130 / 263
第三章『焔魔仙教編』
第百二十六話 猫の思惑【前】
しおりを挟む
六夜と五音が手早く汗をながして庭へもどると、ほんの十数分のうちに、おどろくほど様変わりをしていた。
「どうしたの?」
「どこかいたいの?」
まず目についたのは、おろおろと歩き回っている息子たち、八藍と九詩だった。
何事かと思えば、先ほどまで遊び相手になってくれていた早梅が、小花の咲いた草むらにうずくまっている。
その丸まった背を、面影のよく似た男性が両腕いっぱいに抱きしめ、肩をふるわせていて。
「えっと、えっと……」
「ふぇぇ……おとうさぁん」
おさない八藍と九詩は、そんな光景を目前にしてどうしたらいいのかがわからなかった。
抱き合うふたりの頭を代わる代わる『よしよし』していたが、一向に泣きやむ様子がない。
結果、じぶんたちも泣きそうになりながら、父へ助けを求めたのだ。
「泣くな、八藍」
「九詩も。こっちにおいで」
六夜、次いで五音が息子を呼ぶ。
すこしためらっている八藍と九詩だったが、じぶんたちではどうにもできないと思ったのか、パタパタと父のもとへ駆け寄った。
そこへ歩み寄ってきたのは、一心である。
「八藍、九詩。梅雪さんたちは、嫌なことがあったから、泣いてるんじゃないよ」
「そうなの?」
「一心さま、ほんとう?」
「うん。大丈夫だから、そっとしておいてあげようね」
やさしくほほ笑んだ一心になでられ、八藍も九詩も、ようやく落ち着いたらしい。
こくりとうなずいて、父の手をぎゅっとにぎったのだった。
* * *
猫族が拠点としている屋敷にて、思いがけない再会を果たした早梅。
涙をながす桃英など、梅雪の記憶にはなかった。
けれどたしかに、力強い抱擁を交わした彼は、父にちがいなかった。
「私についてきてほしい」
言われるがまま、桃英に手を引かれて屋敷の奥、北向きに面した離れの室へやってきた。
静まり返った室内では、翡翠色の髪の女性が、寝台に横たわっている。
「……お母さま」
桃英の妹であり梅雪の母、桜雨だ。
「こりゃたまげたなぁ……むかしの静燕そっくりじゃねぇか」
舌を巻いたのは晴風。黒皇は黄金の隻眼をゆらめかせながらも、無言でなりゆきを見守っている。
そっと寝台のそばへ近寄る早梅だけれども、まぶたをおろした桜雨が反応することはない。胸が上下しているから、呼吸はしている。
「ずっと眠ったままだ。なにが原因なのか、私にはわからない……すまない」
「謝らないでください。お父さまも、お母さまも、ご無事でいらした。それ以上に尊いことなどありません」
喪ったと思い込んでいたいのちが、目の前に在る。愛する家族が、ここにいる。
また出会えた。それでいいじゃないか。
「……強くなったな、梅雪」
早梅の言葉に、思い詰めた桃英のこわばりがほどける。
すこし思案するような沈黙を経て、桃英は重い口をひらいた。
「私たちはあの男──羅 飛龍と対峙し、百杜の地で散った」
桃英が話しているのは、早一族が襲撃され、逃げのびた梅雪に早梅が憑依した、二年前のことだ。
「心臓をつぶされた感触は、いまでもおぼえている。たしかに、死んだはずなんだ。だが私も桜雨も、ここにいる。傷痕のひとつすらない」
──それはまるで、死の淵から蘇ったかのように。
あり得ない。この場にいるだれもが、同様に感じていることだろう。
「羅 飛龍がやってくる前に、早家で保管していた『千年翠玉』はすべて破棄した。そもそも、あれは内功を極限まで高めるのみで、死者を蘇らせる力などない」
つまり桃英たちもまったく予期せぬ、外部の何者かによって、彼らは救われたということになる。
「どうしたの?」
「どこかいたいの?」
まず目についたのは、おろおろと歩き回っている息子たち、八藍と九詩だった。
何事かと思えば、先ほどまで遊び相手になってくれていた早梅が、小花の咲いた草むらにうずくまっている。
その丸まった背を、面影のよく似た男性が両腕いっぱいに抱きしめ、肩をふるわせていて。
「えっと、えっと……」
「ふぇぇ……おとうさぁん」
おさない八藍と九詩は、そんな光景を目前にしてどうしたらいいのかがわからなかった。
抱き合うふたりの頭を代わる代わる『よしよし』していたが、一向に泣きやむ様子がない。
結果、じぶんたちも泣きそうになりながら、父へ助けを求めたのだ。
「泣くな、八藍」
「九詩も。こっちにおいで」
