70 / 70
本編
*69* パレード開始
しおりを挟む
「なんで、あたしなの……?」
「君は異世界から来たマザーであり、『夜眼』の持ち主でもある。様々なイレギュラーをかけ合わせた存在なんだ。それが理由だと断言するにはまだ早いけど、『彼ら』が君にご執心なことは間違いない」
だとするなら、あたしはどうすればいいんだろう。どうするのが正解なんだろう。
セントへレムを素敵な街にしようって、ジュリと約束したのに……みんなを守る力が、あたしにはない。
頭が、真っ白になった。
うなだれるあたしを見かねてか、衣擦れの音がして、純白の袖が視界を掠める。
「セントへレムのみんなは、無事だよ。キティが暴れるモンスターを倒したからね。治療が得意なうちの子たちも呼んでおいたから、怪我をしたひとたちも心配は要らない」
「イザナくん、タユヤさん、ありがとう……」
「助け合うのは当たり前のことだよ。気にしないで」
頭を撫でられる優しい手の感触がある。見上げた先で、はにかむアメシストがにじんだ。
「その上で、今度は真面目に話をするけど。うちにおいで、セリちゃん」
「それは、イグニクスにってこと?」
「そう。今すぐには無理だから、無事出産をして、産後の肥立ちも安定してから」
「出産直後のマザーほど、無防備なものはないわ。兵力においても、医療環境においても、イグニクス以上の場所はありません。わたくしも、イザナ先生の提案に賛成します」
あたしの目線に屈んで語りかけるイザナくんの落ち着いたまなざしや、真剣なオリーヴの声音に、涙があふれそうになる。
──あたしが、イグニクスへ。
ついこないだ冗談で流したことが、こんなに切実な現実味を帯びるだなんて。
「ごめん……」
「どうして謝るんだい」
「色々、迷惑かけちゃうから……」
みんな優しいから、あたしにはもったいないくらいよくしてくれる。
でも、だからって「それじゃあよろしくね」って頼りきりにするのは、違うと思う。
「あたし、悔しいよ……みんなに何も返せてない」
やっと前に進めたと思っていたのに、また途方もない道のりが広がった。
あたしの1歩は、取るに足りないちっぽけなものなんじゃないの? こんな調子で、目的地にたどり着けるの?
底知れない不安ばかりが、胸にはびこる。
あぁ……ダメだ。弱気になってしまう。しっかりしないといけないのに。
「黙って胸を貸すのが、先達のつとめ」
誰もが沈黙する中、水面を揺らしたような声音が響く。
そっと頬へふれられる感触にまばたきをする頃には、艷やかな紫紺の髪が目前を滑った。
「後進は黙って身をゆだねていればよい。芽は摘ませぬ」
「タユヤさん……」
「こちらこそ、大事なときにこんな話をしてごめん。大丈夫、怖がらなくていい。僕たちが守るからね」
「イザナくん……」
うつむいて、迷ってもいい。
だけど君は独りじゃないってことだけは、忘れないで。
声にしなくたって、イザナくんたちのそんな言葉が、聞こえるようだった。
そうだよ。あたしまで滅入ってたら、おなかの子まで悲しんじゃう。
守らなきゃ。それが母親の、いま成すべきことだ。
「みんな、力を貸してくれる?」
「当たり前だよ。みんな、母さんのために集まってるんだから」
「うん……ありがとね、ジュリ」
感極まって肩を震わせるあたしを、目線までかがみ込んできたジュリが抱きしめてくれる。
「ありがとう……みんな」
ジュリだけじゃない。ゼノも、オリーヴも、ヴィオさんも、リアンさんも、ネモちゃんも、タユヤさんも、イザナくんも、みんなあたたかくて、力強いうなずきで、応えてくれた。
「では、これからのお話なんだけれど──」
オリーヴが口を開こうとした、そのときだった。ぱぁ、とまばゆい光が走り、緑色の光の鱗粉を舞わせる蝶が現れた。
「パピヨン・メサージュ?」
「転移魔法が発動している……ウィンローズ騎士団内で、緊急時に使われるものです」
緊急時。その場にいた全員に緊張が走る。
いち早く反応したヴィオさんが、文書に姿を変えたパピヨン・メサージュへ素早く目を通し、険しげにペリドットを細める。
