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本編
*18* 恋の面影
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朝イチでネモちゃんの熱烈タックルを受け、天国へ召されたあたしが息を吹き返した頃には、軽く30分は時が流れていた。
それから何やかんやあって、ようやくゲストルームから出られるようになるまで、更に30分。
約束の時間から1時間遅れで会食堂を訪れたあたしを出迎えたのは、「おはようございます、セリ様」と普段なら何ともないゼノの真顔だった。
部屋にいないと思っていたわらびが、ゼノの肩で「ビィ、ビィイ!」と大泣きしていたので、悟った。
どうやら、今朝の経緯を報告してくれたらしい。デキる子だ。泣きたい。
恐怖はそれだけに留まらない。毎朝まばゆいモーニングコールをしてくれるジュリくんが、「おはよ、母さん」とテーブルに頬杖をついて、はにかんでいたからだ。
戦慄した。1日でも添い寝できなかった翌朝は、決まってスネて甘えた特攻をしてくるジュリが。
「な、何かあったの……?」と恐る恐る訊けば、「えー? なんにもなかったよー?」との返答。本当だろうか。君のソレは怒っているときの笑顔だって、お母さん思うんですが。
ビビリながら席についたけども、ジュリがあたしに対して怒りを爆発させるようなことはなかった。
運ばれてきた朝食はこれまた高級ホテルレベルの絶品メニューだったんだろうけど、何が出されたのかも、どんな味だったのかも、残念ながら覚えていない。
遅れた詳細を、ジュリは何も訊かない。ゼノも何も言わない。
その異様な光景に堪らなくなったあたしが口を開こうとする頃に、落ち着いたらしいネモちゃんがやってきて。それからはまぁ、お察しの通りだ。
カオスだとジュリにすら放棄された大惨事をおさめてくれたのは、意外にも、リアンさんだった。
そうして部屋を出る際に「朝食が終わったら、わたくしのところへ来てちょうだいね」とオリーヴに言われていたことを思い出す。
「いやですわねぇ、ふたりきりだからって、セリ様に変なことはしませんのに。ヴィオやゼノ様じゃないんですから」
肩をすくめるのはリアンさん。先ほどヴィオさんを始めとした面々に反論されたことを言っているんだろう。
いつもならのらりくらりとかわす彼女も、今日ばかりは「お母様のお申しつけですもの」と花の笑みで一刀両断した。
「いい? もし何かあったら、母さんを『ぱっくん』するんだよ?」と何やらジュリに言い含められていたわらびだけが、同行を許された。
そんなわけで、リアンさんに案内され、オリーヴのもとへと向かっている途中。
あたしだって、こうして極限まで人払いをされたわけに、思い当たる節がないわけじゃない。
だからこそ、目の前で揺れるシルバーブロンドに釘づけになったまま、身が引き締まる思いなんだ。
「私が言うのもなんですが、お嫌でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね?」
「……えっ」
「今まで恋愛には我関せずだったヴィオとネモを暴走させてしまうところが、セリ様のすごいところなのですけれど──もしものときは私が間に入ります。セリ様に嫌われて傷つくのは、彼女たちですもの」
「リアンさん……」
あくまでヴィオさんとネモちゃんのためだからと予防線を張るリアンさんは、普段の茶化すような語調ではなく、純粋に家族の幸福を願う、穏やかな声音を奏でた。
「ありがとうございます」
「うふふ、私は恋する乙女の味方ですから」
決まり文句で締めくくる、見慣れた柔和な笑み。いつもならそれでおしまいなのに、どういうわけか、ふと胸に引っかかるものがあった。
恋する乙女の味方を自称するリアンさん。だけど彼女自身が恋に胸を躍らせている様子を、見たことがあっただろうか?
