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本編
*64* 物理的なごあいさつ
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ウィンローズ邸の薔薇園では、少しひんやりとしたそよ風が吹き抜けていた。
「ぽかぽかお散歩日和にさ、ひょこひょこ跳ね回ってる白ウサギがいたんだよ」
「へぇ、それは和むねぇ」
「そしたらさ、その白ウサギが急に飛び蹴りを繰り出して柵をバッキバキに壊したと思ったら、その中で喧嘩してたオオカミだかライオンだか、とにかく猛獣たちを黙らせたわけだよ」
「えっ、本当かい? びっくりだね!」
「でしょ。オレもいまだに信じられないよ、白ウサギさん」
キラキラと雪の結晶が舞う庭園。青藍の髪を銀色の風に遊ばせた少年が、爽やかシャイニングスマイルを炸裂させる。
それを受けたプラチナブロンドの少年も、にっこり。
「あはっ」
見た目は儚げ美少年、中身はおっちょこちょいおじいちゃん。
すでにお腹いっぱいな気がしないでもないけど、ダメ押しの属性が追加される。
その名もズバリ、チート。
「『銀雪の魔術師』『雪華の剣聖』──どちらも、イザナ先生の尊称です。先生は魔術だけでなく、剣の腕もエデン最高峰でいらっしゃいますわ」
「だから買い被り過ぎだってば、リリィ。僕は剣よりペンを握っているほうが──」
云々かんぬん言っているイザナくんの、頭のてっぺんからつま先までを見下ろしてみた。
真っ赤な軍服。腰には二振りの純白の鞘。
一応戦闘後なのに汗ひとつかいていなければ、服にシワもない。
どこからどう見ても、デキる人のいでたちである。
これが、白無垢ローブの下の全容。君は歩くびっくり玉手箱か何かなの?
「僕のことはさておいて」
こほんと咳払いをしたかと思えば、背筋を伸ばした後、深々~と頭を下げるイザナくん。
「いきなり矢を射たり斬りかかるなんて……うちのキティがお騒がせしました」
「誰がキティだ」
「おてんばな子猫ちゃんには、僕からもよ~く言って聞かせておくので」
「誰が子猫ちゃんだ」
「もう! ふくれてないで、ターちゃんからもごめんなさいして!」
もしかしてあたしは、今ものすごい光景を目の当たりにしたんだろうか。
ぷんぷん! という効果音がよく似合うお説教口調で、お母さんみたいにイザナくんが叱っていたのは、『お母さん』という。
「ターちゃんって、言うな!」
武芸に秀でたマザー・イグニクス。エデンの剣客。
鋭く研ぎ澄まされた刃のように一分の隙もなかったタユヤさんの驚くべき一面が、悪気のまったくないイザナくんによって周知された瞬間だった。
* * *
名乗りもそこそこに一発しゃれ込むのは、猛者の集う南の大地イグニクス流の友好のご挨拶らしい。
肉体言語で語り合う的な? ここウィンローズですけどね。
「美女と野獣? あれは野獣と野獣じゃ、あたっ!」
「タユヤ様とイザナ先生に失礼ですよ」
「やっぱオレの扱いがひどいよね! なんで急に叩くの、頭蓋骨砕けたらどうしてくれるの!」
「ジュリ様の分際で一丁前に痛がってるんですか? 神経通ってないくせに?」
「つまりは無神経って言いたいってことで合ってるかな!?」
「わかってるならせめて耐える姿勢くらい見せてくださいよ。男のくせにこれしきのことでピーピー泣き叫んでみっともない」
「規格外なネモが相手なんだから仕方ないと思うけど!?」
「うるさい! 曲がりなりにもセリ様を任されている自覚があるのかって訊いてるの、私は!」
「まぁまぁ」
「そこまでにしておきなさい」
あっちが落ち着いたと思えば、今度はこっち。言い合いを始めたジュリとネモちゃんを、リアンさんとヴィオさんが仲裁していた。
あたしはといえば、気優しくて滅多に怒らないジュリが、やたら声を張り上げる様子に驚いていた。
何だろう、余裕がないっていうか。
「もう何でもいいから、早くこれどうにかしてよ、イザナ……」
「うん? あっ、ごめんごめん」
もはや怨念のトーンでジト目を寄越すジュリ。
ぽんっと手を叩いたイザナくんは、おもむろに歩み出した。
コツリ、コツリ。ブーツのふれた箇所から、地面がピシリと薄氷に凍てつく。
それでも軸のぶれない足取りで歩み寄ってきたイザナくんは腰を屈めると、あたしを抱えて蹲るジュリへ手を伸ばした。
衣擦れがして、包み込んでいたぬくもりが離れる。
「はー……重かった……やっと息ができる」
装備者の魔力量に比例して重くなるという特殊なローブ。
