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第三章『焔魔仙教編』
第百四十七話 風雲急を告ぐ【後】
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「ふふっ、うぶなひとですねぇ。黒皇はあの性分ですし、そんなに頻度もなく、きちんと避妊をしていると見ました」
「ふぁっ!?」
「でも、やさしすぎて物足りなくなりませんか? 刺激がほしくなったら、いつでもおっしゃってくださいね?」
「だからそれはセクハラですってば、一心さまぁっ!」
「怒った君も可愛らしいなぁ。食べてしまいたいです」
満面の笑みで悪びれもしない一心に、頭をかかえる。朝っぱらからなんという話題を持ち込むのだ、この男は。
「しばらく髪は結いたくない気分ですので、残念でしたっ!」
半ばやけ気味に早梅が声を張り上げると、思いのほか簡単に右手の拘束がほどかれた。
くすくすと笑みを隠しもしない一心からふいと顔をそむけながら、花翡翠の簪を小物入れの木箱へ突っ込む早梅だった。
「……おはようございます、梅雪お嬢さま。遅くなりましてたいへん申し訳ございません。招かれざるお客さまにはお帰りいただきましょうか」
そこへやってきたのは、眉間に深いしわを刻んだ黒皇である。早梅がなかなか起きだしてこないので、心配して様子を見にきたのだ。
「えぇ? 招かれざる客はちがうと思うなぁ。梅雪さんも僕を歓迎して、可愛がってくれたよ?」
「くっ……猫ちゃんの誘惑に負けた私の失態だ……叱ってくれ、黒皇……!」
「お嬢さまの純粋なおこころを弄んで楽しいですか、一心さま」
「僕ってそんなに悪者かな?」
なんにせよ、一心がそばにいるとなにをされるかわかったものではないため、早々に早梅を抱きよせ、牽制を込めて睨みつける黒皇。
「梅雪ちゃん、起きてる? 寝ててもいいや、入るよー」
不穏な朝の寝室に、足音がひびく。
寝室にあらわれた六夜がはじめに目にしたのは、怪訝な面持ちでふり返る黒皇のすがたである。
「うぉっ、図体でけぇのが入り口で突っ立ってんなよ、びっくりするだろ!」
「おはようございます、六夜さま。女性のお部屋に無断で押し入るのはいかがなものかと」
「ちゃんと断っただろ」
「お嬢さまはお返事をしておりません。許可をいただいていないのとおなじことです」
「こんの偏屈やろう!」
「事実を申し上げただけです」
「そういうおまえは許可取ってんのかよ!」
「私はいつでも大丈夫だとお許しいただいておりますので。特別に」
「こんにゃろ! いちいち鼻につくやろうだなぁっ!」
六夜は猛抗議しているが、事実だ。
安心と信頼の愛烏。それが黒皇なのである。
事実、黒皇があとすこしでも駆けつけるのが遅かったら、早梅は一心に『食べられていた』かもしれないのだ。
「ちっ……あわよくば梅雪ちゃんの寝顔を拝めると思ったのによ」
「本音がだだ漏れだよー、六夜」
「なにしれっといるんですか、一心さま」
「んー、夜這い?」
「朝ですけどね。まぁいいや。それなら話が早いです。たいへんですよ、一心さま」
「うん? なにか困ったことでも起きたのかな」
「これ見てくださいよ」
やれやれと肩をすくめつつ、歩み寄ってきた六夜が、懐から取りだした文を一心へわたす。
「ついさっき人がきて、こんなふざけたモノを寄こしてきたんですよ」
「人……ですか?」
「そう、人。人間」
なにがなんだか理解できない早梅のとなりで、さっと書面へ視線をはしらせた一心が、にわかに笑みをひそめる。
「どうやら、招かれざる客は僕ではないようだよ、黒皇」
「……その文には、なんと?」
「『本日正午すぎ、お伺い申し上げる』──翡翠の髪に瑠璃の瞳の少年に、ぜひともお礼をさせていただきたいから、とね」
文を折りたたむ一心の口調はおだやかなものだが、琥珀の双眸からは、どこか冷めた印象を受ける。