「街に、モンスターが出現したとのことです」
「街にですって。セントへレムとの地境を巡回している団員からは、報告はないのですか? ヴィオ姉様」
「あぁ。セントへレムから侵入したならば、街へ到達する前に討伐できるはずなのだが」
「うわさをすれば、なんとやら。十中八九『彼ら』の仕業だろうねぇ。レティ、詳細は?」
「モンスターの正確な数は、不明と」
「おやおや」
「街の人たちが危ないです! 早くどうにかしないと!」
「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません、レディー」
「ヴィオさん……?」
緊張事態には違いない。でも緊張はゆるめないまま、静かに受け答えるヴィオさんの表情は、落ち着いていた。
そして言葉を継いだのは、ネモちゃんだ。
「街にはモネが向かっています。『赤薔薇鼓笛隊』が、わがウィンローズの民を傷つけさせはしません」
「あかばら、こてきたい……」
ふと、思い出すことがある。
そうだモネちゃんも、ネモちゃんと同じ、ウィンローズ騎士団副団長だったんだ、って。
* * *
色とりどりの花とグリーンカーテンにあふれた街は、いつものにぎわいをひそめ、閑散としている。
「モネ様、市民の避難誘導が完了しました」
「おっけー! よーし、ここから大仕事ね」
ブタだかコウモリだかよくわかんないモンスターが、大群で押し寄せてくる。遠目から見てもキモいったらありゃしない。
「招かれざる客は、この噴水広場でお迎えしましょう」
コツリとブーツの底を鳴らして、ターン。軍服の燕尾とスカートがひるがえって、よし、ナイスポーズ!
「パレードの時間ね。『赤薔薇鼓笛隊』、行っくわよー!」
赤薔薇モチーフのバトンを、空高くへ放り投げる。
ひらひら、くるくると赤いリボンがダンスしたら、それが合図。
「私たちの音楽で、追い返してやるわ!」
ウィンローズの街に、軽快なリズムとメロディーが響きわたった。
「君は異世界から来たマザーであり、『夜眼』の持ち主でもある。様々なイレギュラーをかけ合わせた存在なんだ。それが理由だと断言するにはまだ早いけど、『彼ら』が君にご執心なことは間違いない」
だとするなら、あたしはどうすればいいんだろう。どうするのが正解なんだろう。
セントへレムを素敵な街にしようって、ジュリと約束したのに……みんなを守る力が、あたしにはない。
頭が、真っ白になった。
うなだれるあたしを見かねてか、衣擦れの音がして、純白の袖が視界を掠める。
「セントへレムのみんなは、無事だよ。キティが暴れるモンスターを倒したからね。治療が得意なうちの子たちも呼んでおいたから、怪我をしたひとたちも心配は要らない」
「イザナくん、タユヤさん、ありがとう……」
「助け合うのは当たり前のことだよ。気にしないで」
頭を撫でられる優しい手の感触がある。見上げた先で、はにかむアメシストがにじんだ。
「その上で、今度は真面目に話をするけど。うちにおいで、セリちゃん」
「それは、イグニクスにってこと?」
「そう。今すぐには無理だから、無事出産をして、産後の肥立ちも安定してから」
「出産直後のマザーほど、無防備なものはないわ。兵力においても、医療環境においても、イグニクス以上の場所はありません。わたくしも、イザナ先生の提案に賛成します」
あたしの目線に屈んで語りかけるイザナくんの落ち着いたまなざしや、真剣なオリーヴの声音に、涙があふれそうになる。
──あたしが、イグニクスへ。
ついこないだ冗談で流したことが、こんなに切実な現実味を帯びるだなんて。
「ごめん……」
「どうして謝るんだい」
「色々、迷惑かけちゃうから……」
みんな優しいから、あたしにはもったいないくらいよくしてくれる。
でも、だからって「それじゃあよろしくね」って頼りきりにするのは、違うと思う。
「あたし、悔しいよ……みんなに何も返せてない」
やっと前に進めたと思っていたのに、また途方もない道のりが広がった。
あたしの1歩は、取るに足りないちっぽけなものなんじゃないの? こんな調子で、目的地にたどり着けるの?
