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第三章『焔魔仙教編』
第百二十八話 猫の思惑【後】
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「いい天気だねぇ」
左手で八藍、右手で九詩の手を引きながら、一心はご機嫌だった。
こども好きの一心が進んで世話を買って出るのは、めずらしくないことだ。
庭をお散歩しながらのほほんと笑うさまには、威厳のいの字もない。族長であるはずの彼が、『ぽくない』と言われるゆえんである。
「一心さま、そろそろ八藍をはなしてもらえませんかね」
「にゃあー! 一心さま、はなしちゃいやー!」
「おまえなぁ!」
「だってとうさん、すぐ『くんれん』しようとするー!」
「猫族の男なんだから当たり前だろうが! にゃーにゃーわめいてないで腕をみがけ!」
「六夜、なにも剣の腕だけがすべてじゃないだろ? 男たるもの、やっぱり礼儀作法だとか教養も必要だと思うんだよ」
「おとうさん、おべんきょう、こわい……」
「おまえが言えた義理かよ、五音。九詩がカタコトになってんぞ」
「まぁまぁ、ふたりとも」
こどもにはやさしく、と口癖のように言う肝心の一心には、こどもはいない。それどころか、妻もいない。
まぁ、一心の性格についていける女性がいないというのが、ほんとうのところだが。
何をかくそうこの男、人畜無害な顔をしておいて、とんでもなく面倒くさい性格をしているのである。
「僕からの結納品は、無事受け取ってもらえましたねぇ」
「早夫妻のことを言ってるんだったら、性格悪いですよ」
「あははっ、だよねぇ」
なぜなら、そんなことを、早梅が知るはずもないからだ。
「でもま、梅雪さまなら面倒くさい一心さまの舵も取ってくれるんじゃないですか」
「おや、理由をきかせてよ、六夜」
「可愛いし、美人。あと強そう、物理的に」
「こら脳筋、最後のひと言」
「はははっ、強そう! いいねぇ、梅雪さんにならふり回されてみたいかも」
「一心さまも面白がらないでください」
六夜がまた筋肉で物を語ろうとするのでたしなめたのに、一心まで便乗してしまい、五音はため息を吐いた。
はやく結婚してこどもをつくれば、すこしは丸くなるだろうになぁ、と思案したところで、思いだした。
「一心さま、例の件ですが、七鈴から許可はもらえました」
そこまで言えば、六夜も思いだしたように続ける。
「そうそう、うちの嫁さんも『了解で~す』って言ってましたよ」
「ほんとう? さすが七鈴、話がわかる子だ」
「いや、あいつの場合は返事が軽すぎなんですけど」
「同感。わりと真面目な話をしたのにね」
同時に妻を思い浮かべた六夜と五音は、顔を見合わせて苦笑した。
「もうすぐ八藍と九詩も十三歳になるし、楽しいことになりそうだねぇ」
十三歳を迎える。それは、猫族の男子にとって大きな意味をもつ。
「おっきくなったら、梅雪さまも、おれとけっこんしてくれるかなぁ」
「えー! ぼくもしたーい!」
「そうだね。おっきくなったら、梅雪さんにおねがいしてごらん?」
ふと歩みをとめた一心は、腰ほどの背丈しかない八藍と九詩の目線まで屈み、頭をなでてやる。
「息子に出し抜かれるのはくやしいですね。俺も燃えてきました」
「おなじく。彼女、頭もよさそうですし、私が最近愛読書にしている詩集の解釈について、意見をきいてみたいものです」
個性豊かな猫族だが、負けず嫌いは共通のようだ。そしてそれは、一心も例外ではない。
「それじゃあ、みんなの意見もまとまったということで」
ぱんっと上機嫌に手拍子をひびかせ、腰をあげる一心。
その口もとは、ゆるやかな三日月型に弧を描いている。
しかしながら、すっと細められた琥珀の双眸には、妖しい輝きがやどっていて。
「──猫族長として命じます。われらの『お姫さま』を決して逃さぬよう、全身全霊で、愛してさしあげなさい」
「──おおせのままに」
深々と頭を垂れる青年らの口もとからは、おさえきれない笑みがこぼれている。
「お姫さま、びっくりするかなぁ」
「するかもねぇ」
「『うん』っていってくれたら、いいなぁ」
「そうだねぇ」
