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本編
*25* 蜜香にさそわれて
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顔を洗って、着替えて、メークをする。
起床してからごく当たり前のことをこなしていたはずなのに、どっと疲れたのはなんでだろ。
「あなたの魅力は日を追うごとに輝きを増すばかりですね、セリ様」
答え。文字通り手取り足取り、身支度の世話を焼かれてるから。
今朝は直々にヴィオさんが部屋をたずねてきて、今なんか姿見の前に用意された椅子で、甲斐甲斐しく髪をブラッシングされている。
何だこの手厚い展開は。ちょっと意味がわからない。
「ありがたいけど複雑……」
「おや。理由をお訊きしても?」
「ヴィオさんの貴重な時間を割いてもらっちゃって、申し訳ないったらないですよ」
ウィンローズに来てから、何かと付きっきりでお世話してもらっている気がする。
ただでさえ騎士団のお仕事で忙しいだろうに、賓客ってだけで、こんな破格の待遇が許されていいものなのか。
「私が職務でこちらに赴いたとお思いですか?」
「えっ、違うの!?」
「違います。『セリ様をおそばでお守りさせてください』と個人的にお願い申し上げて、母上もそれを聞き届けてくださいました」
「待って待って……それってつまり!」
「私はあなただけの騎士だ、ということです」
「ひぇ……!」
「ほんの少しの間ではありますがね」と残念そうに苦笑するヴィオさんだけど、そりゃそうでしょうよ。
あたしがウィンローズに滞在してる期間だけだとしても、頭を抱えたくなるようなVIP待遇に違いはない。
……そう、か。セントへレムに戻ったら、また離れ離れになっちゃうんだ。ヴィオさんとも……
「セリ様が、並々ならぬ覚悟で決断を下されたのです。私はそんなあなたを、誰よりもおそばでお守りしたいのです」
髪を梳く手は動きを止めないままに、背後で奏でられる声音はいっそうの穏やかさを重ねる。
「──いつだって私には、剣を握ることしか出来はしないのだから」
「ヴィオさん……?」
「さぁ、出来ましたよ」
頭上にかかる影が退き、髪にふれていた感触もなくなる。姿見をじっと覗き込んで、苦笑。
朝は特にひねくれる亜麻色の髪も、ヴィオさんの手にかかればお行儀よくまとまっちゃって。
「えへへ、ありがとうございま──」
気恥ずかしくなりながらも、振り返って。
覆い被さる影。頬を掠めるダークブロンド。
呼吸を阻まれた一瞬後に、ふわり。花がほころぶ。
「あなたの甘い香りは……蝶を惹きつける蜜のようだ」
囁きは低く掠れ、熱を帯びた吐息を生み出す。
呆けるあたしの顎に手が添えられ、く……と持ち上げられた視線が焦点も結べないうちに、再び覆われる唇。
「んっ……ふぁっ!」
胸を押し返して、熱と熱にわずかな距離が生まれる。
「まって……くださ、」
「──待てない」
「ひぁっ……!?」
主導権を奪われるのは、一瞬だ。
つぅ……と背筋をなぞり上げられる感触に、甲高い悲鳴が抑えられない。
驚き仰け反る身体はしなやかな腕に絡め取られ、あたしの世界は、熱を帯びたペリドットがすべて。
「……んっ……」
ちゅ……と掠めるだけのキスがひとつ。
びくりと過剰なほど肩を震わせれば、穏やかな声音が耳を擽る。
「怖いですか?」
「……わ、かんない……」
「力を抜いて……大丈夫」
──大丈夫。大丈夫だから。
脳裏をよぎる光景は、そう遠くないあの日の記憶。
そうだ……はじめて会った日から、彼女はこんなにも優しくて。
ふ……と四肢の強ばりがほどける。
頬を包み込む手のひら。
薄く開いた唇を親指の腹でなぞられ、そっと重ねられたやわらかさに、今度は胸がざわめかない。
「は……」
「……ふぁ、ん」
ついばむようなキスに、ただただ脳が痺れゆくだけ。
「……ん……んぅ…………んんっ……」
角度を変え、次第に熾烈さを増す交わり。
濡れそぼった熱が、しっとりと、深く深く吸いついて、離れない。
食べられているみたいだ、と思った。唇も、吐息も、駆り立てられた熱情さえ……何もかも。
頭が、ふわふわする。
