上 下
113 / 113

大祭り

しおりを挟む
「はあ、今回は初対面だから許すけど、次子供と間違えたら怒るからね。……それでヒトゥリはなんでこんな所に1人で座ってるの? 皆は祭りの準備を見に行ってるのに」

「俺はこの里に異世界帰りの伝承を聞きに来た。その祭りとやらに参加する為に来たわけじゃない。それにお前こそ同じだろ。こんな所で何してる」

「暇を持て余してんのよ。この里は祭りのせいで誰かに構う余裕なんてないもの」

 少し得意気にアカリは鼻を高く言った。
 答えになってないと思いながらも、俺は立ち上がる
里長までもが祭りの会場――神社にいる事が分かった今、ここに留まる理由はなかった。

「そうか、それじゃあな暇人。俺は里長に会いに神社に行ってくる。お前も来るか?」

「んー、あたしはいいかな。どうせギスギスしてるんだろうし」

 どういう事かと聞き返そうとしたが、既にアカリは背を向けていた。
アカリ、不思議な奴だ。
 言葉通りに畦道を神社とは反対方向に辿るアカリを見送り、俺は里を見下ろす位置にある神社へと向かった。
 

 石段を何十と踏み上がり、神社の境内に入る頃には陽は頭の直上に輝いていた。
 つい先程まで祭りの神輿や櫓を作っていたであろう里人達も、昼の休憩に入り木陰や庇の下で各々休憩をしている。
 その中に、見覚えのある一団がいた。
 彼らは近づいてくる俺に気付くと手を振り、俺の入るスペースを開けてくれた。

「遅かったわねヒトゥリ。貴方、もしかして今までずっと誰もいない里の中を探索してた?」

 席に着くなりおにぎりを頬張りながら、マリーがからかってくる。
 聖達が西で魔法を作ってまで栽培していた米だが、東では昔から常食として普及しているらしい。
 このおにぎりも里の魔物からの頂き物だろう。
 俺も1つ掴もうと手を出した間に、フェイが言葉を返していた。

「何を言ってるッスか。ヒトゥリ様がそんな無駄な時間を過ごすわけないじゃないッスか。きっとこの里について調べ上げてるッス!!」

 ちょっと耳に痛いフェイの言葉を聞き流し、おにぎりにかぶりつく。
 新鮮な白米の塩によって引き立てられた旨味が舌にしみる。
 具はよく分からない山菜だ。
 
「ん、美味いなこのおにぎり。……まあ俺の方も収穫はあったな。旅人にも出会ったし」

「ほう、旅人……ですか。珍しい。この土地にそんなに多くの来客が来るなど」

 俺の言葉に反応を返したのは、初めて見る鹿の魔物だった。
 立派な角に、痩せた印象を受ける髭、理的な……というよりは老境に入った事をかんじさせる丸眼鏡。
 
「ワシはシャカイ・マンサ。この里の鹿族の長をしております。あなたの事は話は聞いておりましたよ、ヒトゥリさん。里の伝承について聞きたがっているそうですね」

「そうだ。この里の異世界帰りの伝承を探してる。……長と言ったがお前が里長って認識でいいのか?」

「いえ、かなり違います。ワシはあくまでこの里に幾ばくか住み着いている【鹿族】の長。この里の長ではありません。――そしてあなたが聞きたがっている伝承は里長しか語る事を許されていない」

 シャカイは簡潔に答えると、そのまま眼鏡の奥の黄色がかった瞳を閉じた。
 ではその里長は誰なのか?
 その疑問を言葉にする前に、いつの間にか近寄っていた狸の魔物が会話に口を挟んできた。

「まあ、そういう事ですわ。せっかく長旅までして訪問してくれて、悪いけどワイらも忙しいってこっちゃ。ああ、ワシは縫田貫ぬいたかん
ワイが里長になったら景気よく伝承でも何でも話したるから、よろしゅうな!」

 信楽焼の狸みたいに丸い目をして、七福神の恵比寿みたいな髭をした、いかにも商売をしていそうな笑顔を張り付けた胡散臭いおっさん――俺が受けた第一印象だ。
 奴はその笑顔のまま手を差し出し握手を求めてくるが、どうにも握る気分にはなれない。
 その手を握ったら頭の中身まで見透かされそうな……狸の自信に満ちた笑顔がそう感じさせるのだろうか。
 
「……なんですの、その顔。えらく不機嫌なようやし、ワイが何かしてもうたか!?」

「そら、そうちゃうん? 胡散臭い狸の脂ぎった掌なんて、誰も握りたがりませんわ」

 差し出された縫田の手を遮るように現れた、狐の魔物。
 厭味ったらしく縫田の面を見下しながらも、その体は俺に背を向け警戒を示している。
 口では縫田を嫌いつつ、本当に信用していないのは俺の方なのだろう。

「……アツネ。またお前か、このワイの手が脂ぎっとるやって? うらやましいんか? お前の手は干からびてしっわしわやもんなぁ? このババア!」

「あらあらこの美しい白魚のような手を見て干からびてるなんて、あんたの審美眼も朽ちとるんやない? それで商売人なんてお笑いやわ」

 爪を剥き出し、手をにぎにぎと威嚇する縫田。
 空に獣の手を伸ばしてゆらゆらと揺らすアツネ。
 にらみ合いはやがて、激しい口論へと発展していく。

 低い声と甲高い声が混じる中、俺はマリー達の元へと向かった。
 止めようにも、周囲の里人の反応を見る限りこれが平常運転みたいだからな。
 やはり話を聞くにはこの祭りの騒動をどうにかするしかなさそうだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

山田康介
2021.09.09 山田康介

ありがとうございます!
これからも楽しんで下さい!

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。