「見なかったことにしたいのだけれどね。これは、かの陳太守の署名入りの文だね。残念なことに」
澄みわたった蒼天の夏空は、にわかに風雲急を告ぐ。
「ふぁっ!?」
「でも、やさしすぎて物足りなくなりませんか? 刺激がほしくなったら、いつでもおっしゃってくださいね?」
「だからそれはセクハラですってば、一心さまぁっ!」
「怒った君も可愛らしいなぁ。食べてしまいたいです」
満面の笑みで悪びれもしない一心に、頭をかかえる。朝っぱらからなんという話題を持ち込むのだ、この男は。
「しばらく髪は結いたくない気分ですので、残念でしたっ!」
半ばやけ気味に早梅が声を張り上げると、思いのほか簡単に右手の拘束がほどかれた。
くすくすと笑みを隠しもしない一心からふいと顔をそむけながら、花翡翠の簪を小物入れの木箱へ突っ込む早梅だった。
「……おはようございます、梅雪お嬢さま。遅くなりましてたいへん申し訳ございません。招かれざるお客さまにはお帰りいただきましょうか」
そこへやってきたのは、眉間に深いしわを刻んだ黒皇である。早梅がなかなか起きだしてこないので、心配して様子を見にきたのだ。
「えぇ? 招かれざる客はちがうと思うなぁ。梅雪さんも僕を歓迎して、可愛がってくれたよ?」
「くっ……猫ちゃんの誘惑に負けた私の失態だ……叱ってくれ、黒皇……!」
「お嬢さまの純粋なおこころを弄んで楽しいですか、一心さま」
「僕ってそんなに悪者かな?」
なんにせよ、一心がそばにいるとなにをされるかわかったものではないため、早々に早梅を抱きよせ、牽制を込めて睨みつける黒皇。
「梅雪ちゃん、起きてる? 寝ててもいいや、入るよー」
不穏な朝の寝室に、足音がひびく。
寝室にあらわれた六夜がはじめに目にしたのは、怪訝な面持ちでふり返る黒皇のすがたである。
「うぉっ、図体でけぇのが入り口で突っ立ってんなよ、びっくりするだろ!」
「おはようございます、六夜さま。女性のお部屋に無断で押し入るのはいかがなものかと」
「ちゃんと断っただろ」
「お嬢さまはお返事をしておりません。許可をいただいていないのとおなじことです」
「こんの偏屈やろう!」
「事実を申し上げただけです」
「そういうおまえは許可取ってんのかよ!」
「私はいつでも大丈夫だとお許しいただいておりますので。特別に」
「こんにゃろ! いちいち鼻につくやろうだなぁっ!」
六夜は猛抗議しているが、事実だ。
安心と信頼の愛烏。それが黒皇なのである。
事実、黒皇があとすこしでも駆けつけるのが遅かったら、早梅は一心に『食べられていた』かもしれないのだ。
「ちっ……あわよくば梅雪ちゃんの寝顔を拝めると思ったのによ」
「本音がだだ漏れだよー、六夜」
「なにしれっといるんですか、一心さま」
「んー、夜這い?」
「朝ですけどね。まぁいいや。それなら話が早いです。たいへんですよ、一心さま」
「うん? なにか困ったことでも起きたのかな」
「これ見てくださいよ」
やれやれと肩をすくめつつ、歩み寄ってきた六夜が、懐から取りだした文を一心へわたす。
「ついさっき人がきて、こんなふざけたモノを寄こしてきたんですよ」
「人……ですか?」
「そう、人。人間」
なにがなんだか理解できない早梅のとなりで、さっと書面へ視線をはしらせた一心が、にわかに笑みをひそめる。
「どうやら、招かれざる客は僕ではないようだよ、黒皇」
「……その文には、なんと?」
「『本日正午すぎ、お伺い申し上げる』──翡翠の髪に瑠璃の瞳の少年に、ぜひともお礼をさせていただきたいから、とね」
文を折りたたむ一心の口調はおだやかなものだが、琥珀の双眸からは、どこか冷めた印象を受ける。
「見なかったことにしたいのだけれどね。これは、かの陳太守の署名入りの文だね。残念なことに」
澄みわたった蒼天の夏空は、にわかに風雲急を告ぐ。
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