にこにこと笑い合った幼子らの薄緑の双眸にも、獣を思わせる細長い瞳孔が、妖しく突き抜けていた。
左手で八藍、右手で九詩の手を引きながら、一心はご機嫌だった。
こども好きの一心が進んで世話を買って出るのは、めずらしくないことだ。
庭をお散歩しながらのほほんと笑うさまには、威厳のいの字もない。族長であるはずの彼が、『ぽくない』と言われるゆえんである。
「一心さま、そろそろ八藍をはなしてもらえませんかね」
「にゃあー! 一心さま、はなしちゃいやー!」
「おまえなぁ!」
「だってとうさん、すぐ『くんれん』しようとするー!」
「猫族の男なんだから当たり前だろうが! にゃーにゃーわめいてないで腕をみがけ!」
「六夜、なにも剣の腕だけがすべてじゃないだろ? 男たるもの、やっぱり礼儀作法だとか教養も必要だと思うんだよ」
「おとうさん、おべんきょう、こわい……」
「おまえが言えた義理かよ、五音。九詩がカタコトになってんぞ」
「まぁまぁ、ふたりとも」
こどもにはやさしく、と口癖のように言う肝心の一心には、こどもはいない。それどころか、妻もいない。
まぁ、一心の性格についていける女性がいないというのが、ほんとうのところだが。
何をかくそうこの男、人畜無害な顔をしておいて、とんでもなく面倒くさい性格をしているのである。
「僕からの結納品は、無事受け取ってもらえましたねぇ」
「早夫妻のことを言ってるんだったら、性格悪いですよ」
「あははっ、だよねぇ」
なぜなら、そんなことを、早梅が知るはずもないからだ。
「でもま、梅雪さまなら面倒くさい一心さまの舵も取ってくれるんじゃないですか」
「おや、理由をきかせてよ、六夜」
「可愛いし、美人。あと強そう、物理的に」
「こら脳筋、最後のひと言」
「はははっ、強そう! いいねぇ、梅雪さんにならふり回されてみたいかも」
「一心さまも面白がらないでください」
六夜がまた筋肉で物を語ろうとするのでたしなめたのに、一心まで便乗してしまい、五音はため息を吐いた。
はやく結婚してこどもをつくれば、すこしは丸くなるだろうになぁ、と思案したところで、思いだした。
「一心さま、例の件ですが、七鈴から許可はもらえました」
そこまで言えば、六夜も思いだしたように続ける。
「そうそう、うちの嫁さんも『了解で~す』って言ってましたよ」
「ほんとう? さすが七鈴、話がわかる子だ」
「いや、あいつの場合は返事が軽すぎなんですけど」
「同感。わりと真面目な話をしたのにね」
同時に妻を思い浮かべた六夜と五音は、顔を見合わせて苦笑した。
「もうすぐ八藍と九詩も十三歳になるし、楽しいことになりそうだねぇ」
十三歳を迎える。それは、猫族の男子にとって大きな意味をもつ。
「おっきくなったら、梅雪さまも、おれとけっこんしてくれるかなぁ」
「えー! ぼくもしたーい!」
「そうだね。おっきくなったら、梅雪さんにおねがいしてごらん?」
ふと歩みをとめた一心は、腰ほどの背丈しかない八藍と九詩の目線まで屈み、頭をなでてやる。
「息子に出し抜かれるのはくやしいですね。俺も燃えてきました」
「おなじく。彼女、頭もよさそうですし、私が最近愛読書にしている詩集の解釈について、意見をきいてみたいものです」
個性豊かな猫族だが、負けず嫌いは共通のようだ。そしてそれは、一心も例外ではない。
「それじゃあ、みんなの意見もまとまったということで」
ぱんっと上機嫌に手拍子をひびかせ、腰をあげる一心。
その口もとは、ゆるやかな三日月型に弧を描いている。
しかしながら、すっと細められた琥珀の双眸には、妖しい輝きがやどっていて。
「──猫族長として命じます。われらの『お姫さま』を決して逃さぬよう、全身全霊で、愛してさしあげなさい」
「──おおせのままに」
深々と頭を垂れる青年らの口もとからは、おさえきれない笑みがこぼれている。
「お姫さま、びっくりするかなぁ」
「するかもねぇ」
「『うん』っていってくれたら、いいなぁ」
「そうだねぇ」
にこにこと笑い合った幼子らの薄緑の双眸にも、獣を思わせる細長い瞳孔が、妖しく突き抜けていた。
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