思い返してみても、脳内はまっさらだった。
「リアンさんの好きなタイプって、どんな人なんですか?」
「私の……ですか?」
何気ない問いだった。だからはたと足を止め、丸みを帯びたペリドットであたしを映したリアンさんに、ぎょっとしてしまう。
「あれっ、変なこと訊きました!?」
「いえ……セリ様からそういったお話を振られるとは、思いもしなくて。ジュリ様いわく、私は『困った人』らしいですからねぇ」
くすり。ひとつ笑みをこぼした後に、かたちのいい桃色の唇が開く。
「おひさまのような方でしょうか」
「おひさま……というと?」
「あたたかい心の持ち主で、花や蝶を愛してくださる、愛情深い方。優しいけれど芯の強い方で……そうですね、ヴィオよりも強いことが、絶対条件です」
「すっごい具体的! しかもヴィオさんより強い人って、そうそういないんじゃ?」
「そうなんです。ですから私、全然お嫁にいけないんですよ、ふふ」
理想が高いのか。でもまぁ、リアンさんみたいに美人で優秀な女性なら、それくらいハイスペックな男性が妥当なのかもしれない。
いや待て。ここはエデンだ。恋愛対象が女性って線もあるんだ。うぅむ……難しいな……
「お母様がお待ちですから、参りましょうか」
ほんのり頬に朱を散らしてはにかんだリアンさんが歩み出そうとして、「……あら」と踏みとどまる。
それから何やかんやあって、ようやくゲストルームから出られるようになるまで、更に30分。
約束の時間から1時間遅れで会食堂を訪れたあたしを出迎えたのは、「おはようございます、セリ様」と普段なら何ともないゼノの真顔だった。
部屋にいないと思っていたわらびが、ゼノの肩で「ビィ、ビィイ!」と大泣きしていたので、悟った。
どうやら、今朝の経緯を報告してくれたらしい。デキる子だ。泣きたい。
恐怖はそれだけに留まらない。毎朝まばゆいモーニングコールをしてくれるジュリくんが、「おはよ、母さん」とテーブルに頬杖をついて、はにかんでいたからだ。
戦慄した。1日でも添い寝できなかった翌朝は、決まってスネて甘えた特攻をしてくるジュリが。
「な、何かあったの……?」と恐る恐る訊けば、「えー? なんにもなかったよー?」との返答。本当だろうか。君のソレは怒っているときの笑顔だって、お母さん思うんですが。
ビビリながら席についたけども、ジュリがあたしに対して怒りを爆発させるようなことはなかった。
運ばれてきた朝食はこれまた高級ホテルレベルの絶品メニューだったんだろうけど、何が出されたのかも、どんな味だったのかも、残念ながら覚えていない。
遅れた詳細を、ジュリは何も訊かない。ゼノも何も言わない。
その異様な光景に堪らなくなったあたしが口を開こうとする頃に、落ち着いたらしいネモちゃんがやってきて。それからはまぁ、お察しの通りだ。
カオスだとジュリにすら放棄された大惨事をおさめてくれたのは、意外にも、リアンさんだった。
そうして部屋を出る際に「朝食が終わったら、わたくしのところへ来てちょうだいね」とオリーヴに言われていたことを思い出す。
「いやですわねぇ、ふたりきりだからって、セリ様に変なことはしませんのに。ヴィオやゼノ様じゃないんですから」
肩をすくめるのはリアンさん。先ほどヴィオさんを始めとした面々に反論されたことを言っているんだろう。
いつもならのらりくらりとかわす彼女も、今日ばかりは「お母様のお申しつけですもの」と花の笑みで一刀両断した。
「いい? もし何かあったら、母さんを『ぱっくん』するんだよ?」と何やらジュリに言い含められていたわらびだけが、同行を許された。
そんなわけで、リアンさんに案内され、オリーヴのもとへと向かっている途中。
あたしだって、こうして極限まで人払いをされたわけに、思い当たる節がないわけじゃない。
だからこそ、目の前で揺れるシルバーブロンドに釘づけになったまま、身が引き締まる思いなんだ。
「私が言うのもなんですが、お嫌でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね?」
「……えっ」
「今まで恋愛には我関せずだったヴィオとネモを暴走させてしまうところが、セリ様のすごいところなのですけれど──もしものときは私が間に入ります。セリ様に嫌われて傷つくのは、彼女たちですもの」
「リアンさん……」
あくまでヴィオさんとネモちゃんのためだからと予防線を張るリアンさんは、普段の茶化すような語調ではなく、純粋に家族の幸福を願う、穏やかな声音を奏でた。
「ありがとうございます」
「うふふ、私は恋する乙女の味方ですから」
決まり文句で締めくくる、見慣れた柔和な笑み。いつもならそれでおしまいなのに、どういうわけか、ふと胸に引っかかるものがあった。
恋する乙女の味方を自称するリアンさん。だけど彼女自身が恋に胸を躍らせている様子を、見たことがあっただろうか?
思い返してみても、脳内はまっさらだった。
「リアンさんの好きなタイプって、どんな人なんですか?」
「私の……ですか?」
何気ない問いだった。だからはたと足を止め、丸みを帯びたペリドットであたしを映したリアンさんに、ぎょっとしてしまう。
「あれっ、変なこと訊きました!?」
「いえ……セリ様からそういったお話を振られるとは、思いもしなくて。ジュリ様いわく、私は『困った人』らしいですからねぇ」
くすり。ひとつ笑みをこぼした後に、かたちのいい桃色の唇が開く。
「おひさまのような方でしょうか」
「おひさま……というと?」
「あたたかい心の持ち主で、花や蝶を愛してくださる、愛情深い方。優しいけれど芯の強い方で……そうですね、ヴィオよりも強いことが、絶対条件です」
「すっごい具体的! しかもヴィオさんより強い人って、そうそういないんじゃ?」
「そうなんです。ですから私、全然お嫁にいけないんですよ、ふふ」
理想が高いのか。でもまぁ、リアンさんみたいに美人で優秀な女性なら、それくらいハイスペックな男性が妥当なのかもしれない。
いや待て。ここはエデンだ。恋愛対象が女性って線もあるんだ。うぅむ……難しいな……
「お母様がお待ちですから、参りましょうか」
ほんのり頬に朱を散らしてはにかんだリアンさんが歩み出そうとして、「……あら」と踏みとどまる。
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