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本編
*63* 氷雪の舞
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「私も片手で数えられるほどしかお目にかかったことがない。ネモ、おまえも剣を極める者なら、よく見ておきなさい」
「ヴィオ姉様……はい!」
ヴィオさんの言わんとすることを悟ったのだろう。力強くうなずいたネモちゃんは背筋を伸ばして、青空の向こうを見つめる。
つぎはぎの夜空を見据えたプラチナブロンドの後ろ姿。
ゆったりと歩み寄る合間に交差した細腕が、腰の両側に提げられた純白の鞘から、音もなく得物を抜き払う。
ゼノやヴィオさん、ネモちゃんたちが使っていた剣とは違う。だけどあたしには、不思議と馴染みのあるシルエット。
あの特徴的な細身の刃は、刀だ。
太刀というほど長さはない、と思う。なんというんだったか……脇差?
すらりと真っ直ぐに伸びた二振りの刀身は透き通るような純白で、思わず息を飲む。
やがてぴたりと歩を止めた少年が、細腕を掲げる。鋒と鋒をふれあわせた真白の鋼で、大空を捉える。
「氷雪の舞──『初霜六花』」
天に捧げる、祈りのような声音が響き渡った。
ヒュオウ……
北風に撫でられたような気がして、首を縮める。
だけど勘違いでも何でもなかった。
くるり、くるり。
少年が廻り踊る。
白雪のごとき双刀が宙を撫で、静寂にゆるやかな軌跡を描く。
その度にひやりとした風が巻き起こり、純白の余韻に漂う仄かな光を舞い上げる。
少年は廻り踊る。
舞い上がった純白の光が、ぱっと弾けた。
非常に微細な粒子となって散ったそれは、陽光を反射してキラキラと降り注ぐ。
思わず伸ばした手のひらに、ちいさな結晶がひらりと舞い落ちる。またたく間に溶け入る、儚き白銀の花。
ブーツが軽やかに蹴った場所から、地面が銀氷に覆われてゆく。
白銀の降りしきるく氷上で、少年は廻り踊っていた。
「きれい……」
それ以外の言葉が見つからない。ただひたすらに、美しい光景だった。
幻想的な白銀の静寂は、やがて凪いだ月夜のごとき声音によって波紋を広げる。
「真白き天道より主は来ませり。いざや廻り踊りては薄氷を爪弾かん──」
ヒュルリ……
風向きが変わる。
渦を巻くように純白の刀身を白銀の結晶が包み込んだ刹那、少年が消え失せた。
正しくは、その姿は青の彼方に在った。
時間をも置き去りにした一瞬のうちに跳躍。およそ常人では考えられない身のこなしで遥か上空に身を躍らせ、交差した純白の鋒に漆黒を捉える。
「──雪華招来」
左右に振り抜かれた刃と刃から、真白の衝撃波が放たれる。
大気を切り裂く風の刃が漆黒の帳へ襲いかかり、沈黙の夜空にふたつの三日月が弧を描いた。
揺らめく黒。白い軌跡によって断ち切られた帳が、煙のように消えゆく。
まばたきも忘れてそのさまを見届け、そして見つけた。舞い狂う白銀の中に、濡れ羽髪の青年を。見開いたこがねが、捉えている女性を。
「ダメっ……!」
とっさに伸ばした右手は、きっと届かない。
けれど着地したそばから地を蹴った少年のプラチナブロンドが、止まった視界に翻った。
鋼の衝突する甲高い音が響き渡り、今まさに斬り結ぼうとしていた剣と剣が、あらぬ方向へ弾かれる。
「なっ……」
「おまえは──」
つかの間の静けさの中、依然として舞う雪の華がキラキラと綺麗なばかりで。
「ふたりとも……そこまでにしなさーい!」
決着は、なんともまぁ、気の抜けるものだった。
「ヴィオ姉様……はい!」
ヴィオさんの言わんとすることを悟ったのだろう。力強くうなずいたネモちゃんは背筋を伸ばして、青空の向こうを見つめる。
つぎはぎの夜空を見据えたプラチナブロンドの後ろ姿。
ゆったりと歩み寄る合間に交差した細腕が、腰の両側に提げられた純白の鞘から、音もなく得物を抜き払う。
ゼノやヴィオさん、ネモちゃんたちが使っていた剣とは違う。だけどあたしには、不思議と馴染みのあるシルエット。
あの特徴的な細身の刃は、刀だ。
太刀というほど長さはない、と思う。なんというんだったか……脇差?
すらりと真っ直ぐに伸びた二振りの刀身は透き通るような純白で、思わず息を飲む。
やがてぴたりと歩を止めた少年が、細腕を掲げる。鋒と鋒をふれあわせた真白の鋼で、大空を捉える。
「氷雪の舞──『初霜六花』」
天に捧げる、祈りのような声音が響き渡った。
ヒュオウ……
北風に撫でられたような気がして、首を縮める。
だけど勘違いでも何でもなかった。
くるり、くるり。
少年が廻り踊る。
白雪のごとき双刀が宙を撫で、静寂にゆるやかな軌跡を描く。
その度にひやりとした風が巻き起こり、純白の余韻に漂う仄かな光を舞い上げる。
少年は廻り踊る。
舞い上がった純白の光が、ぱっと弾けた。
非常に微細な粒子となって散ったそれは、陽光を反射してキラキラと降り注ぐ。
思わず伸ばした手のひらに、ちいさな結晶がひらりと舞い落ちる。またたく間に溶け入る、儚き白銀の花。
ブーツが軽やかに蹴った場所から、地面が銀氷に覆われてゆく。
白銀の降りしきるく氷上で、少年は廻り踊っていた。
「きれい……」
それ以外の言葉が見つからない。ただひたすらに、美しい光景だった。
幻想的な白銀の静寂は、やがて凪いだ月夜のごとき声音によって波紋を広げる。
「真白き天道より主は来ませり。いざや廻り踊りては薄氷を爪弾かん──」
ヒュルリ……
風向きが変わる。
渦を巻くように純白の刀身を白銀の結晶が包み込んだ刹那、少年が消え失せた。
正しくは、その姿は青の彼方に在った。
時間をも置き去りにした一瞬のうちに跳躍。およそ常人では考えられない身のこなしで遥か上空に身を躍らせ、交差した純白の鋒に漆黒を捉える。
「──雪華招来」
左右に振り抜かれた刃と刃から、真白の衝撃波が放たれる。
大気を切り裂く風の刃が漆黒の帳へ襲いかかり、沈黙の夜空にふたつの三日月が弧を描いた。
揺らめく黒。白い軌跡によって断ち切られた帳が、煙のように消えゆく。
まばたきも忘れてそのさまを見届け、そして見つけた。舞い狂う白銀の中に、濡れ羽髪の青年を。見開いたこがねが、捉えている女性を。
「ダメっ……!」
とっさに伸ばした右手は、きっと届かない。
けれど着地したそばから地を蹴った少年のプラチナブロンドが、止まった視界に翻った。
鋼の衝突する甲高い音が響き渡り、今まさに斬り結ぼうとしていた剣と剣が、あらぬ方向へ弾かれる。
「なっ……」
「おまえは──」
つかの間の静けさの中、依然として舞う雪の華がキラキラと綺麗なばかりで。
「ふたりとも……そこまでにしなさーい!」
決着は、なんともまぁ、気の抜けるものだった。
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