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第一章『忍び寄る影編』
第四十六話 よみがえる記憶【前】
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名を呼ばれたような気がした。
直後、ぷつり、となにかが切れるような感覚。
はっと息を飲んだハヤメは、足をもつれさせてその場にくずれ落ちた。
「梅姐姐っ! だいじょうぶ!?」
先を走っていた憂炎がおどろき、駆け寄るも、見ひらかれた瑠璃の瞳はじわりとにじみ、血の気をうしなった唇がわなわなとふるえを訴える。
「あ……あぁ、あ……」
突如おぼえた、喪失感のわけは。
「紫月……そんな……いやぁ! 紫月っ、ずぅゆぇえええ!!」
あぁ、そうか……と。
泣きくずれるハヤメを前に、憂炎も悟った。
命懸けで自分たちを逃がしてくれた彼は、もう戻らないのだ。
「……いこう」
深谷の南門を飛びだして、ずいぶんと走った。
どこまでも続く夜道を、いつまで走り続ければいいのかも、さっぱりわからない。
それでも、立ち止まるわけにはいかないのだ。
「紫哥哥のためにも、いかないと!」
思いきり腕を引いて、ハヤメを立たせる。
よろめいたからだを、すかさず支えた。
「憂炎っ……」
胸もとほどの背丈しかない子が、自分の手を取って、寄り添ってくれている。
ひたむきな憂炎のはげましは、最後の希望だった。
(そうだ……逃げて、生きのびなければ)
死んでしまったら、紫月のために泣くこともできない。
つらくて、かなしいけれど、歯を食いしばって顔を上げる。
憂炎に支えられながら、おぼつかない足取りを一歩ずつ、ゆっくりでも進める。
薄くふり積もった雪道。あたりは生い茂った木々にかこまれ、たのみの綱は月明かりだけ。
そのわずかな道標さえも、悠然と立ちふさがった人影によってさえぎられてしまう。
「手こずらせてくれたな、早梅雪」
視界のみを確保した黒装束。
紫月と斬り合っていた、主犯格の男だ。
顔はわからずとも、その話し方、たたずまいから容易に推しはかれる。
「貴様のせいで、大勢の師弟たちが死んだ」
「そっちがさきに手をだしたんだろ! 梅姐姐のせいじゃない!」
勇敢にも、憂炎が両手をひろげてハヤメをかばい立つ。
やはり月白の耳としっぽの毛は逆立っており、こどもとはいえ、その姿は牙をむきだして威嚇する狼そのものだ。
敵意をあらわにした柘榴の瞳を受け、男の視線がハヤメからはずされた。
「あの方から命じられたのは、早梅雪の生け捕りのみ」
「憂炎!」
夢中で叫んだのと、蒼炎が放たれたのは、ほぼ同時。
「頭が高いぞ」
だが、はずした。
「犬は犬らしく、這いつくばっていればいいものを」
そればかりか、一瞬にして距離をつめた男によって、首を締め上げられてしまったのだ。
「あッ……はッ……!」
小柄な憂炎では、宙に浮いたからだをどうすることもできない。
苦悶の表情でばたつかせた足が、地表をかすめるだけ。
「憂炎をはなせ」
つと、男が視線を戻す。
ハヤメはとっさに取りだした小刀を、おのれの首に当て、にらみ返した。
「なんの真似だ」
「おまえたちの目的は、私なんだろう」
生け捕りというからには、死なれたら困る理由があるのだ。
「鬼ごっこで負けているのに、いまさら逃げようなんて思っちゃいないさ」
むろん、冗談でもない。
すこし力をかければ、刃がつぷりと首の表皮を裂き、ひとすじの血が流れだす。
これは賭けだ。生と死の綱わたりだ。
迷っている暇などない。
選ぶのだ。最小限の犠牲ですむ道を。
直後、ぷつり、となにかが切れるような感覚。
はっと息を飲んだハヤメは、足をもつれさせてその場にくずれ落ちた。
「梅姐姐っ! だいじょうぶ!?」
先を走っていた憂炎がおどろき、駆け寄るも、見ひらかれた瑠璃の瞳はじわりとにじみ、血の気をうしなった唇がわなわなとふるえを訴える。
「あ……あぁ、あ……」
突如おぼえた、喪失感のわけは。
「紫月……そんな……いやぁ! 紫月っ、ずぅゆぇえええ!!」
あぁ、そうか……と。
泣きくずれるハヤメを前に、憂炎も悟った。
命懸けで自分たちを逃がしてくれた彼は、もう戻らないのだ。
「……いこう」
深谷の南門を飛びだして、ずいぶんと走った。
どこまでも続く夜道を、いつまで走り続ければいいのかも、さっぱりわからない。
それでも、立ち止まるわけにはいかないのだ。
「紫哥哥のためにも、いかないと!」
思いきり腕を引いて、ハヤメを立たせる。
よろめいたからだを、すかさず支えた。
「憂炎っ……」
胸もとほどの背丈しかない子が、自分の手を取って、寄り添ってくれている。
ひたむきな憂炎のはげましは、最後の希望だった。
(そうだ……逃げて、生きのびなければ)
死んでしまったら、紫月のために泣くこともできない。
つらくて、かなしいけれど、歯を食いしばって顔を上げる。
憂炎に支えられながら、おぼつかない足取りを一歩ずつ、ゆっくりでも進める。
薄くふり積もった雪道。あたりは生い茂った木々にかこまれ、たのみの綱は月明かりだけ。
そのわずかな道標さえも、悠然と立ちふさがった人影によってさえぎられてしまう。
「手こずらせてくれたな、早梅雪」
視界のみを確保した黒装束。
紫月と斬り合っていた、主犯格の男だ。
顔はわからずとも、その話し方、たたずまいから容易に推しはかれる。
「貴様のせいで、大勢の師弟たちが死んだ」
「そっちがさきに手をだしたんだろ! 梅姐姐のせいじゃない!」
勇敢にも、憂炎が両手をひろげてハヤメをかばい立つ。
やはり月白の耳としっぽの毛は逆立っており、こどもとはいえ、その姿は牙をむきだして威嚇する狼そのものだ。
敵意をあらわにした柘榴の瞳を受け、男の視線がハヤメからはずされた。
「あの方から命じられたのは、早梅雪の生け捕りのみ」
「憂炎!」
夢中で叫んだのと、蒼炎が放たれたのは、ほぼ同時。
「頭が高いぞ」
だが、はずした。
「犬は犬らしく、這いつくばっていればいいものを」
そればかりか、一瞬にして距離をつめた男によって、首を締め上げられてしまったのだ。
「あッ……はッ……!」
小柄な憂炎では、宙に浮いたからだをどうすることもできない。
苦悶の表情でばたつかせた足が、地表をかすめるだけ。
「憂炎をはなせ」
つと、男が視線を戻す。
ハヤメはとっさに取りだした小刀を、おのれの首に当て、にらみ返した。
「なんの真似だ」
「おまえたちの目的は、私なんだろう」
生け捕りというからには、死なれたら困る理由があるのだ。
「鬼ごっこで負けているのに、いまさら逃げようなんて思っちゃいないさ」
むろん、冗談でもない。
すこし力をかければ、刃がつぷりと首の表皮を裂き、ひとすじの血が流れだす。
これは賭けだ。生と死の綱わたりだ。
迷っている暇などない。
選ぶのだ。最小限の犠牲ですむ道を。
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