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第二章『瑞花繚乱編』
第七十七話 翠桃はかぐわしく【中】
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妊娠中も、適度な運動は必要である。
ひどい悪阻がおさまった早梅は、解放感も手伝って、晴風のさそいにふたつ返事で了承した。
食事の支度をするという静燕を残し、青涼宮をあとにした早梅。
晴風に手を引かれ、えっちらおっちら歩くこと十数分ほど。信じられない光景を目のあたりにした。
風にそよぐ木々、色とりどりの花とたわむれる蝶々。
あたたかい陽気とかぐわしい香りにつつまれた色彩ゆたかな景色が、どこまでもひろがっている。
「すごい、桃源郷みたい……!」
「ははっ、桃源郷か。言い得て妙だねぇ。ここは俺自慢の庭さ。そいで、あっちのほうは果樹園。よく育ってるのは茘枝だが、『翠桃園』って名前だ」
「『翠桃園』……ですか」
晴風が指さした方角を見やる。
晴風の大好物の茘枝をはじめとしたさまざまな果実が栽培されているようだが、とくに目を引くものがあった。
ところ狭しとならんだ、金の葉が繁る立派な苗木だ。
「あっちには、ぜんぶで三千六百本の桃の木がある」
晴風はさらに続ける。
手前にある千二百本は、三千年で熟す。
ちいさな実で、これを食べると不老長生を得られる。
中にある千二百本は、六千年で熟す。
ほどよいおおきさの実で、これを食べると仙人になれる。
奥にある千二百本は、九千年で熟す。
一番おおきな実で、これを食べると天地が続くまで生き永らえることができる。
「いわゆる仙桃ってやつだ。実が成ったら、天界中の神やら仏やらを呼んで宴さ。そりゃあもう、どんちゃん騒ぎよ」
あれだけの数の桃の木を、ひとりで世話しているのだ。
なるほど、晴風がなかなか宮にいないわけだ。
「梅梅もあと二千年生きたら、手前の桃の木に実が成るころだぜ」
「あはは……まったく想像がつかないです」
「めちゃくちゃ美味いんだけど、青梅みたいに実がちっこくてなぁ。花の見た目も、桃っていうか梅だよ。翠い色をしてる」
──翠い梅花。
晴風の何気ない言葉が、早梅からにわかに思考を奪う。
「そういや、黒皇がどっか行っちまったのは、前に桃の実が成ったころだったか? まさかあいつ、盗み食いでも──」
「黒皇はそんなことしません」
「冗談だって。すねるなよ、梅梅~」
押しの強い晴風に圧倒されるのはいつものことだが、このときばかりは、ご機嫌とりにほおずりをされても上の空だった。
(翠い梅花……偶然か? いや)
──この世のすべては必然です。
脳裏に金王母の言葉がよみがえり、無意識のうちに、左の中指にはめた二連の指輪を右手で包み込んでいた。
「てか、黒皇はどこほっつき歩いてんだよ。あんだけ梅梅にくっついてたくせに」
「う……それはその、私のせいです」
「ほう、なんか面白そうなこと企んでんな。どういうことか説明してもらおうか」
「……手づくりの贈り物をしたいんですけど、完成するまで内緒にしたくて」
サプライズプレゼントができないため、それとなく添い寝を断るようになった。
それから、多くは訊かずに適度な距離を置いてくれる黒皇がありがたくもあり、申しわけない早梅である。
「ははぁ、なるほどねぇ。あいつも隅に置けねぇな」
にやりとあごをさする晴風の、悪い笑みったら。
変なちょっかいをかけに行き、真顔の黒皇に淡々とあしらわれる未来が見えたが、あえて口にはせず。
「ばらさないでくださいね」
「わかってるって!」
釘を刺し、「ふくれた顔もかわいいなぁ、梅梅~!」とデレデレなおじいちゃんに、苦笑する早梅だった。
ひどい悪阻がおさまった早梅は、解放感も手伝って、晴風のさそいにふたつ返事で了承した。
食事の支度をするという静燕を残し、青涼宮をあとにした早梅。
晴風に手を引かれ、えっちらおっちら歩くこと十数分ほど。信じられない光景を目のあたりにした。
風にそよぐ木々、色とりどりの花とたわむれる蝶々。
あたたかい陽気とかぐわしい香りにつつまれた色彩ゆたかな景色が、どこまでもひろがっている。
「すごい、桃源郷みたい……!」
「ははっ、桃源郷か。言い得て妙だねぇ。ここは俺自慢の庭さ。そいで、あっちのほうは果樹園。よく育ってるのは茘枝だが、『翠桃園』って名前だ」
「『翠桃園』……ですか」
晴風が指さした方角を見やる。
晴風の大好物の茘枝をはじめとしたさまざまな果実が栽培されているようだが、とくに目を引くものがあった。
ところ狭しとならんだ、金の葉が繁る立派な苗木だ。
「あっちには、ぜんぶで三千六百本の桃の木がある」
晴風はさらに続ける。
手前にある千二百本は、三千年で熟す。
ちいさな実で、これを食べると不老長生を得られる。
中にある千二百本は、六千年で熟す。
ほどよいおおきさの実で、これを食べると仙人になれる。
奥にある千二百本は、九千年で熟す。
一番おおきな実で、これを食べると天地が続くまで生き永らえることができる。
「いわゆる仙桃ってやつだ。実が成ったら、天界中の神やら仏やらを呼んで宴さ。そりゃあもう、どんちゃん騒ぎよ」
あれだけの数の桃の木を、ひとりで世話しているのだ。
なるほど、晴風がなかなか宮にいないわけだ。
「梅梅もあと二千年生きたら、手前の桃の木に実が成るころだぜ」
「あはは……まったく想像がつかないです」
「めちゃくちゃ美味いんだけど、青梅みたいに実がちっこくてなぁ。花の見た目も、桃っていうか梅だよ。翠い色をしてる」
──翠い梅花。
晴風の何気ない言葉が、早梅からにわかに思考を奪う。
「そういや、黒皇がどっか行っちまったのは、前に桃の実が成ったころだったか? まさかあいつ、盗み食いでも──」
「黒皇はそんなことしません」
「冗談だって。すねるなよ、梅梅~」
押しの強い晴風に圧倒されるのはいつものことだが、このときばかりは、ご機嫌とりにほおずりをされても上の空だった。
(翠い梅花……偶然か? いや)
──この世のすべては必然です。
脳裏に金王母の言葉がよみがえり、無意識のうちに、左の中指にはめた二連の指輪を右手で包み込んでいた。
「てか、黒皇はどこほっつき歩いてんだよ。あんだけ梅梅にくっついてたくせに」
「う……それはその、私のせいです」
「ほう、なんか面白そうなこと企んでんな。どういうことか説明してもらおうか」
「……手づくりの贈り物をしたいんですけど、完成するまで内緒にしたくて」
サプライズプレゼントができないため、それとなく添い寝を断るようになった。
それから、多くは訊かずに適度な距離を置いてくれる黒皇がありがたくもあり、申しわけない早梅である。
「ははぁ、なるほどねぇ。あいつも隅に置けねぇな」
にやりとあごをさする晴風の、悪い笑みったら。
変なちょっかいをかけに行き、真顔の黒皇に淡々とあしらわれる未来が見えたが、あえて口にはせず。
「ばらさないでくださいね」
「わかってるって!」
釘を刺し、「ふくれた顔もかわいいなぁ、梅梅~!」とデレデレなおじいちゃんに、苦笑する早梅だった。
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