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第二章『瑞花繚乱編』
第八十一話 孤独な太陽【後】
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ひらりと艷やかな黒の羽が舞い、開放した格子窓から入り込んだ一羽の烏は、そよ風のやむころに精悍な青年へと姿を変える。
片ひざをつき頭を上げた黒皇が、不自然に言葉を切ったことに、早梅は気づかない。
「おはよう黒皇! いいところにきたね! 心配はいらないよ。きのうはお客さんのおかげで、ぬくぬくだったからね」
「お客さま、ですか」
「そうそう! だれだか訊きたい? 訊きたいよね? それでは、こちらをごらんください。黒慧くんでーす!」
じゃーん! と両手をひろげて黒慧を指し示した早梅は、しん……と静まり返ったところで、ようやく異変を悟る。
「あれっ、なんか思ってたのと反応がちがう……えっ?」
黒皇の視線は、間違いなく早梅のとなり、黒慧へ向けられていた。
黒慧も、黄金の双眸でじっと黒皇を見つめ返していた。
押し黙る両者を取り巻く空気は、お世辞にもよろしいものとは言いがたい。
「お戻りでしたか、皇兄上。僕を放って、どちらにいらっしゃったんです?」
「……小慧」
「答えられませんか」
先ほどまで、早梅の前でころころと表情を変えていた少年はいずこに。
たちまちに表情を削ぎ落とした黒慧が、抑揚のない言葉を放る。
何事かをつむごうとした黒皇だが、口をつぐみ、沈黙のみを返す。
(黒皇と黒慧って……兄弟なんだよ、ね……?)
久しぶりの家族の再会とは、こんなにも痛くて寒々しいものなのだろうか。
「いいですよ、兄上がなにをなさろうと、僕は僕の役目を果たすのみですから」
黒慧の一方的な発言は続く。冷たく突き刺す声音は、氷柱のようだ。
「長らくおじゃまをしてしまい、申しわけありません、梅雪さま。金王母さまのところへ行ってまいります。今回の件は、そこでお話をさせていただきますので」
「あっ、ちょっと待って、黒慧!」
「それでは、よい一日を」
引きとめる間もなかった。
早梅へ向き直り、恭しく黒の袖を合わせた黒慧は、最後ににこりとはにかむと、室の入り口へ颯爽ときびすを返す。
軋む音を立て、扉が閉まる。取り残された室内で、早梅はほとほと困り果てていた。
この空気、どうしてくれよう。
あー、うー、と意味のないうめき声をもらし、たっぷり思い悩んだのち、腹を決める。
「こっちにおいでよ、黒皇。起きるのを手伝ってほしいな」
「……はい、すぐに」
片ひざをついた体勢からすっと立ち上がった黒皇は、三歩で寝台へたどり着き、早梅の背へ手を添える。
「大丈夫かい?」
そこで目と目を合わせ、問いかけた。
黒慧とのことは、変に話をごまかしたり、聞かなかったことにするべきではないと判断した。
黒皇自身が、悪い冗談を言わない性分だからだ。
「兄失格ですね。……拙はあの子に、見放されても当然のことをしたのです」
「そんな、黒皇は……!」
「いいのです。本当のことですから」
黄金の隻眼が伏せられ、影を落とす表情。
多くを語らない黒皇は、なにを思うのか。
「梅雪お嬢さま。この世界に、太陽はいくつも要らないのですよ」
その言葉が意味することはわからないけれど、なにかたいせつなことを黒皇はおしえてくれた。そんな気がした。
片ひざをつき頭を上げた黒皇が、不自然に言葉を切ったことに、早梅は気づかない。
「おはよう黒皇! いいところにきたね! 心配はいらないよ。きのうはお客さんのおかげで、ぬくぬくだったからね」
「お客さま、ですか」
「そうそう! だれだか訊きたい? 訊きたいよね? それでは、こちらをごらんください。黒慧くんでーす!」
じゃーん! と両手をひろげて黒慧を指し示した早梅は、しん……と静まり返ったところで、ようやく異変を悟る。
「あれっ、なんか思ってたのと反応がちがう……えっ?」
黒皇の視線は、間違いなく早梅のとなり、黒慧へ向けられていた。
黒慧も、黄金の双眸でじっと黒皇を見つめ返していた。
押し黙る両者を取り巻く空気は、お世辞にもよろしいものとは言いがたい。
「お戻りでしたか、皇兄上。僕を放って、どちらにいらっしゃったんです?」
「……小慧」
「答えられませんか」
先ほどまで、早梅の前でころころと表情を変えていた少年はいずこに。
たちまちに表情を削ぎ落とした黒慧が、抑揚のない言葉を放る。
何事かをつむごうとした黒皇だが、口をつぐみ、沈黙のみを返す。
(黒皇と黒慧って……兄弟なんだよ、ね……?)
久しぶりの家族の再会とは、こんなにも痛くて寒々しいものなのだろうか。
「いいですよ、兄上がなにをなさろうと、僕は僕の役目を果たすのみですから」
黒慧の一方的な発言は続く。冷たく突き刺す声音は、氷柱のようだ。
「長らくおじゃまをしてしまい、申しわけありません、梅雪さま。金王母さまのところへ行ってまいります。今回の件は、そこでお話をさせていただきますので」
「あっ、ちょっと待って、黒慧!」
「それでは、よい一日を」
引きとめる間もなかった。
早梅へ向き直り、恭しく黒の袖を合わせた黒慧は、最後ににこりとはにかむと、室の入り口へ颯爽ときびすを返す。
軋む音を立て、扉が閉まる。取り残された室内で、早梅はほとほと困り果てていた。
この空気、どうしてくれよう。
あー、うー、と意味のないうめき声をもらし、たっぷり思い悩んだのち、腹を決める。
「こっちにおいでよ、黒皇。起きるのを手伝ってほしいな」
「……はい、すぐに」
片ひざをついた体勢からすっと立ち上がった黒皇は、三歩で寝台へたどり着き、早梅の背へ手を添える。
「大丈夫かい?」
そこで目と目を合わせ、問いかけた。
黒慧とのことは、変に話をごまかしたり、聞かなかったことにするべきではないと判断した。
黒皇自身が、悪い冗談を言わない性分だからだ。
「兄失格ですね。……拙はあの子に、見放されても当然のことをしたのです」
「そんな、黒皇は……!」
「いいのです。本当のことですから」
黄金の隻眼が伏せられ、影を落とす表情。
多くを語らない黒皇は、なにを思うのか。
「梅雪お嬢さま。この世界に、太陽はいくつも要らないのですよ」
その言葉が意味することはわからないけれど、なにかたいせつなことを黒皇はおしえてくれた。そんな気がした。
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