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第4話 自由になるんだ
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「言わせておけば、この恩知らずが! おまえなんか器量がいいだけで、なんにもできやしないくせに! 化け物! このばけも──!」
ば、つん。
情け容赦なく、骨が断たれる音。
女の頭が、宙を舞う。
「わめくな。耳ざわりだ」
抑揚のない声音で、黒衣の男が右腕で一閃。
黒い光の剣に両断された頭部が脳天からあごにかけてぱかりと真っ二つに割れ、鮮血にまじって透明の脳脊髄液が飛散した。
ゴロゴロ……と、空が低くうなっている。
夢でも見ているかのようだ。
それでも鼻をツンと突き刺す刺激臭は、気のせいなんかじゃない。
ヒュンッと空を切る音があって、鉄錆のにおいをまとった飛沫が舞った。男が剣を振り、血払いをしたんだ。
(……次は、僕だ)
背筋が凍りつく。バクバクと心臓は飛び跳ね、こめかみから冷や汗がふき出る。
(また……殺されるんだ。なんなんだろう、僕の人生って)
じぶんの体重を支えることすらままならず、ひざからくずれ落ちる。
「そのすがたは、人魚か。また面妖な」
一歩、また一歩とせまる、死神の足音。
うなだれ、小刻みにふるえる僕は、斬首の時を待つ罪人のようで。
(コワイ……こわい怖い恐い!)
にじむ視界の端に真っ黒な爪先が映ったかと思えば、男が片ひざをつき、頭上に影がかかる。
無慈悲にも人の命を奪った武骨な手が、僕のあごをすくい上げたそのとき、まばゆい稲光が駆けめぐる。
──龍だ。漆黒の龍が、そこに。
こちらをにらみつける憤怒の表情。それが作りもののお面だとわかったのは、三拍ほど遅れて。
素顔を物々しい龍頭の面でへだてている彼もまた、漆黒の髪を雨風になびかせている。
「おまえ……その顔」
ふいに、男の声音がゆらいだ。
その手中で、黒い光の剣が霧散する。
「そんなはずは……よりにもよって、なぜあいつの……」
「……え……」
「ッ──来い!!」
「いッ!? いたいいたい、痛いッ!!」
力まかせに手首をさらわれ、骨が折れるかと。
金切り声のような悲鳴をあげ、突き飛ばす。
「さわらないで! 来ないで!!」
「っ……」
それからはもう、無我夢中だった。
朱欄に手をかけ、まばたきのうちに飛び越えたなら、雨脚の強まる宵闇の向こうへ脱兎のごとく駆け出す。
「『黒髪さま』!?」
「『黒髪さま』! どちらへ!」
「うるさい退けよッ!!」
列をなして屋敷へ向かってくる村人たちを、跳ねのけながらひた走る。
傘なんていらない。びしょ濡れになったっていい。僕は、人魚なんだから。
すぐに追いつかれると思ったのに、黒衣の男がすがたを現すことは、なかった。
がむしゃらに駆けて駆けて駆けて、村のはずれまでたどり着く。
漂流物だらけで、手つかずのみずぼらしい砂浜。けれどもあの水平線の向こうには、まだ見ぬ世界がある。
ためらいは一瞬だけ。じぶんを奮い立たせるように尾びれで砂浜を叩き、想いの丈すべてを、この身とともに、波打つ海面へ投じた。
「村を離れるんだ……こんな檻みたいな場所、飛び出してやるんだ」
人の死を目の当たりにしたショック。
極限までさらされた恐怖。
荒ぶる情緒が臨界点突破した僕は、ハイになっていた。
あふれ出る脳汁のままに、水流を巻き起こし、暗い海を猛然と突き進む。
「僕は、自由だ──!」
夢にまで見たもの。切望してやまなかったもの。
それをようやく手にできたというのに、なんでだろう?
心にぽっかりと、穴はあいたままだった。
ば、つん。
情け容赦なく、骨が断たれる音。
女の頭が、宙を舞う。
「わめくな。耳ざわりだ」
抑揚のない声音で、黒衣の男が右腕で一閃。
黒い光の剣に両断された頭部が脳天からあごにかけてぱかりと真っ二つに割れ、鮮血にまじって透明の脳脊髄液が飛散した。
ゴロゴロ……と、空が低くうなっている。
夢でも見ているかのようだ。
それでも鼻をツンと突き刺す刺激臭は、気のせいなんかじゃない。
ヒュンッと空を切る音があって、鉄錆のにおいをまとった飛沫が舞った。男が剣を振り、血払いをしたんだ。
(……次は、僕だ)
背筋が凍りつく。バクバクと心臓は飛び跳ね、こめかみから冷や汗がふき出る。
(また……殺されるんだ。なんなんだろう、僕の人生って)
じぶんの体重を支えることすらままならず、ひざからくずれ落ちる。
「そのすがたは、人魚か。また面妖な」
一歩、また一歩とせまる、死神の足音。
うなだれ、小刻みにふるえる僕は、斬首の時を待つ罪人のようで。
(コワイ……こわい怖い恐い!)
にじむ視界の端に真っ黒な爪先が映ったかと思えば、男が片ひざをつき、頭上に影がかかる。
無慈悲にも人の命を奪った武骨な手が、僕のあごをすくい上げたそのとき、まばゆい稲光が駆けめぐる。
──龍だ。漆黒の龍が、そこに。
こちらをにらみつける憤怒の表情。それが作りもののお面だとわかったのは、三拍ほど遅れて。
素顔を物々しい龍頭の面でへだてている彼もまた、漆黒の髪を雨風になびかせている。
「おまえ……その顔」
ふいに、男の声音がゆらいだ。
その手中で、黒い光の剣が霧散する。
「そんなはずは……よりにもよって、なぜあいつの……」
「……え……」
「ッ──来い!!」
「いッ!? いたいいたい、痛いッ!!」
力まかせに手首をさらわれ、骨が折れるかと。
金切り声のような悲鳴をあげ、突き飛ばす。
「さわらないで! 来ないで!!」
「っ……」
それからはもう、無我夢中だった。
朱欄に手をかけ、まばたきのうちに飛び越えたなら、雨脚の強まる宵闇の向こうへ脱兎のごとく駆け出す。
「『黒髪さま』!?」
「『黒髪さま』! どちらへ!」
「うるさい退けよッ!!」
列をなして屋敷へ向かってくる村人たちを、跳ねのけながらひた走る。
傘なんていらない。びしょ濡れになったっていい。僕は、人魚なんだから。
すぐに追いつかれると思ったのに、黒衣の男がすがたを現すことは、なかった。
がむしゃらに駆けて駆けて駆けて、村のはずれまでたどり着く。
漂流物だらけで、手つかずのみずぼらしい砂浜。けれどもあの水平線の向こうには、まだ見ぬ世界がある。
ためらいは一瞬だけ。じぶんを奮い立たせるように尾びれで砂浜を叩き、想いの丈すべてを、この身とともに、波打つ海面へ投じた。
「村を離れるんだ……こんな檻みたいな場所、飛び出してやるんだ」
人の死を目の当たりにしたショック。
極限までさらされた恐怖。
荒ぶる情緒が臨界点突破した僕は、ハイになっていた。
あふれ出る脳汁のままに、水流を巻き起こし、暗い海を猛然と突き進む。
「僕は、自由だ──!」
夢にまで見たもの。切望してやまなかったもの。
それをようやく手にできたというのに、なんでだろう?
心にぽっかりと、穴はあいたままだった。
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