92 / 263
第二章『瑞花繚乱編』
第八十八話 縁をつかんで【前】
しおりを挟む
緊急事態が、この金玲山にて発生している。
「このままでは、皇兄上が死んでしまいます……!」
そういって晴風の宮に駆け込んできたのは、霍十兄弟の次男坊、黒俊だ。
ほかの兄弟も、長兄の異変に気づいていることだろう。そして事態は、晴風の想像以上に深刻なものだった。
黒俊の訴えによると、ある日突然、黒皇がしゃべらなくなったらしい。
もともと寡黙な男ではあったが、必要以上の会話を、どことなく避けているようだと。
あまり食事もとらず、夜も充分に休めているとは言いがたい状況。
そのくせ、日々の仕事は抜かりなくこなそうとする。
このままでは、からだを壊す以前に、こころが死んでしまう。
けれど、一体なにが兄をそうさせているのか、黒俊たち兄弟は皆目見当がつかず、晴風に泣きつくほかなかったのだ。
「どうしたもんかねぇ……」
青涼宮にある私室にて、晴風は腕を組み、しかめっ面でうなる。
心当たりが、ないわけではない。だからこそ、これが無闇にふみ込んでもよい状況ではないと理解すらできるのだが。
「背に腹はかえられねぇよな。よっし、俺に考えがある」
「ほんとうですか、青風真君!」
「おう。ちょっくらサシで話してくるわ。まかせとけ」
じぶんが、じぶんこそが行くべきなのだろう。
黒俊を安心させる笑みを返し、晴風はひざを叩いて、勢いよく立ち上がった。
* * *
「やい、そこのシケた面した陰鬱烏」
背後からの無遠慮な呼びかけに、黒皇は一拍を置いてふり返る。
「……顔は生まれつきですが」
「くそ真面目な返しすんじゃねぇよ。根暗か?」
答えはない。ひと言のみを返したきり、黒皇は顔をそむけて黙り込む。
あるとき瓏池からもどって様子がおかしくなっていたという烏は、なんの冗談か瓏池に入り浸っていた。
ほとりに座り込み、うなだれている。
ため息をついた晴風は、こちらを見ようともしない黒皇の視界に無理やり入り込み、手にした瓢箪を目前へ突きだす。
「俺特製の茘枝酒だ。付き合えよ。拒否は受けつけん」
晴風は、こうと言いだしたら聞かない性格だ。
それを嫌というほど知っている黒皇は、たっぷりと沈黙を経て、不承不承うなずいた。
言質はとったとぞばかりに、黒皇のとなりでどかりと胡座をかく晴風。
瓢箪の栓をぬき、持参したさかずきに茘枝酒を注ぐ。
承諾した手前、口をつけないわけにはいかない黒皇は、なめるようにひとくちだけを含み、つぶやいた。
「あまいです」
「果実酒だかんな。そりゃ甘いわ」
黒皇の声には抑揚がなく、表情も無きに等しいため、口に合ったのかそうでないのか、判断に苦しむ。とりあえず前者だろうと、晴風は結論づけた。
「おまえさぁ、まさかとは思うけどよ。前に話してた女の子に、なんかあったのか?」
回りくどい真似は好かないと、晴風は単刀直入に懐へ入り込むことにした。
すると、瓢箪をのせた盆へ叩きつけるようにさかずきが置かれ、酒が跳ねた。
温和で超がつくほど礼儀ただしい黒皇らしからぬ、乱雑な仕草だった。
「青風真君には、関係のないことです」
「そうかい。つくづくらしくねぇぜ、黒皇」
「私らしいとはなんですか? 愛するひとを喪って……目の前で殺されて、どうやってじぶんらしくいればよいのですか!?」
黒皇の怒号をはじめて耳にしながら、あぁ、こいつは泣いてるんだ、と晴風は思った。
想いびとを守れなかったのはじぶんのせいだと、自責の念に駆られ、苦しんでいるのだ。優しすぎるから。
「傷口をつつき回す真似はしねぇけどよ、これだけは言えるぞ」
事の仔細を聞かずとも、わかることがある。
それはきっと、晴風だからこそ。
「愛するひとを喪う哀しみは知ってる。世の中にはクソみたいな野郎がいるってこともな。なんてったってな、俺ぁ元人間サマだぞ。そういう愛とか欲とか憎悪とかに揉みくちゃにされて、それでもあがいたから、ここにいんだよ」
黒皇はきっと、はじめていだく負の感情に、戸惑っているのだろう。
どうしたらいいのかわからずに、迷子になっているのだ。
「このままでは、皇兄上が死んでしまいます……!」
そういって晴風の宮に駆け込んできたのは、霍十兄弟の次男坊、黒俊だ。
ほかの兄弟も、長兄の異変に気づいていることだろう。そして事態は、晴風の想像以上に深刻なものだった。
黒俊の訴えによると、ある日突然、黒皇がしゃべらなくなったらしい。
もともと寡黙な男ではあったが、必要以上の会話を、どことなく避けているようだと。
あまり食事もとらず、夜も充分に休めているとは言いがたい状況。
そのくせ、日々の仕事は抜かりなくこなそうとする。
このままでは、からだを壊す以前に、こころが死んでしまう。
