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本編

*20* 想いの結晶

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 リアンさんの魔法の先生だというイザナくん。
 すごい人には違いないんだけど、なんていうか、凄まじくもあった。

「今日も晴れたねぇ。ウィンローズは風が爽やかだなぁ……っとっと」

 空を見上げてにこにこしていたかと思えば、つまずき。

「綺麗な花もいっぱいだぁ。あっ、蝶々……わぁ!」

 回廊にひらりと舞い込んだ蝶を追いかけては、つまずき。
 それってたぶん、重たそうに引きずっているローブのせいじゃないかなと思うんだ。

 だけど何回自分の服の裾を踏んでも、「あはは、歳を取ると身体がなまっていけないねぇ」と笑い飛ばすだけ。
 方向音痴でおっちょこちょいな、見た目は美少年中身はおじいちゃん先生? 属性過多だな?

 教え子のリアンさんがくすくすと微笑みながら見守っていたので、日常茶飯事なんだろう。
 今日が初対面のあたしとしては、何度も驚かされる道中だった。

「まぁ、おふたりともご一緒でしたのね。どうぞおかけくださいませ」

 寄り道を挟みながらたどり着いた応接間にて。
 ひとつお辞儀を残したリアンさんに代わって、椅子から腰を浮かせたオリーヴが笑顔であたしたちを迎え入れた。


  *  *  *


 通りすがりの蝶を追いかけていたイザナくんの好奇心は、目的地に到着しても尽きることを知らなかった。

「ひょっとしてこの子、水の妖精パプルかい? 久しぶりに見るなぁ、何十年ぶりだろう、へぇー、ほぉー」

 次なるターゲットは、わらび。
 ずっとあたしの肩に乗っていたのに、どうして今になって注目されているのかというと、それはあたしの右手に転がり出た黒い玉が関係している。

 空間概念をものともしない『収納能力』も、人の言葉を理解する高い知能も、スライムにはないもの。
 そこで改めて目をこらし、ウンディーネの魔力反応を汲む水のマナを感じ取ったことで、イザナくんはわらびの正体に気がついたようだった。

「ンビィ……」

 食い入るようなアメシストの輝きを一身に受けた肝心のわらびは、たじたじみたいだったけどね。

 円卓に座り、左の斜向かいにオリーヴ、右の斜向かいにイザナくんをとらえながら、薔薇に彩られたカップのふちに口をつける。
 上品なベルガモットの香りが、すっと鼻腔を抜けた。

「さすがセリね。イザナ先生ともうこんなに打ち解けて」

「ほぼイザナくんのコミュ力のおかげだけどね。そういうオリーヴも、結構長い付き合いなの?」

「そうね。わたくしがマザーになったばかりの頃から助けていただいているの」

 男性がまだ少し苦手で、ジュリやゼノと面と向かって話すとなると真っ赤に口ごもってしまうこともあるオリーヴも、イザナくんの前では自然な笑みだった。
 美少女かと勘違いする外見のこともあるだろうけど、一番の理由は、これまで築かれてきた信頼関係によるものだろう。

「本日はご多忙の折りにお越しいただき、重ねてお礼申し上げます、先生」

「いいよいいよ。困ったときはお互いさまなんだから、小難しいことは窓の外にでも置いておこう」

 優しげな顔立ちをさらに和らげて、ふと視線を落とすイザナくん。
 アメシストのまなざしは、あたしの首の後ろでちらりと顔を覗かせるわらびから、艶のあるブドウ粒大の黒い玉へと移された。

「ふむ……これはたしかに『夜眼ナイト・アイ』を持つマザーのオーナメントに間違いないな」

 今回の『お茶会』を始めるに当たり、マザー・イグニクスの補佐を務めているというイザナくんについて、オリーヴが教えてくれた。

 彼が仕事にしている『雑用』は、実に多岐にわたる。中でも魔法、それから薬学や医療に関することが得意分野。
 オリーヴがマザーになった当初に知り合い、ヴィオさんやリアンさんをのは、何を隠そうこのイザナくんなのだそうだ。

 そりゃあふたりをニックネームで呼びもするよね。
 あたしたちの世界でいう、親目線みたいなものなんだろうな。

「さてセリちゃん、聞くところによると、これまでに神力を3回使っているということだけど、間違いないかい?」

「うん。ジュリを生んだときと、セントへレムの街で魔力が暴走したジュリを止めたとき、それからウンディーネを操っていた邪悪な力を取り除いたときの3回は、確実に使ってたと思う」

「なるほど。このふた月余りでそんなに……頑張りやさんなのはいいことだけど、それが危うくもある。レティが入れ込むのもわかる気がするよ」

「なんで急にヴィオさん?」

「え? だって婚約したんだろう?」

「してないよ、求婚はされたけど」

「え? でも『ソルロス』のアクセサリーを贈られて、セリちゃんからも贈ったんだろう? ついさっきリリィが言っていたから、さすがに僕の記憶違いではないと思うけど」

「たしかに贈ったけど……え?」

「プレゼントならともかく、『ソルロス』の交換は、ウィンローズにおける婚約の証だよね?」

「…………え??」

 ぽかん。開いた口がふさがらない。
「あれ、違ったっけ?」と首をかしげた拍子に揺れるプラチナブロンド。
 頼む、どうかイザナくんの勘違いであってくれ、頼む。

「イザナ先生……そのお話は、またの機会に」

 勘違いじゃなかった。控えめに言葉を継いだオリーヴが、否定をしなかったからだ。

「おっと話を脱線させてしまったかな。これは失敬」

 イザナくんも何かしらを感じ取ってくれたようで、それ以上深くは掘り下げないでくれた。
 気を遣わせてごめんね。あたしも聞かなかったことにするよ。
 いったん置いとこう。後でじっくりヴィオさんと話をするから!

「それで、オーナメントの話をしていたね。セリちゃんは何か心当たりはあるかい?」

「心当たり……って?」

「『生命の種』──オーナメントはね、理由もなく転がり出てくるようなものではないの。この漆黒のオーナメントはあなた、もしくはあなたに関係する誰かの強い『想い』が、結晶となったものなのよ」

「現段階で言うなれば、これはセフィロトによって与えられた仮の器さ。そしてまだ隙間だらけのこの種を充実させるのが、マザーというわけだ」

 強い想いとマザーの愛に満たされて、オーナメントはようやく実を結ぶ。
 その言葉を受けて思い返せば、たしかにジュリのときは、「こどもがほしい」という強い願望があった。
 でも今回は……すぐに思い当たる節がない。『嘆きの森』での一件の後は、体力を取り戻すので精一杯だったし。

 あたしじゃないなら、あたしに一番身近なジュリか、ゼノの『想い』によるもの?
 だけど、ふたりからそんな話はされたことがない。
 じっと言葉を待つアメシストとペリドットに、かぶりを振ってみせる。

「……この子を生むには、どうすればいいの?」

 ジュリが無事に生まれたのは、本当に奇跡だった。
 あたしはマザーについて、知らないことが多すぎる。このままじゃいけないと思う。

「不安でたまらないわよね。よくわかるわ。それはわたくしからお話しましょう」

「オリーヴ……ありがとう」

「気にしないで」

 いつだって、あたしに寄り添って支えてくれるオリーヴ。
 その包容力と優しさは、彼女自身の経験によって培われた宝物だ。

 不安のひとつひとつを丁寧にほどくソプラノの声音に、酷く安堵する。泣きたくなっちゃうくらいに。
 ふわりとペリドットをほころばせたオリーヴは、細い指先を卓上で組むと、ローズピンクに色づいた唇を開く。
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