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本編
*7* お説教アフタヌーンティー
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もしここに鏡があったなら、目をテンにした間抜けなあたしが映っていたはずだ。
そしてあたし同様に絶句した後、「……はぁあ……」と唸るようにため息を吐いたヴィオさんの眉間には、深いシワが刻まれる。
「いい趣味をしているな……リアン」
「あらごめんなさい、私ったらつい熱くなってしまって」
うっかりうっかりです! と茶目っけたっぷりに薔薇の茂みから顔を出したリアンさん、にっこりと笑ってひと言。
「私のことはお気になさらず、どうぞどうぞ続きを」
「できるかぁッ!!」
星凛さん絶叫。仕方ないよね、逆にそれで「はーい!」とかうなずくほうが神経疑うわ。
なんだろう、よくわかんないけど、たぶんリアンさんに上手いことはめられたんだろうなってことはわかる。
「ちょっといいですかねぇ、リアンさーん?」
「母さんっ……!」
「んぐぇえっ!」
ヴィオさんが頭を抱えてしまったことで、晴れて自由の身となったあたし。
だけどいざ抗議しようときびすを返した矢先に、肺へダイレクトな衝撃を食らった。
ここでやってきました、うちのジュリくん。
「そんなぁ……母さんお嫁にいっちゃうの?」
「『母さんお嫁にいっちゃうの』!?」
なんつーパワーワードだ。思わず復唱してしまった。
「まだお嫁にいっちゃやだよぉ……!」と更なる一撃。錯乱しているのか、「母さんをお嫁さんにもらうのはオレだもんー!」と駄々っ子みたいに泣いているジュリくん。
色んな意味でクリティカルヒットです。ねぇ、ツッコミが追いつかないよ?
「──セリ様は、どこにも行きません」
すでにカオスな状況下で、地底から響くような声があった。
「──私が、認めません」
言葉少なながらも、圧倒的な迫力と「ゴゴゴゴ……」という擬音を背景に背負った、ゼノの発言だ。
「それでもセリ様を連れてゆくというなら──私を倒してからにしてください」
……『俺の屍を超えてゆけ』的な?
なんかゼノが、娘をお嫁にやりたくない父親みたいなことを言い出したよ。
「ふ……まさか私が怖気づくとでも? 望むところだ」
そしてヴィオさん、ノらないでください。
どこからともなく剣を取り出さないでください、ふたりとも!
「あらあら、これが俗にいう修羅場ですわね……!」
「リアンさん楽しんでませんか!」
「うぅ、まだ母さんと一緒にいたいよぉ……お嫁いっちゃやだよぉ……」
「大丈夫だから! お嫁いかないから! だからジュリ戻ってきて!」
「ビヨーン」
「あらわらびちゃん、ジュリくんの涙ふいてあげてるの、いいこねぇ!」
「ビヨヨ~ン」
ぶっちゃけわらびは水が大好きなので、水たまりで遊んでいるような感覚なのかもしれない。
でも、「うぇえ……!」と泣きじゃくるジュリの頬へ、ぽよん、ぽよん、とすり寄るわらびにそういう幻覚でも見ていないと、正直やってらんなかった。
誰か……誰でもいいから助けてくれ……!
