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本編
*34* 星夜の散歩 ジュリSide
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真っ白な光──それが、生まれてはじめて『目』にしたものだ。
次にまぶたを開けたとき、『腕』の中には、ひとりの『女性』がいた。
「……マザー……」
生まれてはじめて、『声』にする。
『女性』は答えない。『腕』の中で沈黙して、その『瞳』がどんな色をしているのか見せてはくれない。
「マザー……マザー・セントへレム……」
だけど『声』にするたび、『頭』の中に次々と流れ込んでくるものがある。
『胸』が熱くなって、世界がにじんだ。
「あなたが『オレ』の……『母さん』なんだね…」
そして、すべてを理解した。
『感情』が、『涙』があふれる──
「……目を覚まして」
──守らなければ。
「『オレ』を呼んで……ねぇ」
──守らなければ。
「おねがい……『セリ』」
──たとえこの先、何があったとしても。
「『オレ』の存在意義を、たしかめさせて」
──この身に代えても、守らなければ。
数多の星の瞬く夜、その『想い』のもとに、自分は生まれてきたのだから。
* * *
ひたり、ひたり──
無機質の冷たさが、素足に伝わる。
歩むたび、足元から凍りついていきそうだ。
「……どこ……」
オレを取り巻く暗闇は沈黙したまま、何も答えてはくれない。
いつだってそうだ。寒くて、孤独だった。
「……どこなの、かあさん……」
使い物にならない目を閉じ、ひたすらに腕を伸ばす。
左胸から伸びるひとすじの『糸』だけを頼りに、おぼつかない歩を進める。
ひたり、ひたり──
永遠にも感じられる静寂で、ふいにぽう……と灯るものがある。
「かあさん……あぁ」
白い光。空洞な心に求めてやまなかったもの。
ぐっと1歩を踏み出す。
夢中でその熱をつかんで、たぐり寄せた。
「やっと……みつけた」
次に目を開いたとき、笑みがこぼれてしょうがなかった。
ベッド脇に跪いたオレは、月明かりに照らされた寝顔へ頬を寄せる。
シーツをつかんでいた指をほどいて、オレのそれと絡める。
一度ふれてしまったら凍えは嘘のように溶けて、身体の隅々までぬくもりに満たされるんだ。
「……ん……」
ちゅ……ちゅ……と、唇でやわらかい頬を擽る。
間近にある体温を少しも逃がしたくなくて、きつく囲い込む。
大事なものは、傷つかないように、仕舞っておかないと。
この腕に閉じ込めて、誰にも見せないように隠してしまおう。
「オレが守ってあげるから……一緒にいようね……」
──ずっと、ずっと、永遠に。
「愛してる……セリ」
穏やかな寝息を立てる唇を指でなぞり、まぶたを閉じる。
近づく吐息に、喜びで胸があふれるよう──
──バチィッ!
唇と唇がふれあう寸前だった。雷が落ちたような閃光に視界が眩み、飛び退く。
「っ……なん、だ……これは……」
指先は痺れを訴え、引きつれたように痙攣していた。両手を見下ろしたまま、愕然とする。
「──お姫様を眠らせる、王子様のキスってところかい? 奇を衒った斬新なおとぎ話だね。一躍著名作家になれるかも」
冷水に満たされたバケツを、頭上でひっくり返されたような心地だった。
夢中で振り返った背後の暗闇で、静寂が揺らぐ。
「やぁ、こんばんは」
純白のフードを背中に流した少年のプラチナブロンドが月光に反射し、ゆるく笑みをたたえた口元が照らし出された。
こんな夜更けで、こんな状況を目の当たりにして、場違いも甚だしい挨拶を寄越される。
「……なんで、ここに」
「今夜は、星がざわめいていたからね」
そうとだけ返した少年──イザナは、微笑みを崩さないまま、ゆったりと歩み寄ってくる。
とっさに身構えたオレにふ……と笑みを深めるばかりで、長い長いローブの裾を引きずった末、母さんの枕元へ。
ちょうどベッドを挟んだ、オレの向かい側だ。
「僕の言った通りにしていたね。えらい、えらい」
イザナは少し腰を屈めると、眠る母さんの頭をそっと撫でる。
その穏やかな声に呼応して、ベッドサイドのテーブルが仄かに発光していることに気づく。
そこに置かれていた透明な小瓶の中で、銀色の星が瞬いていたのだ。
