ成人の儀も終えていない若輩者だ」

 羅暗珠。それはまぎれもなく今上帝きんじょうていの嫡子、皇子殿下の尊名である。

「此度は休養のため、ここ燈角とうかくにある離宮をおとずれた。このことは内密にねがいたい」

 貴泉郡太守の別邸は、じつは皇室の離宮ではないか。
 うわさ話が、真実と証明された瞬間だ。

「にゃん小僧、この坊主がうそをついている可能性は?」
「あり得ませんね。玉璽の偽装は、皇室に対する不敬罪に問われます。偽造貨幣の製造も死罪ですが……これは罪人のみならず、一族郎党残らず極刑となる重罪です」
「はぁ。そんな面倒なもん作ったのかい、皇室ってのは」
「ご理解いただけたなら重畳。崇高なる皇子殿下の御為に、貴公らもすべきことは心得ているな?」
「皇子サマ相手に嘘偽りを吐くことも、不敬罪ってか……やり口がきたねぇんだよ」
「陳太守。──そのような意図はなかった。話したくなければ、それでもかまわぬ」

 悪態をつくじぶんではなく、陳仙海をいさめる暗珠の言動は、晴風をはっとさせる。

「時間を取らせてしまったな。失礼させてもらおう」
「では六夜リゥイ五音ウーオン、殿下と太守をお見送りしてさしあげて」
「はいはい」
「かしこまりました」

 へやの外で控えていたふたりに声をかけるも、一心はそれが失態であることに、すぐには気づけない。
 本来なら、やけにすんなり暗珠が引き下がったことへ、違和感をおぼえるべきであったのだ。

 椅子を引いて立ち上がった暗珠は、六夜が開けた扉から回廊へと出づる。
 と、緋色の双眸でぐるりとあたりを見わたし、すっと細めたまなざしで、ある一点を切り取った。

「……あちらか」
「ちょ、お出口は反対方向なんですけど!」

 六夜の制止もむなしく、暗珠は颯爽と妨害する腕をすり抜ける。

「お待ちください、殿下」
「退け」
「っ……!?」

 さらに五音が阻むも、やはり引きとめることは叶わない。

「おまえたちとの話は終わった。対等な話し合いはな。あとは俺の好きにさせてもらう。邪魔だてするな」

 そうとだけ言い放つや、暗珠はつかまれた腕をふりはらう。とたん、バチィ、と電撃を感じ、五音は反射的に距離をとる。

「いるのだろうザオ梅雪メイシェ! すがたをあらわせ! この羅暗珠の前に!」

 これは、まずい。
 さしもの晴風も、焦燥に駆られる。
 やはり暗珠のねらいは早梅だったのだ。
 皇室の関係者に見つかってしまえば、ただではすまない。

「いい加減にしろ、坊主!」

 無遠慮に屋敷内を突き進む暗珠の背へ怒号を飛ばしながら、晴風は懇願した。

 たのむ、来ないでくれ、梅梅メイメイ

「……お呼びでしょうか」

 そして、嗚呼。
 ふいに奏でられた鈴の声音に、この世の不条理を呪った。
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