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本編

*48* 物語はこれから

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 ふと射し込んだ光に、連れ戻される。
 目が眩んだのは一瞬のこと。
 そうっとまぶたを持ち上げれば、夜空の双眸を揺らめかせている少年がそこにいた。

「……母さん」

 何かを言いかけて、口をつぐむ。
 ベッドに横たわるあたしの頬へ手を添えたジュリが言葉を続けるべきかどうか逡巡しているうちに、曖昧な意識も冴え渡る。

「……何も、言わないで」

 薄く笑いながらこぼした言葉は、掠れてしまった。
 あたしのひと言を、どう受け取っただろう。ぐっと唇を引き結ぶジュリ。
 シーツに肘をつき、気だるい上体を起こす。それから丸まった背を、両腕いっぱいに抱きしめた。
 痛いくらいの沈黙に、「え……」と呆けた声がもれる。

「何も言わなくていい……もうわかったよ、全部」

 優しいこの子のことだから、あたしを励まそうとして、どうしたらいいのかわからなくて、無力感に苛まれていたんだろう。

 でもね、そんな思いはしなくていいの。
 ジュリが見せてくれた『記憶』は、ショックなものだった。だけど打ちひしがれているばかりのあたしじゃない。

 ──僕の代わりに、星凛を守って。

 その強い『想い』のもとに、オーナメントが生命を宿したというなら。
 その種が芽吹き、数多の星夜にジュリが生まれたというなら。

「彼の名前はね、暁人。あたしの大好きなひとで……ジュリの、お父さんだよ」

「……とう、さん?」

「そう。ジュリはね、あたしと暁人の大切な大切な……こどもなんだ」

 言葉にするほどに鼻がツンとして、目頭が熱くなる。

 夜色の瞳は、あたし譲り。
 青みがかった黒髪は、暁人譲り。

 あぁ、なんで今まで気づけなかったんだろうね。
 だいじな宝物は、あたしたちの愛の結晶は、こんなにそばにあったのに。

 暁人がマザー・セントへレムの血を引く、エデンの人間だった。
 あたしがマザーになることを知っていて、ジュリを宿したオーナメントを託して間もなく、姿を消した。
 そしてあたしはセフィロトによってエデンに召喚され、マザー・セントへレムとなった──

 今でも何が何だかサッパリだよ。あいつが何を考えていたのか、ちっともわかりやしない。
 だけどさ、ひとつだけわかったの。ほんの少しでも、光が見えたんだ。

 ──暁人はエデンこの世界にいる。どこかに、きっと。
 だったらへこたれてる場合じゃない。あたしにはやるべきことがある。

「ねぇジュリ、力を貸して」

 ぴくりとジュリが身じろいで、揺らめくオニキスがあたしを映し出す。

「セントへレムを、笑顔でいっぱいの場所にしよう。そんでさ、どっかほっつき歩いてるお父さんをみんなで出迎えてやろうよ」

「母さん……それって」

「こーんなかわいいあたしとこどもたちを置いてフラフラしてたことを、心の底から後悔させてやるんだ!」

 あたしの物語は、まだ終わっていない。
 むしろこれからなんだ。
 かけがえのない家族と一緒に歩んでいく日々は、これから紡いでゆく。
 ほかの誰でもない、あたし自身の手で。

「そうだね。父さんが帰ってきたら、一緒にお説教してやろう」

 こつんとおでこをくっつけて、あははと笑い合う。
 散々振り回されてきたんだ、これくらいのいたずらは許されるでしょう。

「父さんの代わりに、オレが母さんを、みんなを守るからね」

「うん……ありがとう、ジュリ」

 語尾は震えちゃって、ボヤけた視界を青藍の髪が掠める。
 あたしを抱きすくめる腕は、さっきよりもずっと力強くなっていた。
 こどもの成長って、こんなに早いんだなぁ。まばたきをする暇もないや。
 あーダメだ、今ゆるくなってるから、もう……

 言葉にならない多幸感に浸るあたしの意識を、ふいの物音が引き戻した。

 ガタンと慌ただしい音を立てて開け放たれたドアへ視線をやり、息を飲む。
 常日頃から夜空に浮かぶ月のような静寂を纏う青年が、濡れ羽の髪を乱し、肩を上下させていたから。

「……ゼノ?」

 ほぼ無意識だった。けれど名前を呼んだ途端、こがねの双眸が弾かれたように見開かれた。
 それからは一瞬の出来事。まばたきのうちに、青年の影に覆われてしまう。
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