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それはレールガンではない

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 『遺物兵器ロストウェポン』を運ぶ為、キャンプから何人かの兵士と馬を連れて、聖達は戦線に戻って来た。
 車輪が道を削る音だけが鳴る中、空気は重苦しく、絵里は聖の判断に納得いっていないがそれでも渋々ついて来ていた。
 レインの方は黙っていたが……少し特殊だった。
 レインは出発前に俺が側近と勘違いしていた狼獣人の男、将軍に諭されたのだ。
 
「あの男……大統領が何を考えているかは知らないが、それでもバラバラだったこの土地をまとめ上げて連邦にした男だ。やっている事に間違いはない。……我のように大統領を信じられぬと言うのなら、この父の言葉を信じるが良い」

 と、そう言った。
 その時は聖も絵里も驚いていなかった事から、彼らはこの親子関係を知っていたようだ。
 
「父さまが……そう言うのなら。我も信じます」

 血のつながった父親に話すにしては、仰々しいが良家というのはそういう物なのだろう。
 どうあれレインは聖を信用するというよりも、自分の父親を信じていた。
 聖達は各々の形でこの異常な兵器を受け入れて、兵士達を引き連れ黒竜のいる戦線へと戻って来た。


「黒竜よ! その身を堕とせ!」

 女騎士はそう叫び、手にした大槍を空に投げ放った。
 異常に発達した彼女の剛腕から射出されたそれは、空気の層を打ち破る音を響かせ黒竜の羽を射抜いた。
 飛行制御を失い地に落ちるドラゴンに、一般兵達からの大量の矢と魔法による攻撃が押し寄せる。
 しかしそれらの攻撃は硬い竜の鱗を貫く事などなかった。
 黒竜は大地から身を起こすと空を仰ぎ、口を開く。
 天に向ける咆哮――否、ブレスが分たれ墜落し大地の兵達を抉り消す。

 丘陵地帯を進む聖達から数㎞離れた所で、セルティミア達は未だ戦っていた。
 あれから半日は経過しているはずだが、誰も戦線離脱の意志は見せない。
 それもそうだろう。
 
 こうして戦っている最中にも、黒竜の体からは毒血が流れ出ている。
 もはや攻撃する、しないに関わらずこの黒竜は魔力を使ってでも土地を穢すと決め込んだようだ。
 こんな汚染源と化した災害級のドラゴンを放っておいたら、近くの村を襲いそのまま毒で全てを飲み込みかねない。
 セルティミア達にできる最善は殺す事はできなくとも、黒竜をここで食い止める事だった。
 しかし。

「くっ……すまないレイオン殿。私もここで限界だ……」

 セルティミアが得物を投げる最終手段に出たのは、彼女自身の肉体が限界を迎えていたからだった。
 長時間の戦闘と黒竜の攻撃により、まずジルが倒れ。
 続いて防御の要であるラフィーが倒れ、そしてフレイアが倒れた。
 黒竜が放つ毒から身を護る術を失った彼らの中で、強靭な肉体を持つセルティミアと『極小聖域』による無限回復ができるレイオンだけが戦闘を続けられていた。
 だが、それにも限界がある。
 セルティミアにとっては今がその時だった。

「問題ない。この程度の邪竜、元より私1人で十分だ」

 レイオンは倒れ行くセルティミアに、そう大口を叩いて見せた。

「行くぞ邪竜! 『属性魔法・爆風噴出ファイアブースト』」

 『極小聖域』の守護をそのままに、じわじわと距離を詰め属性魔法による爆風を利用し、一気に飛びかかる。
 これが発動中は移動ができない『極小聖域』の弱点を克服するための動き、ようするに一瞬だけ解除して数歩進み、毒が体を侵し切る前に再発動して無限回復による解毒を行っているのだ。
 一見良いアイデアの様に見えるが、フェイントを掛ける時間がないので
 本来ならこんな鈍間な動きしかできない相手など無視して先に進むだろうが、黒竜は知性はあっても理性はない。
 目の前の敵を放る判断などできはしなかった。
 だからこうして、英雄が到来してしまった。
 時間切れだ。

