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本編
*29* 痛いなぁ
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あたし、ゼノ……そしてヴィオさん。
その場にいた誰もが、息を飲む。
黒を引き裂くように吹き抜けた、瑠璃空色の花弁を目の当たりにして。
「……そうですか、わかりました」
ふいの少女の声。
次いで目に飛び込んできたのは……振りかぶったこぶし。
「黙って聞いてれば……ゴチャゴチャとうるさいわよォッ!」
ドゴォッと、普通に生活していたらまず耳にしないような打撃音が響き渡る。
夕映えの少女に叩き込まれたものよりも、この身にぶち当てられた衝撃よりも、さらなる威力を誇るであろう右ストレートが、ジュリの横っ面を直撃した。
「何やってんのネモーっ!?」
甲高い悲鳴は、容赦ないグーパンを繰り出したネモちゃんの後に遅れて駆けつけたモネちゃんのもの。
「本気でぶん殴ったわね!? あんたの場合は剣よりもこぶしのほうが殺傷能力高いってわかってる!? はい死んだー! ジュリ様ご愁傷さまですー!」
あのね、モネちゃん、ネモちゃんにぶっ飛ばされて床に倒れ込んだジュリを抱き起こしてくれたのはいいけど……
「勝手に……殺さないでほしいな……」
「ひぃっ生きてる!? 素手でゴーレムを粉砕した伝説を持つネモの一撃を食らって吐血してるのに意識が飛んですらないとか化け物!? 人の形をしたモンスター!?」
「口の中、切っただけだから……ちょっと、静かにしてほしい……あたま、いたい……」
「それは大変ね! 救護道具を持ってくるわ! このモネちゃんがちょちょいっと手当てしてあげる! 待ってて!」
こんなときも、モネちゃんはモネちゃんで。一方的にまくし立てたかと思うと、嵐のように走り去ってしまった。
その際、軍服の上着を枕代わりに、ジュリを床へ横たえてくれて。
「まったくモネは……」
騒がしいモネちゃんに、肩透かしを食らったんだろう。腰の剣に添えていた手を下ろしたヴィオさんは肩をすくめて、でも、笑っていた。
「ネモもありがとう。魔力を使っただろう。大丈夫か?」
ヴィオさんが歩み寄った床には、ネモフィラが散らばっている。ネモちゃんの感情が高ぶると舞い狂う、瑠璃唐草。
それだけ必死になって、暴走しかけていたジュリの魔力を押さえ込んでくれたということ。
「私は平気です。こんなの、どうってことありません。だけど……」
「……ネモちゃん」
「っ……セリさまぁああ!!」
淡々と返答していたネモちゃん。だけど名前を呼ぶと、瑠璃空の髪から覗いたペリドットを潤ませて、わっと飛びついてくる。
「ご無事でよかったです……セリ様になにかあったら、ネモはセリ様の危機になにもできなかった役立たずを責めても責めきれません! 地面にのめり込んでお詫びします!!」
「あはは……あたしは大丈夫だから、顔を上げて? ネモちゃん」
「うわーん! セリ様やさしい可愛いやわらかい好きぃいい!!」
「んぐっ……」
「ネモ様、セリ様がつぶれてしまいます。離してください」
「すきすきすきすき……!」
「聞いてらっしゃいますか、ネモ様」
ネモちゃんにぎゅうぎゅう締めつけられて、むっとしたゼノから引き剥がしにかかられる。
が、びくともしない。さすがネモちゃん……物凄い怪力だ……うっ……
「……オレ、忘れられてない?」
「は? すっ込んでてくれません?」
涙でぐしゃぐしゃな頬をあたしにすり寄せていたネモちゃん、ジュリの発言に、スンッ……と表情を削ぎ落として一蹴してみせた。
恐るべき切り替えだ。何が起きたか一瞬理解できなかった。
「謝りませんよ。悪いことをしたとは思ってないので」
ぎゅう、とあたしをいっそう抱きしめるネモちゃんは、厳しいペリドットのまなざしを、畳みかけるようにジュリへ飛ばす。
「私、セリ様は大好きだけど、セリ様を悲しませるあなたは嫌い」
「言ってくれるなぁ……」
「知らない。あなたが何を抱えているかなんて、知ったこっちゃない。だけどこれだけは言える。セリ様の気持ちを大事にできない人に、セリ様は任せられないわ」
「っ……」
「本当にセリ様が大好きなら、話を聞いてよ! 悲しませないでよ!」
「ネモちゃん……」
ジュリは何も言わない。言えないのかもしれない。
力なく横たわって、ぐっと唇を噛みしめたまま。
ヴィオさんも、ゼノも、思いの丈をぶつけるネモちゃんを、全身全霊でジュリと向き合う彼女を、ただ見守っていた。
「二度は言わせないでよ。今度セリ様を泣かせたら……ネモがセリ様をお嫁さんにもらうんだから!」
──その覚悟は、あるってこと。
とどめのひと言に、はは……と薄ら笑いをこぼすジュリ。