「ちょっと、あなたたち! わたくしのことを仲間外れにしないでくださるかしら!?」
真っ赤な薔薇の向こうから響き渡る、ヒールを打ち鳴らす足音。
オレンジのロングヘアーをなびかせながら、颯爽と現れたのは、ペリドットの瞳をにじませて、ぐすん……と鼻をすする少女。
「──救世主!」
「えっ?」
* * *
そうだ、教会を建てよう。
オリヴェイラ・ウィンローズという女神様を、信仰するために。
「んもう! セリが大事なのはわかるけれど、困らせちゃダメじゃない!」
「言ったれ言ったれー」
お説教から始まったアフタヌーンティータイム。
薔薇に囲まれたテラスで、カラフルなスイーツが所狭しと並べられたテーブルについているのは、オリーヴとあたしだけ。
ほかのみんなは、あたしたちと対面するかたちで椅子の後ろに立たされている。
言っちゃ悪いけど、職員室に呼び出されてお説教されてる生徒みたいな構図だな。
「いいこと? セリのご機嫌が直るまで、みんな紅茶もお菓子もお預けですからね! ほらセリ、あーん」
「あー、はむっ」
「今日は木苺のショートケーキを焼いてみたの。どうかしら?」
「んふふ、おいひぃ」
「まぁ嬉しいわ! 遠慮しないでもっと召し上がって! このアップルパイはね、薔薇の飾り切りに挑戦してみたの!」
「えへへ、オリーヴのお菓子、だいすきだぁ」
あたしはというと、オリーヴに「あーん」されたスイーツをもぐもぐしていた。
餌付けされてる自覚はある。でもひとくち食べたらさ、にこにこになっちゃうんだよね。
そんなあたしを見て、オリーヴも「キュンキュンするわ……!」って頬を染めるんだ。
なにこの幸せ空間。あたしもうオリーヴと結婚する。
「お騒がせして申し訳ありません、母上」
「お母様、ごめんなさーい」
「もービックリしちゃった。ごめんねー」
「聞き捨てならない言葉が聞こえましたので、ムキになってしまいました。申し訳ございません、セリ様」
誤解もとけ、みんながそれぞれに謝罪の言葉を口にしている。
オリーヴのおかげで、反省しているようだ。
……反省、してるよね? リアンさんはさておき……やけに饒舌なゼノの瞳孔が、開いてる気がしないでもないけど。
「もう……セリをウィンローズへご招待したのは、大事なお話があるからなんですよ」
嘆息混じりにオリーヴが告げた言葉に、身が引き締まる思いだ。
そう『それ』こそ、あたしがウィンローズへやってきた最大の理由。
「みんな座って。わらびはこっちに」
「ビッ!」
どうせ長話になる。そんなことはわかりきっているから、意地を張るのはやめる。
察したらしいジュリ、リアンさんが、向かいに腰を落ち着ける。
ゼノとヴィオさんは佇んだまま、真摯なまなざしだけを寄越してくる。
その様子を見届けた頃、ぽむっぽむっとスイーツを避けながらテーブル上を弾んでいたわらびが、目の前にやってきた。
右手を出せば、何を言わずともわかってくれたようで、「ンアー」と白餡に切れ込みを入れたようなお口を開ける。
……ころん。
そうして手のひらに転がり出たものを、そっと手に取るオリーヴ。
「失礼するわね」
華奢な親指と人差し指の間にある『ソレ』は、ブドウの粒と同じ大きさの黒い玉だ。
「……間違いないわ」
オリーヴにとって、『ソレ』が何かを言い当てるのは、難しいことではなかった。
「これは、あなたのオーナメントよ、セリ」
そしてあたし同様に絶句した後、「……はぁあ……」と唸るようにため息を吐いたヴィオさんの眉間には、深いシワが刻まれる。
「いい趣味をしているな……リアン」
「あらごめんなさい、私ったらつい熱くなってしまって」
うっかりうっかりです! と茶目っけたっぷりに薔薇の茂みから顔を出したリアンさん、にっこりと笑ってひと言。
「私のことはお気になさらず、どうぞどうぞ続きを」
「できるかぁッ!!」
星凛さん絶叫。仕方ないよね、逆にそれで「はーい!」とかうなずくほうが神経疑うわ。
なんだろう、よくわかんないけど、たぶんリアンさんに上手いことはめられたんだろうなってことはわかる。
「ちょっといいですかねぇ、リアンさーん?」
「母さんっ……!」
「んぐぇえっ!」
ヴィオさんが頭を抱えてしまったことで、晴れて自由の身となったあたし。
だけどいざ抗議しようときびすを返した矢先に、肺へダイレクトな衝撃を食らった。
ここでやってきました、うちのジュリくん。
「そんなぁ……母さんお嫁にいっちゃうの?」
「『母さんお嫁にいっちゃうの』!?」
なんつーパワーワードだ。思わず復唱してしまった。
「まだお嫁にいっちゃやだよぉ……!」と更なる一撃。錯乱しているのか、「母さんをお嫁さんにもらうのはオレだもんー!」と駄々っ子みたいに泣いているジュリくん。
色んな意味でクリティカルヒットです。ねぇ、ツッコミが追いつかないよ?
「──セリ様は、どこにも行きません」
すでにカオスな状況下で、地底から響くような声があった。
「──私が、認めません」
言葉少なながらも、圧倒的な迫力と「ゴゴゴゴ……」という擬音を背景に背負った、ゼノの発言だ。
「それでもセリ様を連れてゆくというなら──私を倒してからにしてください」
……『俺の屍を超えてゆけ』的な?
なんかゼノが、娘をお嫁にやりたくない父親みたいなことを言い出したよ。
「ふ……まさか私が怖気づくとでも? 望むところだ」
そしてヴィオさん、ノらないでください。
どこからともなく剣を取り出さないでください、ふたりとも!
