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本編

*56* マタニティ・シャイン

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 ジュリにゼノ。ヴィオさんにネモちゃん。
 それが、高熱と吐き気が引いてきたかと思えば、足が生まれたての子鹿みたくなって歩けなくなってしまった星凛さんに、文字通り手を差し伸べてくれた人たちだ。

 あ、これ、どこへ行くにも抱っこされるやつ……

 どこぞの魔の森で貴重な経験をしたあたしは、蘇るその後の記憶に悟りを開いた。

「そんなこともあろうかと、私のゴーレムさんですわ」

「さすがですリアンさん!」

 イザナくんがやってくれました。にこにこ笑ってどこかへ行ったかと思えば、リアンさんを呼んできてくれたんだ。
 リアンさんもリアンさんで、積み木で作ったカラフルな木馬のトイ・ゴーレムを用意してくれていた。
『嘆きの森』の事件後に、あたしが神力不足で歩けなくなった事例があったことを見越して、らしい。

 これによって、前述の『星凛さん抱っこし隊』の誰かひとりを贔屓することなく、かつ穏便に話が進められるという、あたしにとってもやさしい展開が実現した。

 パカラ、パカラ。

 特徴的でコミカルな足音に揺られながら、晴天下の薔薇園を散歩する。
 丸1日ぶりにおひさまを浴びただけで、こうも劇的に気分まで晴れるんだ。
 やっぱり広い青空を見上げて深呼吸をするのは気持ちがいいなぁ。四方八方を厳重警備で固められてるのはさておきね。

「お散歩さいこー」

「ふふ、それはようございました。そうですわ、今日は趣向を変えて、お空の旅でもいかがです?」

「へ? お空の旅……?」

「私のグリフォン・ゴーレムさんで、この薔薇園を空中から一望でも──」

「あっお気持ちは嬉しいですけどまたの機会に」

 絶叫マシンが大の苦手な星凛さんだ。ウィンローズ邸みたいな4階建てならギリ平気だけど、それ以上は無理。高所恐怖症が発症してしまう。
 リアンさんの口ぶりからしても、敷地の半分を占める広大なこの薔薇園を一望するために、かなり高度のある空の旅になるだろう。

 ギャン泣きして醜態をさらす前に、丁重にお断り申し上げた。
 笑顔が引きつるあたしの心情を察してか、「リアン」とひと言だけ発するヴィオさん。その隣で、ぱちりとペリドットを瞬かせるリアンさん。

「あらあら、これは失礼いたしました」

 この間約3秒足らず。意思疎通完璧か。これが双子ミラクルか。
 いや、あたしとリアンさん両方にテレパシーを送受信してみせたヴィオさんが天才なのか。
 尊敬のまなざしでヴィオさんを見つめると、ふわりと花の笑みを惜しげもなくいただいた。くっ……相変わらず顔がいい……!

「……セリ様かわいい、好き……」

 ちょっといい加減にしてほしい美貌(褒め言葉)にくらりときたら、そんなあたしを目にしたネモちゃんは身悶えているという。
 特に目立った行動をしなくてもしきりにこうしたことをつぶやいているので、口癖なのかもしれない。解せぬ。

 パカラ、パカラ。

 のどかな時間が流れる。

「ビ、ビ、ビヨヨン!」とあたしのお膝の上でごきげんな水の妖精さん。
「わらびが歌ってるよ」と爽やかシャイニングスマイルのうちの子。
 そんなあたしたちの様子──厳密にはあたしが乗ったトイ・ゴーレム──をじっと見つめ、何故か眉間にしわを寄せている、あたし専属の騎士さん。

「……いつになったら、セリ様は私のところへ来てくださるのでしょう」

 本人は無意識だったんだろうけど、その独り言はガッツリ聞こえました。

「何故セリ様がおまえのもとへ行く前提なんだ」

「そうですよ、そこはヴィオ姉様が妥当ですし、ネモかもしれないですし!」

「おふた方とも意味不明な虚言を口走られるほどお疲れのようです。ここは私に一任して、本日はお休みになられては?」

「はぃい!?」

「ほう……口が達者になったものだ」

『星凛さん抱っこし隊』がまたも火花を散らし始めた。至るところに張り巡らされてる導火線なんなの?

 ジュリは「いい天気だなぁ……」と明後日の方角を見上げている。
 リアンさんは「わくわく……!」と心の声がダダ漏れだ。
 ……ここにあたしの味方はいないの?

「ジャンケン3回勝負総当たり戦で優勝したひとと、今夜添い寝します」

 早々に諦めたよ。もうヤケクソだった。終わりのない闘いを終わらせる唯一の手段だった。
 とたんに目の色を変えるゼノ、ヴィオさん、ネモちゃん。「たまには息抜きしようよー」とみんなにジャンケンを教えていたあたしが、ダントツのMVP。
 目を疑うほどの美男美女がこぶしを固く握りしめて向かい合い、ジャンケンに精を出す光景は、一周まわって愉快痛快な代物だ。

 身重の身体に変なことはされないだろうという絶対の自信がある。
 この際何でもいい。マタニティ・バフが続くうちにヨイショしとこう。わー、あたし賢い!
 トイ・ゴーレムに揺られながら、へらりと現実逃避に興じるあたしは、知るよしもなかった。

 ──この後、ウィンローズ邸を震撼させる衝撃の展開が待ち受けていることを。
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