「……痛い、なぁ」
顔を覆った手の隙間から、つぅ……とひとすじの雫が伝い落ちた。
その場にいた誰もが、息を飲む。
黒を引き裂くように吹き抜けた、瑠璃空色の花弁を目の当たりにして。
「……そうですか、わかりました」
ふいの少女の声。
次いで目に飛び込んできたのは……振りかぶったこぶし。
「黙って聞いてれば……ゴチャゴチャとうるさいわよォッ!」
ドゴォッと、普通に生活していたらまず耳にしないような打撃音が響き渡る。
夕映えの少女に叩き込まれたものよりも、この身にぶち当てられた衝撃よりも、さらなる威力を誇るであろう右ストレートが、ジュリの横っ面を直撃した。
「何やってんのネモーっ!?」
甲高い悲鳴は、容赦ないグーパンを繰り出したネモちゃんの後に遅れて駆けつけたモネちゃんのもの。
「本気でぶん殴ったわね!? あんたの場合は剣よりもこぶしのほうが殺傷能力高いってわかってる!? はい死んだー! ジュリ様ご愁傷さまですー!」
あのね、モネちゃん、ネモちゃんにぶっ飛ばされて床に倒れ込んだジュリを抱き起こしてくれたのはいいけど……
「勝手に……殺さないでほしいな……」
「ひぃっ生きてる!? 素手でゴーレムを粉砕した伝説を持つネモの一撃を食らって吐血してるのに意識が飛んですらないとか化け物!? 人の形をしたモンスター!?」
「口の中、切っただけだから……ちょっと、静かにしてほしい……あたま、いたい……」
「それは大変ね! 救護道具を持ってくるわ! このモネちゃんがちょちょいっと手当てしてあげる! 待ってて!」
こんなときも、モネちゃんはモネちゃんで。一方的にまくし立てたかと思うと、嵐のように走り去ってしまった。
その際、軍服の上着を枕代わりに、ジュリを床へ横たえてくれて。
「まったくモネは……」
騒がしいモネちゃんに、肩透かしを食らったんだろう。腰の剣に添えていた手を下ろしたヴィオさんは肩をすくめて、でも、笑っていた。
「ネモもありがとう。魔力を使っただろう。大丈夫か?」
ヴィオさんが歩み寄った床には、ネモフィラが散らばっている。ネモちゃんの感情が高ぶると舞い狂う、瑠璃唐草。
それだけ必死になって、暴走しかけていたジュリの魔力を押さえ込んでくれたということ。
「私は平気です。こんなの、どうってことありません。だけど……」
「……ネモちゃん」
「っ……セリさまぁああ!!」
淡々と返答していたネモちゃん。だけど名前を呼ぶと、瑠璃空の髪から覗いたペリドットを潤ませて、わっと飛びついてくる。
「ご無事でよかったです……セリ様になにかあったら、ネモはセリ様の危機になにもできなかった役立たずを責めても責めきれません! 地面にのめり込んでお詫びします!!」
「あはは……あたしは大丈夫だから、顔を上げて? ネモちゃん」
「うわーん! セリ様やさしい可愛いやわらかい好きぃいい!!」
「んぐっ……」
「ネモ様、セリ様がつぶれてしまいます。離してください」
「すきすきすきすき……!」
「聞いてらっしゃいますか、ネモ様」
ネモちゃんにぎゅうぎゅう締めつけられて、むっとしたゼノから引き剥がしにかかられる。
が、びくともしない。さすがネモちゃん……物凄い怪力だ……うっ……
「……オレ、忘れられてない?」
「は? すっ込んでてくれません?」
涙でぐしゃぐしゃな頬をあたしにすり寄せていたネモちゃん、ジュリの発言に、スンッ……と表情を削ぎ落として一蹴してみせた。
恐るべき切り替えだ。何が起きたか一瞬理解できなかった。
「謝りませんよ。悪いことをしたとは思ってないので」
ぎゅう、とあたしをいっそう抱きしめるネモちゃんは、厳しいペリドットのまなざしを、畳みかけるようにジュリへ飛ばす。
「私、セリ様は大好きだけど、セリ様を悲しませるあなたは嫌い」
「言ってくれるなぁ……」
「知らない。あなたが何を抱えているかなんて、知ったこっちゃない。だけどこれだけは言える。セリ様の気持ちを大事にできない人に、セリ様は任せられないわ」
「っ……」
「本当にセリ様が大好きなら、話を聞いてよ! 悲しませないでよ!」
「ネモちゃん……」
ジュリは何も言わない。言えないのかもしれない。
力なく横たわって、ぐっと唇を噛みしめたまま。
ヴィオさんも、ゼノも、思いの丈をぶつけるネモちゃんを、全身全霊でジュリと向き合う彼女を、ただ見守っていた。
「二度は言わせないでよ。今度セリ様を泣かせたら……ネモがセリ様をお嫁さんにもらうんだから!」
──その覚悟は、あるってこと。
とどめのひと言に、はは……と薄ら笑いをこぼすジュリ。
「……痛い、なぁ」
顔を覆った手の隙間から、つぅ……とひとすじの雫が伝い落ちた。
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