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本編
*23* 想い出のアルバム
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振袖のような純白の袂から取り出されたのは、紫紺の表紙に銀の飾り枠を施された1冊の本。
驚くべきは、華奢な指先が表紙を開いたその先。見開きのページは黒無地で、まっさらだったことだ。
そして右手には星。いつの間にか、星屑を閉じ込めたガラスペンが握られていたんだ。
まっさらなページにさらさらと走らされたペン先が、漆黒へ銀色に瞬く星の軌跡を刻んでゆく。
「大地を流る水よ、空に留まらぬ風よ、数多の粒子を躍らせよ」
少年の声音に呼応し、銀色に光り輝く本。
その黒いページから浮かび上がった光の文字が、青に、緑に明滅しながら、絡まり合う。
「刹那に迸れ──『ライトニング』」
──バチンッ!
「うわっと!?」
静電気が走ったような衝撃を右手に受け、驚いた拍子にスマホを放り投げる。最悪な軌道だった。
「イザナくんあぶなっ……!」
しかし綺麗なお顔にあわや直撃するという寸前で、吹っ飛んだ金属の塊がぴたりと空中で静止する。
「あぁ驚かせちゃったか、ごめんごめん。はじめて視る仕掛けだから、力加減が難しくてね」
ぱたんと本が閉じられた直後、銀色の光が弾けるように消滅するガラスペン。
自由になったイザナくんの白い右の手のひらに、すとんとスマホが落下した。
「こんな具合でどうかな、はい」
にこにこと差し出されたスマホを受け取りながら、まさかと思う。そのまさかだった。
もう一度、端末右側のボタンを恐る恐る押し込んでみる。すると黙り込みを決めていた画面に、パッと光が灯るではないか。
「うそ! 電源がついた! マジで!? 何したのイザナくん!?」
「水と風の複合の、雷魔法だよ。見たところ繊細な仕掛けみたいだったから、デンキとやらの代わりになるかと思って、初級の雷魔法で調整してみたんだ。上手く行ってよかった」
「初見でここまでやってのける!? イザナくんすごい、すごすぎるわ!」
見たところって、実際に分解したわけでもないのになんでスマホの複雑な電気回路を理解できたんだろう。千里眼でも持ってるんだろうか。
中身おっちょこちょいおじいちゃんだし、ぶっちゃけリアンさんの先生だって半信半疑だったけど、確信した。本物だ。本物の先生だ。
バッテリーも一瞬で100%。急速充電器も勝たんわ。天才か。
「それでそれで、そのすまほはどうやって使うの? やってみせてくれないかな!」
サラッと修理してみせたスマートさはどこへやら。
純白のローブに紫紺の本を仕舞い込んだイザナくんは、ずずいとあたしに詰め寄ってアメシストを煌めかせた。なるほど、それが動機か。
イザナくんが今やってみせたことのほうが一流マジシャンもびっくりするだろうイリュージョンなのに、「早く早く」と心待ちにしている姿が幼い子供みたいで、笑ってしまった。
「まぁ、イザナ先生ったら」とオリーヴも笑みをもらしている。
さすがに圏外だから通話はできない。
ちょっと考えて、ホーム画面にあるアルバムマークのアイコンをタップする。写真くらいなら見せられると思ったからだ。
「わぁ、このガラス面に色んなものが映し出されるんだね。書かれている文字はほとんど読めないけど……『Gallery』? うん、それは読めた」
「この本のところを開くとね、画像……スマホが記録した風景とかが見られるの」
「へぇ、すごいなぁ」
日本人向け仕様だから、漢字やひらがな、カタカナ主体のスマホ画面はちんぷんかんぷんなイザナくんも、英語表記なら理解できたみたいだ。
タップしたり、スワイプしたり。あたしが何気なくする動作や次々に遷移する画面を、夢中になって覗き込んでいた。
「これがあたしの住んでた東京の街。東京タワーとかスカイツリーっていう、高い塔があるんだよ」
「あら……東京もすっかり変わったのね。街の人たちもお洒落なお洋服を着てるわ」
前世のオリーヴが生きていた明治時代は、どちらかというと着物が主流だったとのこと。
たまたま映っていたミニスカの女性の後ろ姿を指して、「こんなに脚を出すのは、わたくしは恥ずかしいけれど」と苦笑していた。
大丈夫だよオリーヴ。あたしもここまで堂々とした自信はない。
「これはねー、職場の同僚と女子会したときにはじめて食べたマリトッツォでね、これは2時間並んで買った有名店のタピオカドリンクでね」
「ふふ、こっちは食べ物ばかりね」
「あっ食いしんぼうだって言いたいのか! ちょっと待っててよー」
あたしだって食べてばかりじゃないんだってことを証明するために、『お気に入り』フォルダを漁る。
そしたらカラフルなスイーツ集が、カラフルな風景写真集へと移り変わるところがあって。
これは大学時代、サークル仲間に数合わせで連れて行かれた遊園地で……
これはジェットコースターに無理やり乗せられて撃沈したあたし。
これはおばけ屋敷で魂を抜かれたあたし……
待って、ろくな写真ないじゃんっ!
