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本編
*68* 異質なる力
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「ここはウィンローズ邸の敷地内にある、礼拝堂の地下室よ」
まばゆいばかりの空間に、ふいのソプラノが響き渡る。
見れば先ほどジュリが出て行ったドアから、オリーヴ、イザナくん、タユヤさん、ヴィオさん、リアンさん、ネモちゃんと、そうそうたる顔ぶれが続々と集まった。
最後に入室したジュリが無言で鍵をかけ、腰を上げてみんなへ一礼したゼノがベッドサイドへ下がったことで、異様な空気感を肌で感じ取った。
「目が覚めて安心したわ、セリ」
「ありがとう、オリーヴ。それにしても、礼拝堂の地下室……? なんでまたそんなところに?」
「ここはたどり着くまでに複雑な魔法陣が張り巡らされていてね。外部からの干渉を受けない、いざというときの避難場所になっているのよ」
「避難場所……って、え!?」
ちょっと待って。オリーヴの言い方だと、つまり。
「黒眼の乙女子よ。ぬしは厄介な痴れ者らに目をつけられている」
まさかと思っていたことが、タユヤさんの言葉で現実となる。思わず、身がこわばった。
「キティ、ストレートすぎるよ。セリちゃんが怖がってる」
「言葉を曲げたとて事実は変わるまい。許せ」
たぶん、だけど。タユヤさんなりに気を遣ってくれたんだと思う。これから「そういう話」をするぞって。
「……あたしが寝てる間に、何が起きたの?」
平和なウィンローズで、一体何が。
「『起きた』というより、『これから起こるかもしれない』といったほうが正確かしら」
歩み寄ってきたオリーヴが、そっとベッドへ腰かけ、あたしの手を取る。
「タユヤ様があるしらせを持ってきてくださったの。あなたにとっては、喜ばしくないしらせだわ」
「……というと?」
「『嘆きの森』でのことは、覚えているわね」
「それって……!」
何者かによって、ウンディーネが操られていた事件のことだ。
あの後マザー全員にパピヨン・メサージュが飛ばされ、情報共有がされていたはず。
「先日、東の乙女よりしらせがあってな。懲りずに母なる大地を侵さんともくろむ痴れ者がいたと」
「ウンディーネを操っていたのが何者か、わかったんですか!?」
す……と、白い手のひらに制される。
身を乗り出していたことに気づき、いそいそとベッドヘッドに背をくっつけた。
「事の仔細は、不明だ」
「どういう、ことですか……?」
「マザー・アクアリアの話を聞く限り、直接遭遇したわけではないみたいでね。魔力でも神力でもない、『異質なる力』の痕跡だけが、そこにあったんだそうだ」
たとえるなら、消えかけの煙。
何者なのか、目的は何なのかを突き止める前に、嫌な『におい』だけを残して消えてしまったのだと、イザナくんは続ける。
「同様のことが、グレイメアでも起きたみたいでね。そして、僕が留守にしていたイグニクスでも」
「アクアリアだけじゃなく、グレイメア、イグニクスでも……!?」
「幸い被害らしい被害は出ていないよ。まぁ、うちの子たちが簡単に負けるわけがないんだけど」
たしかに、マザー・イグニクスの、タユヤさんのこどもということは、イザナくんのこどもでもある。
そんなイグニクスの民にも喧嘩を売ったなら、相当な命知らずってことはわかるけど。
「それじゃあ、タユヤさんがウィンローズに来た理由って」
「思うところがあり、単身参った次第だ。道中、中央の地へも参じたが──結論から言う。当分戻らぬほうがよかろう」
「……どうしてか、訊いてもいいですか?」
「荒らされていたがゆえ。ぬしの屋敷ではない、セントへレムの街が、だ」
血の気が引く思いだった。
「『異質なる力』を持つ者──便宜上『彼ら』と呼ぶことにしよう。これは僕の仮説なんだけど、『嘆きの森』での一件は、『彼ら』の仕掛けのひとつだったんじゃないかな」
『嘆きの森』は、あたしたちの屋敷を取り囲むように広がるモンスターの住処だった。外部からの立ち入りは難しい。
そこへ、自我を奪ったウンディーネを閉じ込めた。解放するためには、邪悪を払うマザーの神力が必要だと知っていて。
ウンディーネを苦しめていた鎖が断ち切られたことで、『彼ら』は新しいマザー・セントへレムの存在を認識したのだ。
そこでセントへレムの街を襲撃したのだとすれば、導き出される答えはひとつ。
「『彼ら』の狙いは、セリちゃん、君かもしれない」
ぞっとした。