そして急激に理解する。先ほどの閃光とこの身に迸った衝撃は、あの星によるものだと。
次にまぶたを開けたとき、『腕』の中には、ひとりの『女性』がいた。
「……マザー……」
生まれてはじめて、『声』にする。
『女性』は答えない。『腕』の中で沈黙して、その『瞳』がどんな色をしているのか見せてはくれない。
「マザー……マザー・セントへレム……」
だけど『声』にするたび、『頭』の中に次々と流れ込んでくるものがある。
『胸』が熱くなって、世界がにじんだ。
「あなたが『オレ』の……『母さん』なんだね…」
そして、すべてを理解した。
『感情』が、『涙』があふれる──
「……目を覚まして」
──守らなければ。
「『オレ』を呼んで……ねぇ」
──守らなければ。
「おねがい……『セリ』」
──たとえこの先、何があったとしても。
「『オレ』の存在意義を、たしかめさせて」
──この身に代えても、守らなければ。
数多の星の瞬く夜、その『想い』のもとに、自分は生まれてきたのだから。
* * *
ひたり、ひたり──
無機質の冷たさが、素足に伝わる。
歩むたび、足元から凍りついていきそうだ。
「……どこ……」
オレを取り巻く暗闇は沈黙したまま、何も答えてはくれない。
いつだってそうだ。寒くて、孤独だった。
「……どこなの、かあさん……」
使い物にならない目を閉じ、ひたすらに腕を伸ばす。
左胸から伸びるひとすじの『糸』だけを頼りに、おぼつかない歩を進める。
ひたり、ひたり──
永遠にも感じられる静寂で、ふいにぽう……と灯るものがある。
「かあさん……あぁ」
白い光。空洞な心に求めてやまなかったもの。
ぐっと1歩を踏み出す。
夢中でその熱をつかんで、たぐり寄せた。
「やっと……みつけた」
次に目を開いたとき、笑みがこぼれてしょうがなかった。
ベッド脇に跪いたオレは、月明かりに照らされた寝顔へ頬を寄せる。
シーツをつかんでいた指をほどいて、オレのそれと絡める。
一度ふれてしまったら凍えは嘘のように溶けて、身体の隅々までぬくもりに満たされるんだ。
「……ん……」
ちゅ……ちゅ……と、唇でやわらかい頬を擽る。
間近にある体温を少しも逃がしたくなくて、きつく囲い込む。
大事なものは、傷つかないように、仕舞っておかないと。
この腕に閉じ込めて、誰にも見せないように隠してしまおう。
「オレが守ってあげるから……一緒にいようね……」
──ずっと、ずっと、永遠に。
「愛してる……セリ」
穏やかな寝息を立てる唇を指でなぞり、まぶたを閉じる。
近づく吐息に、喜びで胸があふれるよう──
──バチィッ!
唇と唇がふれあう寸前だった。雷が落ちたような閃光に視界が眩み、飛び退く。
「っ……なん、だ……これは……」
指先は痺れを訴え、引きつれたように痙攣していた。両手を見下ろしたまま、愕然とする。
「──お姫様を眠らせる、王子様のキスってところかい? 奇を衒った斬新なおとぎ話だね。一躍著名作家になれるかも」
冷水に満たされたバケツを、頭上でひっくり返されたような心地だった。
夢中で振り返った背後の暗闇で、静寂が揺らぐ。
「やぁ、こんばんは」
純白のフードを背中に流した少年のプラチナブロンドが月光に反射し、ゆるく笑みをたたえた口元が照らし出された。
こんな夜更けで、こんな状況を目の当たりにして、場違いも甚だしい挨拶を寄越される。
「……なんで、ここに」
「今夜は、星がざわめいていたからね」
そうとだけ返した少年──イザナは、微笑みを崩さないまま、ゆったりと歩み寄ってくる。
とっさに身構えたオレにふ……と笑みを深めるばかりで、長い長いローブの裾を引きずった末、母さんの枕元へ。
ちょうどベッドを挟んだ、オレの向かい側だ。
「僕の言った通りにしていたね。えらい、えらい」
イザナは少し腰を屈めると、眠る母さんの頭をそっと撫でる。
その穏やかな声に呼応して、ベッドサイドのテーブルが仄かに発光していることに気づく。
そこに置かれていた透明な小瓶の中で、銀色の星が瞬いていたのだ。
そして急激に理解する。先ほどの閃光とこの身に迸った衝撃は、あの星によるものだと。
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