真っ白な世界に、彼女とふたり。境界を曖昧にして、溶け込んでいるみたいだ。
あぁ……今日はやけに、花の香りが濃い。
起床してからごく当たり前のことをこなしていたはずなのに、どっと疲れたのはなんでだろ。
「あなたの魅力は日を追うごとに輝きを増すばかりですね、セリ様」
答え。文字通り手取り足取り、身支度の世話を焼かれてるから。
今朝は直々にヴィオさんが部屋をたずねてきて、今なんか姿見の前に用意された椅子で、甲斐甲斐しく髪をブラッシングされている。
何だこの手厚い展開は。ちょっと意味がわからない。
「ありがたいけど複雑……」
「おや。理由をお訊きしても?」
「ヴィオさんの貴重な時間を割いてもらっちゃって、申し訳ないったらないですよ」
ウィンローズに来てから、何かと付きっきりでお世話してもらっている気がする。
ただでさえ騎士団のお仕事で忙しいだろうに、賓客ってだけで、こんな破格の待遇が許されていいものなのか。
「私が職務でこちらに赴いたとお思いですか?」
「えっ、違うの!?」
「違います。『セリ様をおそばでお守りさせてください』と個人的にお願い申し上げて、母上もそれを聞き届けてくださいました」
「待って待って……それってつまり!」
「私はあなただけの騎士だ、ということです」
「ひぇ……!」
「ほんの少しの間ではありますがね」と残念そうに苦笑するヴィオさんだけど、そりゃそうでしょうよ。
あたしがウィンローズに滞在してる期間だけだとしても、頭を抱えたくなるようなVIP待遇に違いはない。
……そう、か。セントへレムに戻ったら、また離れ離れになっちゃうんだ。ヴィオさんとも……
「セリ様が、並々ならぬ覚悟で決断を下されたのです。私はそんなあなたを、誰よりもおそばでお守りしたいのです」
髪を梳く手は動きを止めないままに、背後で奏でられる声音はいっそうの穏やかさを重ねる。
「──いつだって私には、剣を握ることしか出来はしないのだから」
「ヴィオさん……?」
「さぁ、出来ましたよ」
頭上にかかる影が退き、髪にふれていた感触もなくなる。姿見をじっと覗き込んで、苦笑。
朝は特にひねくれる亜麻色の髪も、ヴィオさんの手にかかればお行儀よくまとまっちゃって。
「えへへ、ありがとうございま──」
気恥ずかしくなりながらも、振り返って。
覆い被さる影。頬を掠めるダークブロンド。
呼吸を阻まれた一瞬後に、ふわり。花がほころぶ。
「あなたの甘い香りは……蝶を惹きつける蜜のようだ」
囁きは低く掠れ、熱を帯びた吐息を生み出す。
呆けるあたしの顎に手が添えられ、く……と持ち上げられた視線が焦点も結べないうちに、再び覆われる唇。
「んっ……ふぁっ!」
胸を押し返して、熱と熱にわずかな距離が生まれる。
「まって……くださ、」
「──待てない」
「ひぁっ……!?」
主導権を奪われるのは、一瞬だ。
つぅ……と背筋をなぞり上げられる感触に、甲高い悲鳴が抑えられない。
驚き仰け反る身体はしなやかな腕に絡め取られ、あたしの世界は、熱を帯びたペリドットがすべて。
「……んっ……」
ちゅ……と掠めるだけのキスがひとつ。
びくりと過剰なほど肩を震わせれば、穏やかな声音が耳を擽る。
「怖いですか?」
「……わ、かんない……」
「力を抜いて……大丈夫」
──大丈夫。大丈夫だから。
脳裏をよぎる光景は、そう遠くないあの日の記憶。
そうだ……はじめて会った日から、彼女はこんなにも優しくて。
ふ……と四肢の強ばりがほどける。
頬を包み込む手のひら。
薄く開いた唇を親指の腹でなぞられ、そっと重ねられたやわらかさに、今度は胸がざわめかない。
「は……」
「……ふぁ、ん」
ついばむようなキスに、ただただ脳が痺れゆくだけ。
「……ん……んぅ…………んんっ……」
角度を変え、次第に熾烈さを増す交わり。
濡れそぼった熱が、しっとりと、深く深く吸いついて、離れない。
食べられているみたいだ、と思った。唇も、吐息も、駆り立てられた熱情さえ……何もかも。
頭が、ふわふわする。
真っ白な世界に、彼女とふたり。境界を曖昧にして、溶け込んでいるみたいだ。
あぁ……今日はやけに、花の香りが濃い。
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