六夜、次いで五音が息子を呼ぶ。
すこしためらっている八藍と九詩だったが、じぶんたちではどうにもできないと思ったのか、パタパタと父のもとへ駆け寄った。
そこへ歩み寄ってきたのは、一心である。
「八藍、九詩。梅雪さんたちは、嫌なことがあったから、泣いてるんじゃないよ」
「そうなの?」
「一心さま、ほんとう?」
「うん。大丈夫だから、そっとしておいてあげようね」
やさしくほほ笑んだ一心になでられ、八藍も九詩も、ようやく落ち着いたらしい。
こくりとうなずいて、父の手をぎゅっとにぎったのだった。
* * *
猫族が拠点としている屋敷にて、思いがけない再会を果たした早梅。
涙をながす桃英など、梅雪の記憶にはなかった。
けれどたしかに、力強い抱擁を交わした彼は、父にちがいなかった。
「私についてきてほしい」
言われるがまま、桃英に手を引かれて屋敷の奥、北向きに面した離れの室へやってきた。
静まり返った室内では、翡翠色の髪の女性が、寝台に横たわっている。
「……お母さま」
桃英の妹であり梅雪の母、桜雨だ。
「こりゃたまげたなぁ……むかしの静燕そっくりじゃねぇか」
舌を巻いたのは晴風。黒皇は黄金の隻眼をゆらめかせながらも、無言でなりゆきを見守っている。
そっと寝台のそばへ近寄る早梅だけれども、まぶたをおろした桜雨が反応することはない。胸が上下しているから、呼吸はしている。
「ずっと眠ったままだ。なにが原因なのか、私にはわからない……すまない」
「謝らないでください。お父さまも、お母さまも、ご無事でいらした。それ以上に尊いことなどありません」
喪ったと思い込んでいたいのちが、目の前に在る。愛する家族が、ここにいる。
また出会えた。それでいいじゃないか。
「……強くなったな、梅雪」
早梅の言葉に、思い詰めた桃英のこわばりがほどける。
すこし思案するような沈黙を経て、桃英は重い口をひらいた。
「私たちはあの男──羅 飛龍と対峙し、百杜の地で散った」
桃英が話しているのは、早一族が襲撃され、逃げのびた梅雪に早梅が憑依した、二年前のことだ。
「心臓をつぶされた感触は、いまでもおぼえている。たしかに、死んだはずなんだ。だが私も桜雨も、ここにいる。傷痕のひとつすらない」
──それはまるで、死の淵から蘇ったかのように。
あり得ない。この場にいるだれもが、同様に感じていることだろう。
「羅 飛龍がやってくる前に、早家で保管していた『千年翠玉』はすべて破棄した。そもそも、あれは内功を極限まで高めるのみで、死者を蘇らせる力などない」
つまり桃英たちもまったく予期せぬ、外部の何者かによって、彼らは救われたということになる。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません
冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件
異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。
ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。
「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」
でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。
それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか!
―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】
そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。
●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。
●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。
●11/12番外編もすべて完結しました!
●ノーチェブックス様より書籍化します!
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる