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第二章『瑞花繚乱編』
第九十四話 幼鳥の行方【中】
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「皇あにうえが、おへやにいるんですか!」
「おう。俺の手にかかれば、筋金入りの仕事人間もとい仕事烏も一瞬でおねんねよ」
青涼宮で仮眠をとった晴風がのそのそ起き出すころには、霍十兄弟の弟たち九人は、すっかり身支度を終えていた。
晴風から明け方に帰ってきたという黒皇の話を聞いた末の弟、黒慧は、おおきな黄金の瞳をきょろきょろさせ、落ち着きがない。
「いっしょにおねんねしてきたら?」
「ふぁっ!?」
「なにそれ面白そう。起きたら寝床に小慧がもぐり込んでた皇兄上の反応が見物だわ」
「無言で悶えるんじゃないー?」
割り込んできたのは、黒皇の四番目、五番目、六番目の弟、黒東、黒倫、黒杏。霍兄弟のなかでは、いたずらっ子で知られる三つ子だ。
「こら。皇兄上と小慧であそぶんじゃない。それより、はやく金王母さまに朝のお食事をお届けするんだ。今日はおまえたちの当番だろう」
「ちぇ」
「はいはい」
「わかってまーす」
すぐさま、呆れたように黒俊がたしなめる。
飄々と受け流して去ってゆく三つ子の兄を、黒慧はきょとんと見つめていた。
「さすが次男坊だな。ご苦労さん」
「……ほめ言葉としてお受けいたします」
真面目だが天然な兄と、わんぱくな弟たちにはさまれた黒俊だ。一番の苦労人はこいつかもな、と晴風は笑う。
「まったく……黒東たちにはああ言ったけど、おまえがそうしたいなら、皇兄上のお部屋に行ってもいいんだからね、小慧」
「でも、俊あにうえ……」
「昨日は翠桃の収穫で一日がんばっただろう? 宴の準備もほとんど済んでいるから、あとはわたしたちにまかせて、皇兄上と休んでいてもかまわない」
幼い黒慧は、一番上の兄にとてもなついている。すこし前までは添い寝をせがんでいた。まだまだ甘えたい盛りなのだ。
黒皇が連日『おつとめ』に出ずっぱりで、さびしい思いをしていただろうことは、兄の黒俊だけでなく、晴風ですらわかるほどだ。
「慧は、いきません……」
だからこそ、続く黒慧の発言に、その場にいただれもが目を点にした。
「急にどうした、慧坊? へんなもんでも食ったか? それとも黒皇のやつがきらいに……はっ、まさか反抗期……」
「ちがいますっ! 慧はわがままいいません!」
「じゃあどうしたんだ? 兄上っ子の小慧が……」
「えと……慧は、とおくまでとぼうとすると、くるしいし、おもいにもつをもつと、つかれます」
「まぁ、ちびっこだしなぁ」
「でも、皇あにうえは、くるしいのも、つかれるのもがまんして、がんばっておしごとをしてます。だから慧も、さびしいのをがまんして、がんばっておしごとします!」
「あらまぁ」
思わず口もとを手でおおう晴風。
ちらりと黒俊のほうを見やれば、眉間をおさえて天をあおいでいた。
「皇兄上……小慧が、わたしたちの弟が、尊いです……」
そうだった。こいつも弟に弱かったんだ、と思いだす。というより、霍兄弟で末弟をかわいがっていない者はないだろう。
これが黒嵐であったなら、発狂して黒慧を撫でくりまわしていたところだ。
「泣くなって、俊坊」
「泣いてません。目にごみが入っただけです」
すん……と真顔にもどるさまは、黒皇とそっくりだ。さすが兄弟。
「じゃ、そういうことにしとくわ」
晴風の言葉が聞こえているのか、いないのか。
会話についてこれていない黒慧を抱き上げた黒俊が、目線を合わせて破顔する。