底知れない不安ばかりが、胸にはびこる。
あぁ……ダメだ。弱気になってしまう。しっかりしないといけないのに。
「黙って胸を貸すのが、先達のつとめ」
誰もが沈黙する中、水面を揺らしたような声音が響く。
そっと頬へふれられる感触にまばたきをする頃には、艷やかな紫紺の髪が目前を滑った。
「後進は黙って身をゆだねていればよい。芽は摘ませぬ」
「タユヤさん……」
「こちらこそ、大事なときにこんな話をしてごめん。大丈夫、怖がらなくていい。僕たちが守るからね」
「イザナくん……」
うつむいて、迷ってもいい。
だけど君は独りじゃないってことだけは、忘れないで。
声にしなくたって、イザナくんたちのそんな言葉が、聞こえるようだった。
そうだよ。あたしまで滅入ってたら、おなかの子まで悲しんじゃう。
守らなきゃ。それが母親の、いま成すべきことだ。
「みんな、力を貸してくれる?」
「当たり前だよ。みんな、母さんのために集まってるんだから」
「うん……ありがとね、ジュリ」
感極まって肩を震わせるあたしを、目線までかがみ込んできたジュリが抱きしめてくれる。
「ありがとう……みんな」
ジュリだけじゃない。ゼノも、オリーヴも、ヴィオさんも、リアンさんも、ネモちゃんも、タユヤさんも、イザナくんも、みんなあたたかくて、力強いうなずきで、応えてくれた。
「では、これからのお話なんだけれど──」
オリーヴが口を開こうとした、そのときだった。ぱぁ、とまばゆい光が走り、緑色の光の鱗粉を舞わせる蝶が現れた。
「パピヨン・メサージュ?」
「転移魔法が発動している……ウィンローズ騎士団内で、緊急時に使われるものです」
緊急時。その場にいた全員に緊張が走る。
いち早く反応したヴィオさんが、文書に姿を変えたパピヨン・メサージュへ素早く目を通し、険しげにペリドットを細める。
「街に、モンスターが出現したとのことです」
「街にですって。セントへレムとの地境を巡回している団員からは、報告はないのですか? ヴィオ姉様」
「あぁ。セントへレムから侵入したならば、街へ到達する前に討伐できるはずなのだが」
「うわさをすれば、なんとやら。十中八九『彼ら』の仕業だろうねぇ。レティ、詳細は?」
「モンスターの正確な数は、不明と」
「おやおや」
「街の人たちが危ないです! 早くどうにかしないと!」
「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません、レディー」
「ヴィオさん……?」
緊張事態には違いない。でも緊張はゆるめないまま、静かに受け答えるヴィオさんの表情は、落ち着いていた。
そして言葉を継いだのは、ネモちゃんだ。
「街にはモネが向かっています。『赤薔薇鼓笛隊』が、わがウィンローズの民を傷つけさせはしません」
「あかばら、こてきたい……」
ふと、思い出すことがある。
そうだモネちゃんも、ネモちゃんと同じ、ウィンローズ騎士団副団長だったんだ、って。
* * *
色とりどりの花とグリーンカーテンにあふれた街は、いつものにぎわいをひそめ、閑散としている。
「モネ様、市民の避難誘導が完了しました」
「おっけー! よーし、ここから大仕事ね」
ブタだかコウモリだかよくわかんないモンスターが、大群で押し寄せてくる。遠目から見てもキモいったらありゃしない。
「招かれざる客は、この噴水広場でお迎えしましょう」
コツリとブーツの底を鳴らして、ターン。軍服の燕尾とスカートがひるがえって、よし、ナイスポーズ!
「パレードの時間ね。『赤薔薇鼓笛隊』、行っくわよー!」
赤薔薇モチーフのバトンを、空高くへ放り投げる。
ひらひら、くるくると赤いリボンがダンスしたら、それが合図。
「私たちの音楽で、追い返してやるわ!」
ウィンローズの街に、軽快なリズムとメロディーが響きわたった。
0
お気に入りに追加
15
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】星夜に種を
はーこ
恋愛
人が樹から生まれる異世界で、唯一こどもを生むことのできる『マザー』に。
さながら聖女ならぬ聖母ってか?
ビビリなOLが、こどもを生んで世界を救う!
◇ ◇ ◇
異世界転移したビビリなOLが聖母になり、ツッコミを入れたり絶叫しながらイケメンの息子や絡繰人形や騎士と世界を救っていく、ハートフルラブコメファンタジー(笑)です。
★基本コメディ、突然のシリアスの温度差。グッピーに優しくない。
★無自覚ヒロイン愛され。
★男性×女性はもちろん、女性×女性の恋愛、いわゆる百合描写があります。お花が咲きまくってる。
★麗しのイケメンお姉様から口説かれたい方集まれ。
**********
◆『第16回恋愛小説大賞』にエントリー中です。投票・エールお願いします!
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる