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第三章『焔魔仙教編』

第百二十六話 猫の思惑【前】

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 六夜リゥイ五音ウーオンが手早く汗をながして庭へもどると、ほんの十数分のうちに、おどろくほど様変わりをしていた。

「どうしたの?」
「どこかいたいの?」

 まず目についたのは、おろおろと歩き回っている息子たち、八藍バーラン九詩ジゥシーだった。
 何事かと思えば、先ほどまで遊び相手になってくれていた早梅はやめが、小花の咲いた草むらにうずくまっている。
 その丸まった背を、面影のよく似た男性が両腕いっぱいに抱きしめ、肩をふるわせていて。

「えっと、えっと……」
「ふぇぇ……おとうさぁん」

 おさない八藍と九詩は、そんな光景を目前にしてどうしたらいいのかがわからなかった。
 抱き合うふたりの頭を代わる代わる『よしよし』していたが、一向に泣きやむ様子がない。
 結果、じぶんたちも泣きそうになりながら、父へ助けを求めたのだ。

「泣くな、八藍」
「九詩も。こっちにおいで」

 六夜、次いで五音が息子を呼ぶ。
 すこしためらっている八藍と九詩だったが、じぶんたちではどうにもできないと思ったのか、パタパタと父のもとへ駆け寄った。
 そこへ歩み寄ってきたのは、一心イーシンである。

「八藍、九詩。梅雪メイシェさんたちは、嫌なことがあったから、泣いてるんじゃないよ」
「そうなの?」
「一心さま、ほんとう?」
「うん。大丈夫だから、そっとしておいてあげようね」

 やさしくほほ笑んだ一心になでられ、八藍も九詩も、ようやく落ち着いたらしい。
 こくりとうなずいて、父の手をぎゅっとにぎったのだった。


  *  *  *


 マオ族が拠点としている屋敷にて、思いがけない再会を果たした早梅。
 涙をながす桃英タオインなど、梅雪の記憶にはなかった。
 けれどたしかに、力強い抱擁を交わした彼は、父にちがいなかった。

「私についてきてほしい」

 言われるがまま、桃英に手を引かれて屋敷の奥、北向きに面した離れのへやへやってきた。
 静まり返った室内では、翡翠ひすい色の髪の女性が、寝台に横たわっている。

「……お母さま」

 桃英の妹であり梅雪の母、桜雨ヨウユイだ。

「こりゃたまげたなぁ……むかしの静燕ジンイェンそっくりじゃねぇか」

 舌を巻いたのは晴風チンフォン黒皇ヘイファンは黄金の隻眼をゆらめかせながらも、無言でなりゆきを見守っている。
 そっと寝台のそばへ近寄る早梅だけれども、まぶたをおろした桜雨が反応することはない。胸が上下しているから、呼吸はしている。

「ずっと眠ったままだ。なにが原因なのか、私にはわからない……すまない」
「謝らないでください。お父さまも、お母さまも、ご無事でいらした。それ以上に尊いことなどありません」

 うしなったと思い込んでいたいのちが、目の前に在る。愛する家族が、ここにいる。
 また出会えた。それでいいじゃないか。

「……強くなったな、梅雪」

 早梅の言葉に、思い詰めた桃英のこわばりがほどける。
 すこし思案するような沈黙を経て、桃英は重い口をひらいた。

「私たちはあの男──ルオ 飛龍フェイロンと対峙し、百杜はくとの地で散った」

 桃英が話しているのは、ザオ一族が襲撃され、逃げのびた梅雪に早梅が憑依した、二年前のことだ。

「心臓をつぶされた感触は、いまでもおぼえている。たしかに、死んだはずなんだ。だが私も桜雨も、ここにいる。傷痕のひとつすらない」

 ──それはまるで、死の淵から蘇ったかのように。
 あり得ない。この場にいるだれもが、同様に感じていることだろう。

「羅 飛龍がやってくる前に、早家で保管していた『千年翠玉せんねんすいぎょく』はすべて破棄した。そもそも、あれは内功ないこうを極限まで高めるのみで、死者を蘇らせる力などない」

 つまり桃英たちもまったく予期せぬ、外部の何者かによって、彼らは救われたということになる。
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