「もうじき宴だ。お客さまをおむかえしようね、小慧」
ぱちくり。ひとつまばたきをした黄金の瞳が、かがやきを増す。
「はいっ!」
「おう。俺の手にかかれば、筋金入りの仕事人間もとい仕事烏も一瞬でおねんねよ」
青涼宮で仮眠をとった晴風がのそのそ起き出すころには、霍十兄弟の弟たち九人は、すっかり身支度を終えていた。
晴風から明け方に帰ってきたという黒皇の話を聞いた末の弟、黒慧は、おおきな黄金の瞳をきょろきょろさせ、落ち着きがない。
「いっしょにおねんねしてきたら?」
「ふぁっ!?」
「なにそれ面白そう。起きたら寝床に小慧がもぐり込んでた皇兄上の反応が見物だわ」
「無言で悶えるんじゃないー?」
割り込んできたのは、黒皇の四番目、五番目、六番目の弟、黒東、黒倫、黒杏。霍兄弟のなかでは、いたずらっ子で知られる三つ子だ。
「こら。皇兄上と小慧であそぶんじゃない。それより、はやく金王母さまに朝のお食事をお届けするんだ。今日はおまえたちの当番だろう」
「ちぇ」
「はいはい」
「わかってまーす」
すぐさま、呆れたように黒俊がたしなめる。
飄々と受け流して去ってゆく三つ子の兄を、黒慧はきょとんと見つめていた。
「さすが次男坊だな。ご苦労さん」
「……ほめ言葉としてお受けいたします」
真面目だが天然な兄と、わんぱくな弟たちにはさまれた黒俊だ。一番の苦労人はこいつかもな、と晴風は笑う。
「まったく……黒東たちにはああ言ったけど、おまえがそうしたいなら、皇兄上のお部屋に行ってもいいんだからね、小慧」
「でも、俊あにうえ……」
「昨日は翠桃の収穫で一日がんばっただろう? 宴の準備もほとんど済んでいるから、あとはわたしたちにまかせて、皇兄上と休んでいてもかまわない」
幼い黒慧は、一番上の兄にとてもなついている。すこし前までは添い寝をせがんでいた。まだまだ甘えたい盛りなのだ。
黒皇が連日『おつとめ』に出ずっぱりで、さびしい思いをしていただろうことは、兄の黒俊だけでなく、晴風ですらわかるほどだ。
「慧は、いきません……」
だからこそ、続く黒慧の発言に、その場にいただれもが目を点にした。
「急にどうした、慧坊? へんなもんでも食ったか? それとも黒皇のやつがきらいに……はっ、まさか反抗期……」
「ちがいますっ! 慧はわがままいいません!」
「じゃあどうしたんだ? 兄上っ子の小慧が……」
「えと……慧は、とおくまでとぼうとすると、くるしいし、おもいにもつをもつと、つかれます」
「まぁ、ちびっこだしなぁ」
「でも、皇あにうえは、くるしいのも、つかれるのもがまんして、がんばっておしごとをしてます。だから慧も、さびしいのをがまんして、がんばっておしごとします!」
「あらまぁ」
思わず口もとを手でおおう晴風。
ちらりと黒俊のほうを見やれば、眉間をおさえて天をあおいでいた。
「皇兄上……小慧が、わたしたちの弟が、尊いです……」
そうだった。こいつも弟に弱かったんだ、と思いだす。というより、霍兄弟で末弟をかわいがっていない者はないだろう。
これが黒嵐であったなら、発狂して黒慧を撫でくりまわしていたところだ。
「泣くなって、俊坊」
「泣いてません。目にごみが入っただけです」
すん……と真顔にもどるさまは、黒皇とそっくりだ。さすが兄弟。
「じゃ、そういうことにしとくわ」
晴風の言葉が聞こえているのか、いないのか。
会話についてこれていない黒慧を抱き上げた黒俊が、目線を合わせて破顔する。
「もうじき宴だ。お客さまをおむかえしようね、小慧」
ぱちくり。ひとつまばたきをした黄金の瞳が、かがやきを増す。
「はいっ!」
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