「あらあら、これが俗にいう修羅場ですわね……!」
「リアンさん楽しんでませんか!」
「うぅ、まだ母さんと一緒にいたいよぉ……お嫁いっちゃやだよぉ……」
「大丈夫だから! お嫁いかないから! だからジュリ戻ってきて!」
「ビヨーン」
「あらわらびちゃん、ジュリくんの涙ふいてあげてるの、いいこねぇ!」
「ビヨヨ~ン」
ぶっちゃけわらびは水が大好きなので、水たまりで遊んでいるような感覚なのかもしれない。
でも、「うぇえ……!」と泣きじゃくるジュリの頬へ、ぽよん、ぽよん、とすり寄るわらびにそういう幻覚でも見ていないと、正直やってらんなかった。
誰か……誰でもいいから助けてくれ……!
「ちょっと、あなたたち! わたくしのことを仲間外れにしないでくださるかしら!?」
真っ赤な薔薇の向こうから響き渡る、ヒールを打ち鳴らす足音。
オレンジのロングヘアーをなびかせながら、颯爽と現れたのは、ペリドットの瞳をにじませて、ぐすん……と鼻をすする少女。
「──救世主!」
「えっ?」
* * *
そうだ、教会を建てよう。
オリヴェイラ・ウィンローズという女神様を、信仰するために。
「んもう! セリが大事なのはわかるけれど、困らせちゃダメじゃない!」
「言ったれ言ったれー」
お説教から始まったアフタヌーンティータイム。
薔薇に囲まれたテラスで、カラフルなスイーツが所狭しと並べられたテーブルについているのは、オリーヴとあたしだけ。
ほかのみんなは、あたしたちと対面するかたちで椅子の後ろに立たされている。
言っちゃ悪いけど、職員室に呼び出されてお説教されてる生徒みたいな構図だな。
「いいこと? セリのご機嫌が直るまで、みんな紅茶もお菓子もお預けですからね! ほらセリ、あーん」
「あー、はむっ」
「今日は木苺のショートケーキを焼いてみたの。どうかしら?」
「んふふ、おいひぃ」
「まぁ嬉しいわ! 遠慮しないでもっと召し上がって! このアップルパイはね、薔薇の飾り切りに挑戦してみたの!」
「えへへ、オリーヴのお菓子、だいすきだぁ」
あたしはというと、オリーヴに「あーん」されたスイーツをもぐもぐしていた。
餌付けされてる自覚はある。でもひとくち食べたらさ、にこにこになっちゃうんだよね。
そんなあたしを見て、オリーヴも「キュンキュンするわ……!」って頬を染めるんだ。
なにこの幸せ空間。あたしもうオリーヴと結婚する。
「お騒がせして申し訳ありません、母上」
「お母様、ごめんなさーい」
「もービックリしちゃった。ごめんねー」
「聞き捨てならない言葉が聞こえましたので、ムキになってしまいました。申し訳ございません、セリ様」
誤解もとけ、みんながそれぞれに謝罪の言葉を口にしている。
オリーヴのおかげで、反省しているようだ。
……反省、してるよね? リアンさんはさておき……やけに饒舌なゼノの瞳孔が、開いてる気がしないでもないけど。
「もう……セリをウィンローズへご招待したのは、大事なお話があるからなんですよ」
嘆息混じりにオリーヴが告げた言葉に、身が引き締まる思いだ。
そう『それ』こそ、あたしがウィンローズへやってきた最大の理由。
「みんな座って。わらびはこっちに」
「ビッ!」
どうせ長話になる。そんなことはわかりきっているから、意地を張るのはやめる。
察したらしいジュリ、リアンさんが、向かいに腰を落ち着ける。
ゼノとヴィオさんは佇んだまま、真摯なまなざしだけを寄越してくる。
その様子を見届けた頃、ぽむっぽむっとスイーツを避けながらテーブル上を弾んでいたわらびが、目の前にやってきた。
右手を出せば、何を言わずともわかってくれたようで、「ンアー」と白餡に切れ込みを入れたようなお口を開ける。
……ころん。
そうして手のひらに転がり出たものを、そっと手に取るオリーヴ。
「失礼するわね」
華奢な親指と人差し指の間にある『ソレ』は、ブドウの粒と同じ大きさの黒い玉だ。
「……間違いないわ」
オリーヴにとって、『ソレ』が何かを言い当てるのは、難しいことではなかった。
「これは、あなたのオーナメントよ、セリ」
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