もう絶対遊園地には行かないって半泣きのあたしを面白おかしく激写しては、メッセージアプリで写真を送りつけてきた友人に数年越しの怒りが再燃する。
勝手に! お気に入りを!! 弄るな!!! とフォルダから削除はしてたはずなんだけど。
あぁ、よく見てみれば、時系列で追加してた写真も撮影日時がてんでバラバラだ。
故障から復帰したときに、変に同期しちゃったのかな。また整理し直さなきゃなぁ……
『──見てほら! 雪だよ、雪!』
ひそかに徹夜を覚悟していたあたしの耳に、飛び込んでくる声がある。
驚くべきは、華奢な指先が表紙を開いたその先。見開きのページは黒無地で、まっさらだったことだ。
そして右手には星。いつの間にか、星屑を閉じ込めたガラスペンが握られていたんだ。
まっさらなページにさらさらと走らされたペン先が、漆黒へ銀色に瞬く星の軌跡を刻んでゆく。
「大地を流る水よ、空に留まらぬ風よ、数多の粒子を躍らせよ」
少年の声音に呼応し、銀色に光り輝く本。
その黒いページから浮かび上がった光の文字が、青に、緑に明滅しながら、絡まり合う。
「刹那に迸れ──『ライトニング』」
──バチンッ!
「うわっと!?」
静電気が走ったような衝撃を右手に受け、驚いた拍子にスマホを放り投げる。最悪な軌道だった。
「イザナくんあぶなっ……!」
しかし綺麗なお顔にあわや直撃するという寸前で、吹っ飛んだ金属の塊がぴたりと空中で静止する。
「あぁ驚かせちゃったか、ごめんごめん。はじめて視る仕掛けだから、力加減が難しくてね」
ぱたんと本が閉じられた直後、銀色の光が弾けるように消滅するガラスペン。
自由になったイザナくんの白い右の手のひらに、すとんとスマホが落下した。
「こんな具合でどうかな、はい」
にこにこと差し出されたスマホを受け取りながら、まさかと思う。そのまさかだった。
もう一度、端末右側のボタンを恐る恐る押し込んでみる。すると黙り込みを決めていた画面に、パッと光が灯るではないか。
「うそ! 電源がついた! マジで!? 何したのイザナくん!?」
「水と風の複合の、雷魔法だよ。見たところ繊細な仕掛けみたいだったから、デンキとやらの代わりになるかと思って、初級の雷魔法で調整してみたんだ。上手く行ってよかった」
「初見でここまでやってのける!? イザナくんすごい、すごすぎるわ!」
見たところって、実際に分解したわけでもないのになんでスマホの複雑な電気回路を理解できたんだろう。千里眼でも持ってるんだろうか。
中身おっちょこちょいおじいちゃんだし、ぶっちゃけリアンさんの先生だって半信半疑だったけど、確信した。本物だ。本物の先生だ。
バッテリーも一瞬で100%。急速充電器も勝たんわ。天才か。
「それでそれで、そのすまほはどうやって使うの? やってみせてくれないかな!」
サラッと修理してみせたスマートさはどこへやら。
純白のローブに紫紺の本を仕舞い込んだイザナくんは、ずずいとあたしに詰め寄ってアメシストを煌めかせた。なるほど、それが動機か。
イザナくんが今やってみせたことのほうが一流マジシャンもびっくりするだろうイリュージョンなのに、「早く早く」と心待ちにしている姿が幼い子供みたいで、笑ってしまった。
「まぁ、イザナ先生ったら」とオリーヴも笑みをもらしている。
さすがに圏外だから通話はできない。
ちょっと考えて、ホーム画面にあるアルバムマークのアイコンをタップする。写真くらいなら見せられると思ったからだ。
「わぁ、このガラス面に色んなものが映し出されるんだね。書かれている文字はほとんど読めないけど……『Gallery』? うん、それは読めた」
「この本のところを開くとね、画像……スマホが記録した風景とかが見られるの」
「へぇ、すごいなぁ」
日本人向け仕様だから、漢字やひらがな、カタカナ主体のスマホ画面はちんぷんかんぷんなイザナくんも、英語表記なら理解できたみたいだ。
タップしたり、スワイプしたり。あたしが何気なくする動作や次々に遷移する画面を、夢中になって覗き込んでいた。
「これがあたしの住んでた東京の街。東京タワーとかスカイツリーっていう、高い塔があるんだよ」
「あら……東京もすっかり変わったのね。街の人たちもお洒落なお洋服を着てるわ」
前世のオリーヴが生きていた明治時代は、どちらかというと着物が主流だったとのこと。
たまたま映っていたミニスカの女性の後ろ姿を指して、「こんなに脚を出すのは、わたくしは恥ずかしいけれど」と苦笑していた。
大丈夫だよオリーヴ。あたしもここまで堂々とした自信はない。
「これはねー、職場の同僚と女子会したときにはじめて食べたマリトッツォでね、これは2時間並んで買った有名店のタピオカドリンクでね」
「ふふ、こっちは食べ物ばかりね」
「あっ食いしんぼうだって言いたいのか! ちょっと待っててよー」
あたしだって食べてばかりじゃないんだってことを証明するために、『お気に入り』フォルダを漁る。
そしたらカラフルなスイーツ集が、カラフルな風景写真集へと移り変わるところがあって。
これは大学時代、サークル仲間に数合わせで連れて行かれた遊園地で……
これはジェットコースターに無理やり乗せられて撃沈したあたし。
これはおばけ屋敷で魂を抜かれたあたし……
待って、ろくな写真ないじゃんっ!
もう絶対遊園地には行かないって半泣きのあたしを面白おかしく激写しては、メッセージアプリで写真を送りつけてきた友人に数年越しの怒りが再燃する。
勝手に! お気に入りを!! 弄るな!!! とフォルダから削除はしてたはずなんだけど。
あぁ、よく見てみれば、時系列で追加してた写真も撮影日時がてんでバラバラだ。
故障から復帰したときに、変に同期しちゃったのかな。また整理し直さなきゃなぁ……
『──見てほら! 雪だよ、雪!』
ひそかに徹夜を覚悟していたあたしの耳に、飛び込んでくる声がある。
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