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第20話 ひとはそれを自業自得という

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「あらま、もうこんな時間。アタシはそろそろ失礼して……とその前に。これは今回の契約書ね。それと、ひとつお願いしてもいいかしら? ユイちゃん」

 美玉メイユーさんはそういって、さらさらと一筆したためた書面とは別に、おもむろに衿元から一通の手紙を取り出した。

「この文を、わたしてほしいひとがいるんだけど」

「だれですか? 僕でもわかるひとかな……」

「愉快な用心棒のオジサマよ」

松君ソンジュンさんですね……」

 知り合いだったんだ。それに意外だな。おなじ商人同士、てっきりファンさん宛かと思ったのに。

「あれ? でも松君さんなら、このお屋敷のどこかにいるはずですけど、呼びましょうか?」

「いいえ、すがたが見えないんじゃなくて、見せないのよ。ったく、勘の鋭いオトコだわ」

「えぇっと……?」

 美玉さんが野太い低音で悪態をつくので、畏縮してしまう僕。

「雨ちゃん、あの野郎に伝えておいて」

 最後に目にした美玉さんを言葉で表現するなら、そうだな。

 熊も逃げ出す形相だった、とだけ言っておこう。


  *  *  *


「というわけで美玉さんから、『恋・文・よ?』だそうです」

「イヤァアアアア!!」

 昼すぎから顔を見ないなと疑問に思っていたことが、解決した。

 逃げていたんだ。美玉さんから、全力で。


 絶賛逃走中の松君さんは、僕の寝室の天井に張りついていたところを発見した。

 夕暮れ時、明かりをともす前の薄暗い室内だったこともあり、軽くホラーだった。発狂しなかった僕をほめてほしい。枕は投げつけたけど。

 そして落っこちてきた松君さんは、マイに噛まれ、引っ掻かれていた。自業自得。

 で、なんやかんやあって、現在にいたる。

「どんな恨み買ったんですか、松君さん……」

「しんがーい! 心外だヨ、雨少年! ワタシに非があること前提なのしんがーい!」

「あなた何歳児ですか……」

「ていうか、一方的に言い寄られてるのはワタシですゥ! ワタシのほうが被害者ですゥ!」

「はいはい……とにかく、わたしましたからね」

 一般人からのお手紙に恐怖している用心棒ってどうなんだろう、と思わなくもないけど、ややこしいことになるので胸のうちにとどめておく。

「シクシク……」とわざとらしく泣き真似をしている松君さんなんか知らない。この人ほんとうに腕の立つ武人なんだろうか。

 ……なにはともあれ。

「美玉さんのおかげで、資金が用意できたね。これで、氾さんにもちょっとはお返しができるかな?」

 このままお世話になってばかりじゃいられないから、働きに出たいと考えていたところだ。

「働き口の紹介もしてるみたいだから、こんど氾さんに相談してみようね」

 寝台に腰かけて、ひざの上で丸まった麦の背中をなでる。

 すこしずつ、すこしずつ、未来のことが見えてくる気がした。

 でも、前に進めてるって感じていたのは、僕だけだったのかな。

「────」

 ぴくり、と大きな三角耳を立てた麦が、僕のひざから飛び降りる。

「麦……?」

 どうしたの、と問いかける間もなく、淡い橙色の髪の少年が現れる。

 鼈甲飴色の瞳に見つめられると、ドクン、と心臓が脈打ち、いまさらになってからだの芯から熱くなってくる。

(僕はバカか……キス、されたっていうのに)

 伸びてきた右手が、ほほにふれる。僕の正面にたたずんでいた麦が、ぐ、と腰を折り、至近距離までのぞき込んできた。

 吐息が、ふれる。

「なんか、近くない? 急にどうしたのかな、はは……」

 笑って背けようとした顔は、反対側のほほもつつまれたことで、もとの位置へ連れ戻されてしまう。

 麦の様子が、変だ。深刻な面持ちで、まるで僕の言動に異を唱えるみたいに……

「……え?」

 はくはくと、またもや口を動かしていた麦。

 なぜだろう。今回はどうしてか、読めてしまった。

 麦の唇の動きが。

 麦が、なにを伝えようとしているのかが。


 ──だ、め。

 ──あ、ぶ、な、い。


「……『危ない』……?」

「ム? これは……」

 僕が一時思考停止したのと、美玉さんからの手紙を読んでいた松君さんがハッとしたような声をあげたのは、ほぼ同時で。
 
「失礼いたします。人魚さまはいらっしゃいますでしょうか……?」

 へやの扉をノックする音、そして聞き慣れない女の子の声が耳に届いたのも、そんなときだった。
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