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第三章『焔魔仙教編』
第百三十二話 烏の嫉妬【前】
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猫族が拠点とする屋敷近くの森で、局地的大寒波と雹が観測された日の夕方。室にもどってからのことである。
ふりふり、と。
綿毛のような緑色の花穂がゆれている。
「梅雪ちゃんごめーん! こっち来て俺と話そ? なっ? ほらほら~」
「六夜さまのばかぁ!」
「ぐはぁっ!!」
早梅を猫じゃらしで釣ろうとした六夜が、自爆した。
ひざからくずれ落ちる六夜。たたた、と黒皇へ駆け寄り、ぽふりと抱きつく早梅。
鍛錬を装って早梅を外へ連れだした六夜が、駆けつけた桃英から文字通り鉄拳制裁を食らった、というのが一連の経緯である。
六夜をかばう者は、だれひとりとしていなかった。
さわぎを聞きつけてすっ飛んできた五音でさえも、猫じゃらしを投げだして灰になりかけている六夜の腕をさらい、無理やり立たせる始末。
「うちの馬鹿が申し訳ありませんでした」
いつも笑っているような糸目の五音が、眉を八の字に下げ、早梅へ頭を下げた。
彼の右手は六夜の後頭部をわし掴んでおり、有無を言わさず直角に腰を折らせている光景そのもの。
(悪い方ではないと、わかってはいるのですが)
おのれの胸にしがみつき、ぐすぐすと鼻をすする早梅の頭をなでながら、黒皇はそっと嘆息をするのみにとどまった。
言いたいことは、瑠璃の瞳でじっと六夜たちを見つめる桃英が、代弁してくれるだろうから。
「郷に入っては郷に従えという。だが妻子ある身で、突然交際をせまるというのは、いかがなものか。先に説明をされるべきではなかったか、六夜殿」
「いやもう、まったくその通りです……」
猫族は子を成しにくい種族であるがゆえに、男女共に重婚が認められている。
そのことを、六夜に半ば襲われるかたちで知ったのだ。少なからず、早梅はショックを受けている。
しかも「妊娠させる気しかない」云々の話を、桃英に聞かれている。控えめに言ってアウト。
「優しすぎんじゃねぇか、桃桃。このガキは出禁にすべきだ。おいガキ、梅梅の視界に入んなよ、一生な」
先ほど桃英から鳩尾への容赦ない一撃を食らった六夜を、追い討ちとばかりに晴風の不機嫌きわまりない言葉がおそう。
「そんなぁ、お祖父さまぁ~!」
「てめぇにお祖父さまと呼ばれる筋合いはねぇ!」
「梅雪お嬢さま、お茶をお淹れしましょうか。こちらへどうぞ」
桃英、そして晴風からにじみでる物々しい空気に、黒皇は早梅を避難させるが吉と判断。室の奥へ誘導する。
「……ごめん、黒皇」
「どうなされました?」
「こわいとか、嫌いに思ったんじゃないの……ちょっと、びっくりしちゃって。あんなに『好き』って、言われるとは思わなくて……」
いまだすすり泣く早梅の言葉は、ところどころ要領を得ない。
しばしの思案をはさみ、あぁ……と黒皇は納得する。
(早梅さまは、六夜さまに申し訳なく思ってらっしゃるのですね)
気持ちを受けとめきれず、泣いてしまったから。
それが原因で桃英や晴風から激しく非難される六夜に、罪悪感すらいだいているのかもしれない。
濡れた瑠璃の瞳で、ちらちらと六夜の様子をうかがっているのがその証拠だ。
「梅雪ちゃんがかわいいのは事実じゃん! いずれ好きな子に手は出すだろうがよ、男なんだから!」
「六夜、悪いけど私ではもう、かばいきれないよ」
しまいには開き直った六夜と、ついに見放した五音。
(面白く、ないですね)
六夜の、想いびとへ対する愚直なほどの実直さは、黒皇にとって恨めしくも、羨ましくもある。
つまるところ、黒皇は嫉妬していた。経緯はどうであれ、今現在の早梅からの視線を、ほしいがままにしている六夜に。
「にゃん小僧はどこだ!?」
「一心さまは、諸用で不在にされております」
「だーっ、どいつもこいつも話にならねぇな!」
監督不行き届きを指摘しようと一心の所在を問う晴風だったが、五音の返答で不発に終わる。
ちなみに、そうこうしている間も「てか梅雪ちゃん、泣き顔もめちゃくちゃかわいいな、滾るんだけど!」と六夜が口走っているため、桃英が無言でこぶしをにぎり直している。
「青風真君」
「んお? なんだ黒皇、神妙な顔しやがって」
我慢強い黒皇としても、いろいろと限界をむかえているころだったので、早梅の背をそっと押して室の奥へ避難させたあと、晴風へ声をかける。
「今晩は、おぼっちゃまをおねがいしてもよろしいですか」
晴風は、まばたきをひとつ。すぐになにを言われたのか理解し、