「レイオンさん、下がってください! 『遺物兵装ロストウェポン虚空想砲ヴォイドキャノン』、行けええええ!」

 丘陵の彼方から風の魔法でレイオンに声が届けられた。
 その数秒後、何かが強く煌めき閃光が走る。
 それには風圧すら存在せず、ただ形容しがたい黒色の光の筋が通っただけに思えた。

「黒い風……いやこれは!」

 危険を察知して、間一髪で飛び退いたレイオンの目の前には、鱗を貫かれ肉を焦がす黒竜の姿があった。
 状況を把握したレイオンはそのまま仲間を抱えて離脱を開始する。
 重い荷物を抱えて逃げ出すレイオンは黒竜にとっては良い的だろうが、既に黒竜の視界にレイオンは映っていなかった。

「頼んだぞ、天賦の勇者!」

「グ……アアアア」

 彼方の丘の上で巨大な砲を支えている人間の男、聖が今の黒竜の目標となっていた。
 黒竜は自らを撃ち抜いた者の元へ向かわんと、翼を広げる。
 羽に空いた穴は魔力で強引に塞ぎ、飛び立つ。
 距離は数㎞。
 ドラゴンにとっては50m走をする程度の労力。
 今すぐ撃たなければ聖の元へと降り立ってしまうだろう。
 それは聖も分かっているはず。
 だが聖は2度目の射撃をしなかった。

「聖先輩! 早く、次の射撃をしてください! 私の『天体魔法』だと時間稼ぎにしかなりません!」

「分かってる。でも……今の射撃じゃ足りない。撃ち抜いたはずのヒトゥリの鱗も、もう再生してる」

 聖は自身が引き金を握る、『遺物兵装ロストウェポン』を見つめる。
 先が二又に別れた大きい鉄の塊。
 固定用の銃座にセットされた、人の扱う大きさではない異形の銃。
 放つ弾丸は実物ではなく、魔力によって形成された虚空の塊。

「じゃあどうするのだ? 撃たなければ、このままあのドラゴンに飲み込まれるまでじっとしているか、それとも兵器を捨てて全員で殴りに行くしかないのだ!」

 黙り込んで兵器を見つめる聖に、焦れたレインが肩を揺する。
 すると聖は兵器に落としていた視線を上げて、叫んだ。

「それだ……!」

「一体どれの事なのだ? 我は皮肉で言っただけだから、本気にしないで欲しいのだ……」

 レインの呟きを気にせず、聖は絵里に声を掛ける。

「絵里、君は確か『魔力譲渡』のスキルを持っていただろう?」

「え、はい。いつも傷の治癒に魔力を使っていたので、見せていませんでしたが」

「ならそれで、僕にあるだけの魔力を流してくれ」

 再び兵器のトリガーを握った聖の肩に、今度は絵里が手を乗せる。
 そしてそこから魔力が流れ、聖を通して装填が行われていく。

「何をするつもりなのだ、聖?」

「レインの言った通りだったよ。1人の力で足りないなら全員で殴りに、つまり誰かの力を借りるしかなかったんだ。そもそもこれは兵器。やっぱり僕1人で使う様に設計はされていなかった」

「つまり、やっぱり我達の助けが必要なのだ?」

「そう言う事だよレイン。君もこれを支えるのを手伝ってくれ」

 レインが砲の後ろに回り、手を添える。
 同時に装填された魔力による輝きは膨張し、溢れんばかりだった。

「聖先輩、これで私の魔力のほとんどです。後はもう……」

「分かった、ありがとう絵里」

 深く息をついて、聖はもう目の前に迫っている黒竜に狙いを定めた。
 距離はたったの数10m。
 竜の咆哮が丘陵を揺るがす。
 聖を射抜く黒竜の瞳に輝きはない。
 トリガーを引く聖が何を考え感じるのか、過去を覗き見るだけの俺には分からない。
 それでも聖は――。

「『遺物兵装ロストウェポン虚空想砲ヴォイドキャノン』、最大充填フルチャージ……さよなら独」

 俺を撃ち抜いた。
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