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本編
*52* なんだかピンチの予感
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「ぜ、ゼノさん、とりあえず退いてほし……んひぃっ!」
みなまで言わせてもらえなかった。ぐっと距離を詰めたご尊顔、その薄い唇が、とっさに顔を背けたあたしの右頬をかすめたからだ。
これまでよくて頬ずりだったよね。なのに確固たる意志を持ってキスしようとしてきたよね、今!
「ちょっとストップ! ストーップ! ダメだよゼノ!」
「……だめ?」
「そうそうそう! お口のコンディション最悪だから!」
なけなしのオブラートに包んでみた。すべてを見届けてきたゼノなら、あとは察してくれるだろう。……察してくれるよね? 察して!
とまぁ、逃げるために必死な言い訳をしていたわけなんだけど、まさか自分の首を絞めることになろうとは。
「最悪じゃなくなったら、いいんですね」
「はっ……?」
ふ……と頭上でこぼれる笑い声。
表情変化に乏しいゼノが微笑んでいた。言質は取ったとばかりに、あたしを見下ろしている。
笑みを崩さないゼノが煽ったのは、おあつらえ向きにベッドサイドに用意されていた、グラスだったろうか。
否やを訴えようと開いた唇を、落ちてきた唇で塞がれる。と同時にとぷりと口内を満たしたものを、条件反射で飲み下す。
まだひやりと冷たさを残した水が喉を滑り落ちる。ぷは、と口を開き、酸素を取り込もうとすれば、再び呼吸を阻まれて水を流し込まれた。
「……んっ、ぅ……ふぁ」
「もっと、ほしいですか?」
「も……いら、ない……」
キスは、いらない。
そう訴えたつもりだったのに、滲む視界で見上げた青年は、微笑んだまま。
「潤いましたね」
おかげさまでお口はスッキリしましたよ……なんて思考はまったくの見当違いだった。
そんなことを、親指の腹で下唇をなぞってくるゼノを前にして、やっと理解するなんて。
「っ……待って!」
渾身の力で胸を押し返そうとした。けど普段から鍛えているゼノと満身創痍なあたしじゃ、力の差は歴然。
ほんの少し、気持ちばかりの沈黙を生むことしかできない。
「私が、嫌いですか?」
「そんなことはないよ!」
「じゃあ、好き?」
すき、だけど。喉の奥につっかえたみたいに、声にならなかったのは。
「セリ様、私の……セリ様」
「ゼノ……」
「私を見て。私を呼んで。ほかの誰も、貴女の世界に入り込ませないで」
「っ……」
「もう、我慢できません……あまりヴィオ様と仲良くしないでください……さびしいです」
こどもみたいに舌足らずな告白に何も言えなくなってしまったのは、そこに込められた純粋な想いの深さに、圧倒されてしまったから。
「貴女が誰を想っていても、この気持ちを捨てることは、私にはできない……」
「待って……ゼノ」
それ以上は、だめ。
言わせてはいけないと頭ではわかっているのに、身体が石のように動かない。
「──愛してるんです」
呼吸も忘れたあたしの耳元で、噛みしめるように言葉は紡がれる。
「愛しているから……愛してほしいんです。貴女が、ほしいんです」
熱を纏った吐露は止まらない。抱き込む腕も痛いくらい。
「母であり、ひとりの女性である貴女を愛すのは、私ではいけませんか」
……あぁ、そっか。もう手遅れなんだ。
──貴女のそばにいても、いいのでしょうか。
──貴女は、私の……私だけの……
──貴女に、もっとふれたいです……セリ様。
とっくの昔に、彼は『想い』を伝えてくれてたんだからね。
みなまで言わせてもらえなかった。ぐっと距離を詰めたご尊顔、その薄い唇が、とっさに顔を背けたあたしの右頬をかすめたからだ。
これまでよくて頬ずりだったよね。なのに確固たる意志を持ってキスしようとしてきたよね、今!
「ちょっとストップ! ストーップ! ダメだよゼノ!」
「……だめ?」
「そうそうそう! お口のコンディション最悪だから!」
なけなしのオブラートに包んでみた。すべてを見届けてきたゼノなら、あとは察してくれるだろう。……察してくれるよね? 察して!
とまぁ、逃げるために必死な言い訳をしていたわけなんだけど、まさか自分の首を絞めることになろうとは。
「最悪じゃなくなったら、いいんですね」
「はっ……?」
ふ……と頭上でこぼれる笑い声。
表情変化に乏しいゼノが微笑んでいた。言質は取ったとばかりに、あたしを見下ろしている。
笑みを崩さないゼノが煽ったのは、おあつらえ向きにベッドサイドに用意されていた、グラスだったろうか。
否やを訴えようと開いた唇を、落ちてきた唇で塞がれる。と同時にとぷりと口内を満たしたものを、条件反射で飲み下す。
まだひやりと冷たさを残した水が喉を滑り落ちる。ぷは、と口を開き、酸素を取り込もうとすれば、再び呼吸を阻まれて水を流し込まれた。
「……んっ、ぅ……ふぁ」
「もっと、ほしいですか?」
「も……いら、ない……」
キスは、いらない。
そう訴えたつもりだったのに、滲む視界で見上げた青年は、微笑んだまま。
「潤いましたね」
おかげさまでお口はスッキリしましたよ……なんて思考はまったくの見当違いだった。
そんなことを、親指の腹で下唇をなぞってくるゼノを前にして、やっと理解するなんて。
「っ……待って!」
渾身の力で胸を押し返そうとした。けど普段から鍛えているゼノと満身創痍なあたしじゃ、力の差は歴然。
ほんの少し、気持ちばかりの沈黙を生むことしかできない。
「私が、嫌いですか?」
「そんなことはないよ!」
「じゃあ、好き?」
すき、だけど。喉の奥につっかえたみたいに、声にならなかったのは。
「セリ様、私の……セリ様」
「ゼノ……」
「私を見て。私を呼んで。ほかの誰も、貴女の世界に入り込ませないで」
「っ……」
「もう、我慢できません……あまりヴィオ様と仲良くしないでください……さびしいです」
こどもみたいに舌足らずな告白に何も言えなくなってしまったのは、そこに込められた純粋な想いの深さに、圧倒されてしまったから。
「貴女が誰を想っていても、この気持ちを捨てることは、私にはできない……」
「待って……ゼノ」
それ以上は、だめ。
言わせてはいけないと頭ではわかっているのに、身体が石のように動かない。
「──愛してるんです」
呼吸も忘れたあたしの耳元で、噛みしめるように言葉は紡がれる。
「愛しているから……愛してほしいんです。貴女が、ほしいんです」
熱を纏った吐露は止まらない。抱き込む腕も痛いくらい。
「母であり、ひとりの女性である貴女を愛すのは、私ではいけませんか」
……あぁ、そっか。もう手遅れなんだ。
──貴女のそばにいても、いいのでしょうか。
──貴女は、私の……私だけの……
──貴女に、もっとふれたいです……セリ様。
とっくの昔に、彼は『想い』を伝えてくれてたんだからね。
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