「しかたねぇな、ほどほどにしろよ」
と肩をすくめるついでに、うなずいてみせる。
黒皇は言葉少なに、「善処します」とだけ返した。
ふりふり、と。
綿毛のような緑色の花穂がゆれている。
「梅雪ちゃんごめーん! こっち来て俺と話そ? なっ? ほらほら~」
「六夜さまのばかぁ!」
「ぐはぁっ!!」
早梅を猫じゃらしで釣ろうとした六夜が、自爆した。
ひざからくずれ落ちる六夜。たたた、と黒皇へ駆け寄り、ぽふりと抱きつく早梅。
鍛錬を装って早梅を外へ連れだした六夜が、駆けつけた桃英から文字通り鉄拳制裁を食らった、というのが一連の経緯である。
六夜をかばう者は、だれひとりとしていなかった。
さわぎを聞きつけてすっ飛んできた五音でさえも、猫じゃらしを投げだして灰になりかけている六夜の腕をさらい、無理やり立たせる始末。
「うちの馬鹿が申し訳ありませんでした」
いつも笑っているような糸目の五音が、眉を八の字に下げ、早梅へ頭を下げた。
彼の右手は六夜の後頭部をわし掴んでおり、有無を言わさず直角に腰を折らせている光景そのもの。
(悪い方ではないと、わかってはいるのですが)
おのれの胸にしがみつき、ぐすぐすと鼻をすする早梅の頭をなでながら、黒皇はそっと嘆息をするのみにとどまった。
言いたいことは、瑠璃の瞳でじっと六夜たちを見つめる桃英が、代弁してくれるだろうから。
「郷に入っては郷に従えという。だが妻子ある身で、突然交際をせまるというのは、いかがなものか。先に説明をされるべきではなかったか、六夜殿」
「いやもう、まったくその通りです……」
猫族は子を成しにくい種族であるがゆえに、男女共に重婚が認められている。
そのことを、六夜に半ば襲われるかたちで知ったのだ。少なからず、早梅はショックを受けている。
しかも「妊娠させる気しかない」云々の話を、桃英に聞かれている。控えめに言ってアウト。
「優しすぎんじゃねぇか、桃桃。このガキは出禁にすべきだ。おいガキ、梅梅の視界に入んなよ、一生な」
先ほど桃英から鳩尾への容赦ない一撃を食らった六夜を、追い討ちとばかりに晴風の不機嫌きわまりない言葉がおそう。
「そんなぁ、お祖父さまぁ~!」
「てめぇにお祖父さまと呼ばれる筋合いはねぇ!」
「梅雪お嬢さま、お茶をお淹れしましょうか。こちらへどうぞ」
桃英、そして晴風からにじみでる物々しい空気に、黒皇は早梅を避難させるが吉と判断。室の奥へ誘導する。
「……ごめん、黒皇」
「どうなされました?」
「こわいとか、嫌いに思ったんじゃないの……ちょっと、びっくりしちゃって。あんなに『好き』って、言われるとは思わなくて……」
いまだすすり泣く早梅の言葉は、ところどころ要領を得ない。
しばしの思案をはさみ、あぁ……と黒皇は納得する。
(早梅さまは、六夜さまに申し訳なく思ってらっしゃるのですね)
気持ちを受けとめきれず、泣いてしまったから。
それが原因で桃英や晴風から激しく非難される六夜に、罪悪感すらいだいているのかもしれない。
濡れた瑠璃の瞳で、ちらちらと六夜の様子をうかがっているのがその証拠だ。
「梅雪ちゃんがかわいいのは事実じゃん! いずれ好きな子に手は出すだろうがよ、男なんだから!」
「六夜、悪いけど私ではもう、かばいきれないよ」
しまいには開き直った六夜と、ついに見放した五音。
(面白く、ないですね)
六夜の、想いびとへ対する愚直なほどの実直さは、黒皇にとって恨めしくも、羨ましくもある。
つまるところ、黒皇は嫉妬していた。経緯はどうであれ、今現在の早梅からの視線を、ほしいがままにしている六夜に。
「にゃん小僧はどこだ!?」
「一心さまは、諸用で不在にされております」
「だーっ、どいつもこいつも話にならねぇな!」
監督不行き届きを指摘しようと一心の所在を問う晴風だったが、五音の返答で不発に終わる。
ちなみに、そうこうしている間も「てか梅雪ちゃん、泣き顔もめちゃくちゃかわいいな、滾るんだけど!」と六夜が口走っているため、桃英が無言でこぶしをにぎり直している。
「青風真君」
「んお? なんだ黒皇、神妙な顔しやがって」
我慢強い黒皇としても、いろいろと限界をむかえているころだったので、早梅の背をそっと押して室の奥へ避難させたあと、晴風へ声をかける。
「今晩は、おぼっちゃまをおねがいしてもよろしいですか」
晴風は、まばたきをひとつ。すぐになにを言われたのか理解し、
「しかたねぇな、ほどほどにしろよ」
と肩をすくめるついでに、うなずいてみせる。
黒皇は言葉少なに、「善処します」とだけ返した。
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