今こうして、秘密裏にウィンローズを訪れていなかったら。もしものことを考えるだけで恐ろしい。
まばゆいばかりの空間に、ふいのソプラノが響き渡る。
見れば先ほどジュリが出て行ったドアから、オリーヴ、イザナくん、タユヤさん、ヴィオさん、リアンさん、ネモちゃんと、そうそうたる顔ぶれが続々と集まった。
最後に入室したジュリが無言で鍵をかけ、腰を上げてみんなへ一礼したゼノがベッドサイドへ下がったことで、異様な空気感を肌で感じ取った。
「目が覚めて安心したわ、セリ」
「ありがとう、オリーヴ。それにしても、礼拝堂の地下室……? なんでまたそんなところに?」
「ここはたどり着くまでに複雑な魔法陣が張り巡らされていてね。外部からの干渉を受けない、いざというときの避難場所になっているのよ」
「避難場所……って、え!?」
ちょっと待って。オリーヴの言い方だと、つまり。
「黒眼の乙女子よ。ぬしは厄介な痴れ者らに目をつけられている」
まさかと思っていたことが、タユヤさんの言葉で現実となる。思わず、身がこわばった。
「キティ、ストレートすぎるよ。セリちゃんが怖がってる」
「言葉を曲げたとて事実は変わるまい。許せ」
たぶん、だけど。タユヤさんなりに気を遣ってくれたんだと思う。これから「そういう話」をするぞって。
「……あたしが寝てる間に、何が起きたの?」
平和なウィンローズで、一体何が。
「『起きた』というより、『これから起こるかもしれない』といったほうが正確かしら」
歩み寄ってきたオリーヴが、そっとベッドへ腰かけ、あたしの手を取る。
「タユヤ様があるしらせを持ってきてくださったの。あなたにとっては、喜ばしくないしらせだわ」
「……というと?」
「『嘆きの森』でのことは、覚えているわね」
「それって……!」
何者かによって、ウンディーネが操られていた事件のことだ。
あの後マザー全員にパピヨン・メサージュが飛ばされ、情報共有がされていたはず。
「先日、東の乙女よりしらせがあってな。懲りずに母なる大地を侵さんともくろむ痴れ者がいたと」
「ウンディーネを操っていたのが何者か、わかったんですか!?」
す……と、白い手のひらに制される。
身を乗り出していたことに気づき、いそいそとベッドヘッドに背をくっつけた。
「事の仔細は、不明だ」
「どういう、ことですか……?」
「マザー・アクアリアの話を聞く限り、直接遭遇したわけではないみたいでね。魔力でも神力でもない、『異質なる力』の痕跡だけが、そこにあったんだそうだ」
たとえるなら、消えかけの煙。
何者なのか、目的は何なのかを突き止める前に、嫌な『におい』だけを残して消えてしまったのだと、イザナくんは続ける。
「同様のことが、グレイメアでも起きたみたいでね。そして、僕が留守にしていたイグニクスでも」
「アクアリアだけじゃなく、グレイメア、イグニクスでも……!?」
「幸い被害らしい被害は出ていないよ。まぁ、うちの子たちが簡単に負けるわけがないんだけど」
たしかに、マザー・イグニクスの、タユヤさんのこどもということは、イザナくんのこどもでもある。
そんなイグニクスの民にも喧嘩を売ったなら、相当な命知らずってことはわかるけど。
「それじゃあ、タユヤさんがウィンローズに来た理由って」
「思うところがあり、単身参った次第だ。道中、中央の地へも参じたが──結論から言う。当分戻らぬほうがよかろう」
「……どうしてか、訊いてもいいですか?」
「荒らされていたがゆえ。ぬしの屋敷ではない、セントへレムの街が、だ」
血の気が引く思いだった。
「『異質なる力』を持つ者──便宜上『彼ら』と呼ぶことにしよう。これは僕の仮説なんだけど、『嘆きの森』での一件は、『彼ら』の仕掛けのひとつだったんじゃないかな」
『嘆きの森』は、あたしたちの屋敷を取り囲むように広がるモンスターの住処だった。外部からの立ち入りは難しい。
そこへ、自我を奪ったウンディーネを閉じ込めた。解放するためには、邪悪を払うマザーの神力が必要だと知っていて。
ウンディーネを苦しめていた鎖が断ち切られたことで、『彼ら』は新しいマザー・セントへレムの存在を認識したのだ。
そこでセントへレムの街を襲撃したのだとすれば、導き出される答えはひとつ。
「『彼ら』の狙いは、セリちゃん、君かもしれない」
ぞっとした。
今こうして、秘密裏にウィンローズを訪れていなかったら。もしものことを考えるだけで恐ろしい。
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