「鋼鉄の鎧でも着ているみたいだ」と称していた負荷から解放され、ジュリは安堵のため息を隠せない。
「ぽかぽかお散歩日和にさ、ひょこひょこ跳ね回ってる白ウサギがいたんだよ」
「へぇ、それは和むねぇ」
「そしたらさ、その白ウサギが急に飛び蹴りを繰り出して柵をバッキバキに壊したと思ったら、その中で喧嘩してたオオカミだかライオンだか、とにかく猛獣たちを黙らせたわけだよ」
「えっ、本当かい? びっくりだね!」
「でしょ。オレもいまだに信じられないよ、白ウサギさん」
キラキラと雪の結晶が舞う庭園。青藍の髪を銀色の風に遊ばせた少年が、爽やかシャイニングスマイルを炸裂させる。
それを受けたプラチナブロンドの少年も、にっこり。
「あはっ」
見た目は儚げ美少年、中身はおっちょこちょいおじいちゃん。
すでにお腹いっぱいな気がしないでもないけど、ダメ押しの属性が追加される。
その名もズバリ、チート。
「『銀雪の魔術師』『雪華の剣聖』──どちらも、イザナ先生の尊称です。先生は魔術だけでなく、剣の腕もエデン最高峰でいらっしゃいますわ」
「だから買い被り過ぎだってば、リリィ。僕は剣よりペンを握っているほうが──」
云々かんぬん言っているイザナくんの、頭のてっぺんからつま先までを見下ろしてみた。
真っ赤な軍服。腰には二振りの純白の鞘。
一応戦闘後なのに汗ひとつかいていなければ、服にシワもない。
どこからどう見ても、デキる人のいでたちである。
これが、白無垢ローブの下の全容。君は歩くびっくり玉手箱か何かなの?
「僕のことはさておいて」
こほんと咳払いをしたかと思えば、背筋を伸ばした後、深々~と頭を下げるイザナくん。
「いきなり矢を射たり斬りかかるなんて……うちのキティがお騒がせしました」
「誰がキティだ」
「おてんばな子猫ちゃんには、僕からもよ~く言って聞かせておくので」
「誰が子猫ちゃんだ」
「もう! ふくれてないで、ターちゃんからもごめんなさいして!」
もしかしてあたしは、今ものすごい光景を目の当たりにしたんだろうか。
ぷんぷん! という効果音がよく似合うお説教口調で、お母さんみたいにイザナくんが叱っていたのは、『お母さん』という。
「ターちゃんって、言うな!」
武芸に秀でたマザー・イグニクス。エデンの剣客。
鋭く研ぎ澄まされた刃のように一分の隙もなかったタユヤさんの驚くべき一面が、悪気のまったくないイザナくんによって周知された瞬間だった。
* * *
名乗りもそこそこに一発しゃれ込むのは、猛者の集う南の大地イグニクス流の友好のご挨拶らしい。
肉体言語で語り合う的な? ここウィンローズですけどね。
「美女と野獣? あれは野獣と野獣じゃ、あたっ!」
「タユヤ様とイザナ先生に失礼ですよ」
「やっぱオレの扱いがひどいよね! なんで急に叩くの、頭蓋骨砕けたらどうしてくれるの!」
「ジュリ様の分際で一丁前に痛がってるんですか? 神経通ってないくせに?」
「つまりは無神経って言いたいってことで合ってるかな!?」
「わかってるならせめて耐える姿勢くらい見せてくださいよ。男のくせにこれしきのことでピーピー泣き叫んでみっともない」
「規格外なネモが相手なんだから仕方ないと思うけど!?」
「うるさい! 曲がりなりにもセリ様を任されている自覚があるのかって訊いてるの、私は!」
「まぁまぁ」
「そこまでにしておきなさい」
あっちが落ち着いたと思えば、今度はこっち。言い合いを始めたジュリとネモちゃんを、リアンさんとヴィオさんが仲裁していた。
あたしはといえば、気優しくて滅多に怒らないジュリが、やたら声を張り上げる様子に驚いていた。
何だろう、余裕がないっていうか。
「もう何でもいいから、早くこれどうにかしてよ、イザナ……」
「うん? あっ、ごめんごめん」
もはや怨念のトーンでジト目を寄越すジュリ。
ぽんっと手を叩いたイザナくんは、おもむろに歩み出した。
コツリ、コツリ。ブーツのふれた箇所から、地面がピシリと薄氷に凍てつく。
それでも軸のぶれない足取りで歩み寄ってきたイザナくんは腰を屈めると、あたしを抱えて蹲るジュリへ手を伸ばした。
衣擦れがして、包み込んでいたぬくもりが離れる。
「はー……重かった……やっと息ができる」
装備者の魔力量に比例して重くなるという特殊なローブ。
「鋼鉄の鎧でも着ているみたいだ」と称していた負荷から解放され、ジュリは安堵のため息を隠せない。
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