けれど、一体なにが兄をそうさせているのか、黒俊たち兄弟は皆目見当がつかず、晴風に泣きつくほかなかったのだ。
「どうしたもんかねぇ……」
青涼宮にある私室にて、晴風は腕を組み、しかめっ面でうなる。
心当たりが、ないわけではない。だからこそ、これが無闇にふみ込んでもよい状況ではないと理解すらできるのだが。
「背に腹はかえられねぇよな。よっし、俺に考えがある」
「ほんとうですか、青風真君!」
「おう。ちょっくらサシで話してくるわ。まかせとけ」
じぶんが、じぶんこそが行くべきなのだろう。
黒俊を安心させる笑みを返し、晴風はひざを叩いて、勢いよく立ち上がった。
* * *
「やい、そこのシケた面した陰鬱烏」
背後からの無遠慮な呼びかけに、黒皇は一拍を置いてふり返る。
「……顔は生まれつきですが」
「くそ真面目な返しすんじゃねぇよ。根暗か?」
答えはない。ひと言のみを返したきり、黒皇は顔をそむけて黙り込む。
あるとき瓏池からもどって様子がおかしくなっていたという烏は、なんの冗談か瓏池に入り浸っていた。
ほとりに座り込み、うなだれている。
ため息をついた晴風は、こちらを見ようともしない黒皇の視界に無理やり入り込み、手にした瓢箪を目前へ突きだす。
「俺特製の茘枝酒だ。付き合えよ。拒否は受けつけん」
晴風は、こうと言いだしたら聞かない性格だ。
それを嫌というほど知っている黒皇は、たっぷりと沈黙を経て、不承不承うなずいた。
言質はとったとぞばかりに、黒皇のとなりでどかりと胡座をかく晴風。
瓢箪の栓をぬき、持参したさかずきに茘枝酒を注ぐ。
承諾した手前、口をつけないわけにはいかない黒皇は、なめるようにひとくちだけを含み、つぶやいた。
「あまいです」
「果実酒だかんな。そりゃ甘いわ」
黒皇の声には抑揚がなく、表情も無きに等しいため、口に合ったのかそうでないのか、判断に苦しむ。とりあえず前者だろうと、晴風は結論づけた。
「おまえさぁ、まさかとは思うけどよ。前に話してた女の子に、なんかあったのか?」
回りくどい真似は好かないと、晴風は単刀直入に懐へ入り込むことにした。
すると、瓢箪をのせた盆へ叩きつけるようにさかずきが置かれ、酒が跳ねた。
温和で超がつくほど礼儀ただしい黒皇らしからぬ、乱雑な仕草だった。
「青風真君には、関係のないことです」
「そうかい。つくづくらしくねぇぜ、黒皇」
「私らしいとはなんですか? 愛するひとを喪って……目の前で殺されて、どうやってじぶんらしくいればよいのですか!?」
黒皇の怒号をはじめて耳にしながら、あぁ、こいつは泣いてるんだ、と晴風は思った。
想いびとを守れなかったのはじぶんのせいだと、自責の念に駆られ、苦しんでいるのだ。優しすぎるから。
「傷口をつつき回す真似はしねぇけどよ、これだけは言えるぞ」
事の仔細を聞かずとも、わかることがある。
それはきっと、晴風だからこそ。
「愛するひとを喪う哀しみは知ってる。世の中にはクソみたいな野郎がいるってこともな。なんてったってな、俺ぁ元人間サマだぞ。そういう愛とか欲とか憎悪とかに揉みくちゃにされて、それでもあがいたから、ここにいんだよ」
黒皇はきっと、はじめていだく負の感情に、戸惑っているのだろう。
どうしたらいいのかわからずに、迷子になっているのだ。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
今日で婚約者の事を嫌いになります!ハイなりました!
キムラましゅろう
恋愛
うっうっうっ…もう頑張れないっ、もう嫌。
こんな思いをするくらいなら、彼を恋する気持ちなんて捨ててしまいたい!
もう嫌いになってしまいたい。
そうね、好きでいて辛いなら嫌いになればいいのよ!
婚約者の浮気(?)現場(?)を見てしまったアリス。
学園入学後から距離を感じる婚約者を追いかける事にちょっぴり疲れを感じたアリスは、彼への恋心を捨て自由に生きてやる!と決意する。
だけど結局は婚約者リュートの掌の上でゴロゴーロしているだけのような気が……しないでもない、そんなポンコツアリスの物語。
いつもながらに誤字脱字祭りになると予想されます。
お覚悟の上、お読み頂けますと幸いです。
完全ご都合展開、ノーリアリティノークオリティなお話です。
博愛主義の精神でお読みくださいませ。
小説家になろうさんにも投稿します。
転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!
高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。
転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる